初めての 京橋古美術店 巡り |     みやこわすれの料理・つれづれ記

    みやこわすれの料理・つれづれ記

                            簡単にできるお料理から、ちょっと手間暇かけたお料理まで、
    ネット初心者の主婦がレシピを公開しています。自分の大好きなものや、行きつけのお店の紹介も…

   次男が 「 あなたは何と言っても、上品で綺麗なものが好きだから、


一度、銀座 ・ 日本橋 ・ 京橋の骨董店をのぞいてみたら ・・・ 」  と 


言いました。



   そんな折、日本橋丸善から 『 川喜田半泥子 展 』 (半泥子は父の


叔父に当たります。) の案内と、14日から16日の3日間、銀座 ・ 日本橋 


京橋方面の骨董店の ’ 東京アートアンティーク ’ なる催しの案内が


ありました。


   小冊子を携えて 『 南方美術店 』 の南方さんにおススメの店を聞きに


行ったり、次男に意見を聞いたりしました。


                       ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

   

   そして14日の当日、次男は睡眠不足と過労がたたって、2日前から


発熱し、珍しくダウンカゼしてしまいました。


14日はやっと熱も下がったので、夕食の京都の朝掘りの筍で 筍ご飯 を


作った後、一人で京橋に出向きました。



   京橋へは父の会社があった頃、コダックの要人が来ると父にランチに


呼び出された以来です。



   果たして京橋の 『 古美術 K 』 へ入ってすぐ出てきちゃいました。


5坪の小さな店ですが、値段は可愛くなくて高かったからです。



それから 『 古美術 B 』 という店もすぐ出て、隣の 『 W 』 に入りました。


店に入るなり、店主が 「 予算は500万円ぐらいですか?」 と いきなり


唐突に言われてビックリ!! むっむかっ


今回、何も買うつもりはありません ・・・・・・・・



   ガラスケースの初期伊万里のお皿を眺めていると、「 初期伊万里は、


かなり集められたのですか?」 と また突拍子のない質問。 目目目



   大きなケースの中の器を一通り見てみると、一つ私の好きな薄い瑠璃色


煎茶碗を発見してしまいました。


それだけ値段の表示がなく、店主が 「 これは1万2千円です。 1650年代


の物です。 特価ですよ。 」  と ・・・・・ 。


確かに居並ぶ2桁の高い骨董品の中では格安に感じてしまい、思わず知らず


つられて買ってしまいました。



他に勧められた柿右衛門や香合は、 「 好きじゃないから 」 とか 「 使わ


ないら 」 と言って断りました。


                       ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

   

   家に帰って次男に見せたら、浮かぬ顔カゼで 「 1650年って言ったら、


初期(創業期)伊万里じゃない? どうみても明治の頃の出来じゃないの? 」 


と 断定されました。


私が 「 『 W 』 と言ったらちゃんとした店なのに、そんなアバウトなの?」


と 聞くと次男は 「 別にその店は嘘は言っていないんだし、そういう見方を


しただけよ。  でも日本橋 ・ 京橋 ・ 銀座の骨董屋に行くと不愉快思い


する事が多いよ。 楽しくないから僕は大嫌いだね! 」  と 言ってました。



   次男は10年程前、銀座の有名な骨董店へ入るなり、「 あなたが買える


物はここには1つもありません!」 と たかぴしゃに言われて、すごく嫌な思い


したそうです。



   私はその後、『 古美術 K 』  ・ 『 古美術 R 』 ・ 『 古美術 I 』 


といった店をのぞきましたが、どこも高いばかりで、これといって品格のある


物は一つもなかったです。


京橋に5軒に1軒は骨董店があるなんて、今まで知りませんでしたが、私には


魅力のない店ばかりでした。ドクロ



特に 『 K 』 という李朝ものを扱う店は値段が200万、300万と3ケタ


で、呆れてすぐに出てきました。


                        ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

   

   やはり、私が次男の薦めで時々行く、用賀の 『 南方美術店 』 の方が


品の良いセンスの良いものが豊富で、値段もお手頃価格なのを再確認しま


した。


私は日本橋 ・ 京橋 ・ 銀座 の骨董店へはもう行かないでしょう。