まだ私が幼い頃のこと…
上野の駅に降り立つと異臭を感じたものだ。
そして高い人の波をかき分け、
まるで泳いでいくやうに進む。
人に酔いながら、ふと目をやると
腕を失つた男が座りこんで物乞ひをしてゐた。
気分のよいことはなかつた…
ところで、ほんの少し前までは渋谷にも新宿にも薄汚くて細い道が、
駅の直ぐそばにそつと残つてゐて、
そそくさと通り抜ける事があつても、
私は嫌な思ひは一切起こらなくなつてゐた、
私の隣に恋人がゐたからでもないし、
事情を知つたからでもない、