藤井郷子4と、いわゆるフリー・ジャズ | 余白やの余談

藤井郷子4と、いわゆるフリー・ジャズ

いわゆるフリー・ジャズのイメージはというと「ドシャメシャグワシャ!!!」で、お洒落系とはあまり縁がない感じ。別にお洒落系というわけじゃない余白やではありますが、「ドシャメシャグワシャ」はヒマなウィークデイの午前中にたまにかけるだけです。おもてなしには不向きな音楽、なので。で、今店内に流れているのは藤井郷子トリオの『Trace A River』。昨日、新宿ピットインでのライヴの余韻。それにヒマだし・・・。

 昨夜のライヴはベースのマーク・ドレッサーが不在で、代わりにギターのケリー・チュルコが参加した藤井郷子4のセッションでした。ちょっと太ったジム・ブラックのドラムは相変わらずの面白さで、制御された偶然というか、正確な混沌というか、よかった。ドラム・ソロもちっとも退屈ではなく(!)、楽しい。ギターのチュルコがどうやって音を出しているのか、よくわからなかったのだけどハイテクなエフェクターばかりでなく、結構ローテクなワザも使っていた様子。ローテクといえば田村のトランペット、藤井のピアノ(直接ピアノ線を叩いたり引っかいたりする奏法を内部演奏というのだそうですね)も、楽器の「もの」としての側面を強調しているように思えます。いわゆるフリー・ジャズ(例えば昔の山下洋輔トリオとか。そういえば、「ドシャメシャグワシャ」はエッセイスト山下洋輔のフレーズでした)、は、混沌から次第に分節されてやがてカタルシスに到るというパターンが多いように思うのだけど、藤井郷子の音楽は刻々生まれる秩序を次々切断していく、てな感じの印象があります。

 と、ここでBaptiste Trotignonの『SoloⅡ』にCD交換。こちらはプレスリーの「ラヴ・ミー・テンダー」やビートルズ・ナンバーの「ジュリア」なども演奏していて、おもてなし度高しです。