84冊目
「最後の一球」
島田荘司
御手洗と石岡の住む横浜にやってきた依頼人の望みは、自殺未遂をするほどに追い詰められている母の心労の元を取り除くことだった。
とはいうものの、その心労が何に起因するものかまでは分からない、という依頼人の願いを聞き入れ、二人は彼の母親に会いに行くことにした。
母親に会った御手洗は、即座に金銭面での悩みだと看過。実際にその通り、別れた夫が抱えていた借金の問題で苦労しているのだと告白した母親だったが、貸し手の名前を聞いた御手洗の表情は冴えない。
件の貸し手である「道徳ローン」という企業は、悪辣な手口で有名であり、もっと世論が高まり、検察庁が動くようなことにならない限りは裁判をしても勝ち目は無いと断ずる御手洗。
力になることができなかった二人は横浜に戻ったのだが、後日、当の母親が訪ねてきた。
話を聞くと、「道徳ローン」から取り立ての放棄とも思えるような連絡があったのだという。
困惑する二人のもとに、火の気が全くない「道徳ローン」本社ビルの屋上で小火があったという情報が入ってくる。
タイミング的に関連がないとは到底思えないし、そもそも出火の原因自体が分からないという謎めいた状況。
なぜ屋上で小火が起きたのか。そしてなぜ「道徳ローン」は急に態度を軟化させたのだろうか…
…………………………
御手洗シリーズの作品であることは間違いないのですが、この「道徳ローン」本社ビル屋上の小火までで御手洗の出番はほぼ終了です。
ここから突然、御手洗の話は前フリだったかのように、ある男の野球人生が語られます。
連帯保証人となったため借金を抱え、家族に謝罪する遺書を残して自殺した父。そして貧しい暮らしを余儀なくされた母のために、幼い頃からプロ野球選手という明確な目標を持って野球に励む竹谷少年。
中学までは順調な野球人生を送るものの、高校で挫折を味わい、社会人野球界でも目立った活躍ができないまま野球部が休部。
駄目もとで受験したプロテストに合格し、下位指名でかろうじてプロ野球選手にはなれたが、自分の限界はもう見えすぎるほど見えていた。
そんな彼に声を掛けたのは、高校・大学・社会人・プロ野球と常に脚光を浴び続けている同い年のチームメイトであり、将来を期待されているスラッガー・武智だった。
もう先のない自分の野球人生を彼のために使おうと決意する竹谷。
しかしそんな時、プロ野球界を震撼させる大事件が起きてしまいます。
それまでの間にも、小火事件とリンクしてそうな箇所がちらほらとあるのですが、後半になるにつれて、全く無関係な二つの物語が一つにまとまっていきます。
その辺のリンクっぶりは流石島田さんです。
物語の端々にある伏線や小説のタイトルからして、だいたい何が起こるのかは想像つくのですが、ドラマ性のあるストーリーにぐいぐい引き込まれていっちゃいました。
しかも試合の描写がまたリアルで素晴らしい。
島田さんとスポーツってあんまり縁がなさそうなイメージだったんですが、御手洗云々は置いておいても、野球小説としてもかなりハイレベルでした。
御手洗ファンはもちろん、野球好きにも読んでほしい作品でした。