清らかな言葉の奥にある本質を心で感じる
Nāda・Artha・Tattvaという理解SNSで、ヨガ師匠の過去のサットサンガで師が語った言葉が流れてきました。その内容がとても印象に残りました。「清らかな言葉の奥にある本質を心で感じる」バジャン(神聖な詩や言葉を歌うこと)について語られた一言ですが、その中にはとても深い意味が含まれていると感じました。今日はそのことについて少し書いてみたいと思います。バジャンを歌うとき、私たちは何をしているのかバジャンを歌うとき、多くの場合は・メロディを覚える・歌詞を読む・意味を理解するという流れになります。それだけでも心が穏やかになったり、温かい気持ちになったりします。でも、師が語っていたのはそのさらに奥のことでした。Nāda(ナーダ)— 響きとして受け取るインドの伝統では、まず最初にあるのは音だと言われます。これを Nāda(ナーダ) と呼びます。マントラバジャン聖なる言葉私たちはまずそれを響きとして受け取ります。まだ意味を考える前に、音が心に触れる段階です。Artha(アルタ)— 意味を理解する次に、その言葉の意味を理解します。これを Artha(アルタ) と呼びます。歌詞の意味祈りの内容神聖な言葉の象徴多くの場合、私たちの理解はここで止まります。Tattva(タットヴァ)— 本質に触れるしかし師の言葉は、その先を指していました。意味を理解するだけではなく、その奥にある本質に触れること。これを Tattva(タットヴァ) と呼びます。つまり音(Nāda)↓意味(Artha)↓真理(Tattva)という流れです。心で感じるということ師の言葉「清らかな言葉の奥にある本質を心で感じる」という表現は、ただ意味を理解するのではなく、その言葉の奥にある真理に心を開いていくことを示しているのだと思います。バジャンを歌うとき、音が胸に響き、言葉の意味が静かに広がり、その奥にあるものに触れる瞬間があります。そのとき私たちは言葉の本質に少し触れているのかもしれません。バジャンは祈りであり瞑想だからバジャンはただ歌うことではなく、祈りであり、瞑想でもあります。清らかな言葉を通して心を静かに開き、真理へと向かっていく時間。そんな時間なのだと改めて感じました。Hari Om 🙏新潟YogaspaSwamiKrishnapranananda - スワミ・クリシュナプラーナナンダSwamiKrishnapranananda - スワミ・クリシュナプラーナナンダ - 「いいね!」1,424件 · 149人が話題にしています - 🇮🇳日本の永住権を持つインド人スワミ🧘♂️師グルデヴ・スワミ・シバナンダのYOGAを日本へ|🕉️師の教えAny Body Can Do YOGABe YOGI Teach YOGA|🏡設立...www.facebook.com