最近不景気で少しでも自炊をしようと、ご飯を自分で炊くようになりました。台湾でも日本と同じく色々なお米が出回っていますので、ご紹介しましょう。
最近良く出回っている「台梗9號」という品種です。コシヒカリの遺伝子を四分の一含んだ品種です。
色々買ってみた結果、ある程度おいしいお米を食べたいと思えば、1キロ当たり40~50台湾元(140~170円)くらいは出したほうが良さそうです。この基準を割り込んでくると質の悪い米、輸入米などが混ざったりして味が落ちてきます。
「蓬莱米」は日本統治時代に命名された改良された台湾米を指す美称です。日本統治時代にはたくさんの「蓬莱米」が日本本土に輸出されていました。今の「蓬莱米」は日本の米に負けないレベルの味ですが、ここに来るまでには血のにじむ様な努力がありました。
こちらは台湾栽培のコシヒカリです。「コシヒカリ」は「新潟・福井あたりの旧地名『越の国』に光輝く米」という意味で命名された経緯があるため、中国語では「越光米」と表記します。
「蓬莱米(台湾米)・前編」 で紹介したとおり、「蓬莱米」は日本統治時代に命名された改良された台湾米を指す美称です。日本統治時代にはたくさんの「蓬莱米」が日本本土に輸出されていました。今の「蓬莱米」は日本の米に負けないレベルの味ですが、ここに来るまでには血のにじむ様な努力がありました。
元々台湾で栽培されていた米は長粒種のインディカ種でした。現在では「蓬莱米」に対して「在来米」と呼ばれています。「在来米」は熱帯での栽培には向いているものの、収穫量が少なく、米自体も粘り気が少なく炊いて食べるとおいしくないため、日本に輸出しても低品質米の扱いを受け、安値で売買されていました。
逆に日本で良く食べられている短粒種のジャポニカ種を台湾に持ち込むのも大変困難なことでした。気温が高い台湾では日本の品種を植えると出穂(しゅっすい、開花)が早すぎ、モミがふくらんで生長していく登熟(とうじゅく)がうまくいかず、ちゃんとした米が育たないのです。
この困難を突破したのは大正から昭和にかけて台湾総督府農事試験場で活躍した磯永吉氏たちでした。磯永吉氏は半世紀近くかけて取り組んだ大事業について見ていくことにしましょう。
磯永吉が取り組んだことは大きく3つに分類できます。
1つ目は台湾の風土に合う新品種の親となる可能性が高い台湾の「在来米」の調査でした。1000種類以上に及ぶ「在来米」に対して、どんな品種があり、どんな特性を持っているのか調査したのでした。この時発掘された「低脚烏尖 (Dee-geo-woo-gen、台湾語)」は、草丈を低くする「半矮性遺伝子」を持つ品種として注目されるようになりました。
生産量を向上させるために肥料を多く与えると、穂が重くなり植物が倒れ、根・茎からの養分が穂へ伝わらなくなったり、穂が水に浸かってしまったりなどの問題が出てきます。こういった問題に対して、注目されたのが半矮性遺伝子を持つ「低脚烏尖」との交配でした。食糧増産を目指した「緑の革命」では「低脚烏尖」を親とする多収量品種「IR8」がフィリピンやインドで使われ、食糧増産を達成しました。
2つ目は日本種と在来種の栽培方法の違いの調査でした。ここから苗の移植時期を早めることで日本種を台湾でも育てられることが分かったのです。
3つ目は日本種・在来種も含めた交配でした。特に日本種(ジャポニカ種)・在来種(インディカ種)の共通の先祖は数千年前まで遡らなくてはならず、栽培されている地域も分かれていた結果、遺伝子上も多くの違いが蓄積され、交配が非常に難しい(当時はほぼ不可能)とされていたのですが、膨大な数の組合せを試すことで、これも克服しました。
磯永吉が作り出した品種には日本種同士の組合から生まれた「台中65号」、在来種と日本種の組合では「鵝卵朮(O-Loan-Chu、台湾語)」という在来種の遺伝子が四分の一含まれた「嘉南2号」という品種などがあります。
今回、台湾のお米の話を書こうとして稲の品種改良などの話を調べてみると実に色々と興味深い話があり、結局3回に分けて書いてみました。私自身の農業に対する認識が変わりました。農業はまさしく「科学」ですね。
※参考資料









