義経シリーズ③ 最終回を投稿するつもりで...
資料を調べている最中に、全く知らなかった『史実と英雄』を知って 涙が止まらなくなりました。
魂の深いところで...
闇に消し去られた『もうひとりの王』
だと感じました。
偶然ではなく必然で...めぐり遭えた
『神の国 ひのもと』日高見国の王を
ご紹介致します
縄文国家「日高見国」
日本にはかつて、ニギハヤヒが奈良に築いたヤマトのほかに、もうひとつの国家がありました。
東北で独自に発展をとげた日高見国です。
縄文人は、ヤマト国王ニギハヤヒやヒミコと同じ、神の遺伝子「YAP遺伝子」をもち、起源はリラ星から派生したAngelic Humanoid (天孫族)です。
縄文人=原始人という洗脳は捨てましょう
縄文人の起源は、宇宙の先進文明です
リラ星➡️シリウスを経て日本にやって来ました。
とても精神性が高く、争いごとを好まず、平和で調和のとれた民族です。
近年、発見された青森県 三内丸山遺跡では、縄文文化がいかに優れていたか知ることができます。近くの十和田湖にピラミッドがあるのも有名ですね。
宇宙先進文明との交流も盛んだったのでしょう。

三内丸山遺跡
日高見国は北日本にあった縄文国家
日本書紀には 東北の辺境に「日高見国」があり、その国の人々を「蝦夷(えみし)」と呼ぶとある。
蝦夷(えみし)というのは、朝廷がつけた蔑称です。
自称「神の民」大和朝廷に、従わない野蛮人という侮辱が込められています。
←日本書紀を誰が編集したか知ってる人にとっては....自分を棚に上げて何言ってんだって感じョ
古代ヘブライ語で「ヤマト」=「神の民」
ニギハヤヒのヤマト国が、
大和朝廷(ヤマト政権)になったのではありません
ヤマト国は、藤原氏に滅ぼされました。
大和朝廷こそが、現在につづく「日本D•S」だそうですョ。
最近では「大和朝廷」ではなく「ヤマト政権」に変更。乗っ取り政権ってバレないようワザと呼び方を変えたのかい?
日本書紀に「日高見国の人々は髪を椎のような形に結い、身体に刺青を入れている」と記述がある。わざわざ民族の特徴を記述している点から、日高見国の人々は、記紀を編纂した藤原氏とは違う民族だったことが分かります。
平安貴族は、色白で目がつり上がり小さい。
縄文人は、古代ユダヤ人と同じ民族。
褐色肌で目鼻立ちがはっきりしています。
ぜ~んぜん顔がちがう
日高見国の王は典型的な縄文人(右下写真)
征夷大将軍とは
藤原不比等は、物部宗家の石上麻呂を左大臣から失脚させ自らが左大臣となった。そして古代王朝ヤマトを乗っ取り、大和朝廷を開く基盤を創った。
そんな朝廷に帰順しなかったのが蝦夷(えみし)
史料に「朝廷に抵抗した勢力」とありますが..
抵抗していないんです!
ただ独自の文化を平和に築いていただけ。
それを無理やり配下に治めようと勝手に攻め込んだのは朝廷側なのです。
朝廷は 蝦夷を制圧するため、初代『征夷大将軍』坂上田村麻呂を送り、東北地方を鎮圧した。
征夷大将軍の本当の意味と役割
征夷大将軍というと、
鎌倉時代より後になると、実権を握る「武士のトップ」に与えられる称号に変わりますが...
本来の意味は 全然違います!
「蝦夷(えみし)を征伐する大将」という意味です。
実際、初代征夷大将軍・坂上田村麻呂は 「蝦夷討伐」のため朝廷から東北へ派遣されました。
誰が「蝦夷の討伐」を命令したか?
桓武天皇です
彼の母親は 百済の武寧王の子孫です。
百済は現在の韓国です。
現上皇陛下が、桓武天皇の出自に触れ「韓国にゆかりを感じる」とご発言。韓国では「日本の天皇が我々の血縁」と大きく報じました。
その桓武天皇の即位に関しても、藤原氏の腹黒い策略を見ることができます。
桓武天皇の即位も藤原氏の策略
先帝の光仁天皇は、聖武天皇の娘を皇后に迎えた。
彼女にはすでにひとり皇子がいた。しかし、彼女は「光仁天皇を呪訳した」という意味不明な罪で皇后の地位を追われ、皇子と共に 幽閉先で同じ日に謎の死を遂げている。←藤原氏による陰謀・暗殺説が色濃い。
それにより、光仁天皇と百済王一族の女性との間に生まれた子が急遽、皇太子になり 桓武天皇として即位した。
天皇の生母は日本の皇族か貴族の出という慣例がある中で異例の即位となった。
藤原氏に関しての考察
藤原氏は豪族ですが、出自に関して不明な点が多く。
帰化人なのは確かですが、古代ユダヤ系ではないという声も多く。アメリカの研究家によると、藤原鎌足の「鎌足」は典型的な韓名であると言う。一方、日本の王家を築いた物部一族は古代ユダヤの祭祀 レビ族です。
貴族文化を開花させた藤原氏や桓武天皇を祖とする平氏は、神の血統 古代ユダヤ人や縄文人と「特徴や性質」が全く異なります。
何と言っても、古代王朝を築いた「神の血統」の物部氏や縄文人をことごとく抹殺してるんですね。
縄文国家「日高見国」の王を「蝦夷」と侮辱し、勝手に攻め込んで挙句に殺害した。このような振る舞いの数々は「和を以て貴しとなす」日本人の精神から逸脱しているように見受けられます。
熱田神宮や伊勢神宮は本来、物部一族の神社でしたが...彼らを追い出して乗っ取ったのも藤原氏です。
古代王や天皇は古代ユダヤ人でしたが、藤原不比等が左大臣になってからというもの藤原氏の常套手段の"政略結婚"で王家も古代ユダヤ人(神の血統)でなくなりました。
藤原氏は敵対する一族を排除し、身内だけで実権を独占する「他氏排斥」を行い、同族だけが栄える世の中にしました。このようなやり方は、古代王朝の人々と気質が違うとも指摘されるのです。立派な人物を多く輩出した藤原氏ですが、初期の頃はかなり強引な政策をとったみたいですね。
なぜ百済王が「蝦夷討伐」に加わるの?
さて、大和朝廷の命で征夷大将軍・坂上田村麻呂が東北地方へ進軍する時に、同行した人がいます。
百済王の俊哲です
←日本国内の揉めごとに、なぜ百済王が首突っ込むんだョ
あっ、そ~か。桓武天皇とお仲間だから?
ちなみに 桓武天皇の寵愛を最も受けた女性が、
百済王 明信(王じゃなく女官だそう)ですが...
日本人には まず付けない名前です...お仲間ですねぇ! だ~めだこりゃ
蝦夷えみし討伐
東北・北上川流域の日高見国 は大和朝廷の勢力圏外にあり独自の生活と文化を形成していた。朝廷は服属しない東北の民を蝦夷(えみし) と蔑視し討伐を強行した。
藤原氏に追われ陸奥に逃れた物部氏の長(おさ) 物部天鈴は、胆沢(岩手県水沢市)の首領、阿弖流為(アテルイ)と運命を共にし、朝廷軍の侵略を阻止した。789年の巣伏の戦いでは勇猛果敢に奮闘し 朝廷側に圧勝した。
801年、坂上田村麻呂は再び、戦地に赴き降伏するようにアテルイを説得した。
アテルイは十数年に及ぶ 激戦に疲弊した民を憂慮し、民500余名を従えて降伏を決意。
坂上田村麻呂は、アテルイとモレを伴い京都に帰還し
「ふたりの武勇と器量」を惜しみ、朝廷に助命を嘆願。
しかし、聞き入れられずアテルイとモレは
802年8月13日河内国(大阪枚方市)で処刑された。
清水寺は蝦夷鎮魂の寺
京都の清水寺の由縁は全く知らない。
金閣寺・銀閣寺とならび有名なのに、誰が建立したかも知らない。
←真実を日本人に伏せてるからだ
建立したのは坂上田村麻呂です。
征夷大将軍として蝦夷の「討伐」に行ったおり、神仏の加護で勝利したので建立した←ってのが表向きの理由
田村麻呂は、アテルイたちを助けたかった。
日高見国の人々は、自然と調和して
平和に暮らしていたのに...突然、攻め込まれた。
平和な里は、朝廷軍に破壊され、奪われ焼かれ、荒れ果てた土地になってしまう。アテルイは土地と人々を守るために降伏した。にも拘らず殺された。
「蝦夷」というと聞こえが悪いが...
東北に高度文明を築いた縄文人のことである
縄文人は古代ユダヤ人と同じ神の遺伝子YAPをもつ。争いを好まず、穏やかに平和に暮らす民族だ。
いうなれば...大和朝廷こそが侵略者である。
これを有無を言わさずに処刑するとは、権力に溺れる者は じつに傲慢で身勝手なものだ。
坂上田村麻呂は痛恨の思いで、清水寺と明通寺を建てたという。寺のポスターにはこうある。
「将軍の祈ったのは、勝利ではなく平和であった」
アテルイとモレの石碑は、清水寺三重塔の下にひっそりと建つ。近年、岩手県水沢市民が建てた。
今回、記事を書くために資料を調べて...
初めて アテルイとモレを知りました。
資料を読むと、涙が止まらなくなり...
心が痛むと同時に、神の国「ひのもと(日本)」を乗っ取った人達を許せない気持ちでいっぱいになりました。そして...
ふたりは、歴史上極めて重要な人物と感じました。
アテルイの時代、東北は朝廷に支配されない神の国でした。戦争のなかった三内丸山遺遺跡が示すように、戦いのない平和で豊かな王国を広げていた。
それを支配という野望をもった大和朝廷が、彼らの平和な暮らしを壊した。
平和を守るため、民を守るため、アテルイは蜂起せざるを得なかったのだ。
私は、阿弖流為(アテルイ)に敬意を表し...
蝦夷(えみし)の首領ではなく「日高見国の王」アテルイと呼びます。
蝦夷のトップなので、事実上「王」なのです。なのに朝廷は「蝦夷」と侮蔑し見下しました。
女王ヒミコに、卑屈の「
卑」という当て字をして侮蔑した国もあリましたが...相手のことを悪く言ったり侮辱するって、どう思いますか

「能ある鷹は爪を隠す」
もし 本当に人の上に立つ優れた存在ならば、ご自分の才能をひけらかしたり、他者を侮辱して見下したりしないものです。
蝦夷というのは、東北地方に繁栄した縄文国家
日高見国です
アテルイは日高見国の王
悪魔に消された もうひとりの王 (神の血統)
魂の奥深くで...そう強く感じます。
もののけ姫のアシタカは、
縄文王国「日高見国王」
アテルイの子孫です
⬆️
知ってました

私は知りませんでした
ホントだ!宮崎監督が明言してますね
自然と調和して生きるアシタカは、縄文の高い精神性につながりますね。日高見国の祖は、奈良を追われ東北に逃れたウマシマジ尊だと言われています。
ウマシマジは、ヤマト国王ニギハヤヒの息子で
物部氏の祖として石上神宮に祀られています
⬇️
日高見国は
縄文人と物部氏が
和合してできた国家だったようです
だから..蝦夷討伐の際、物部氏の長(おさ) 物部天鈴とアテルイは、運命を共にし朝廷と戦ったんですね!
精神性の高い日本人
坂上田村麻呂は、朝廷側に遣わされた征夷大将軍。
彼はアテルイたちと敵対する立場だったのに、彼らと友情を育み必死に守ろうと嘆願した。
←彼にもアテルイと同じ「和を以て貴しとなす」ヤマト心があったに違いない。それに引き換え、和の心もありゃしない非情な大和朝廷は...いったい何者ョ
もう わかっちゃいるけど(笑)...今の「日本乗っ取り政府」の前身
1200年の時が経ち、アテルイの森は復活した。
そこに暮らす大場さんは言う。
ぼくら、この地に生まれた人は
みんなアテルイの子孫ですよ
森と土地と共に生きる民なんです
地元の人々は、大和朝廷が姿を変えた日本政府に屈服させられたままだが...ぼくも「えみし」と呼ばれた人々のように「政府にまつろわぬ民」として森と共に生きたい。ぼくが敬意を持つのは自然そのものだから。←じ~んと胸に刺さる言葉だぁ
現在も、神の遺伝子をもつ日本人への攻撃は続く
2011年3月11日は『アテルイの子孫』への攻撃だった。
平安時代は、支配層の「貴族」だけが贅を尽くす社会だった。貴族が贅沢三昧している一方で、人々は貧困と飢えでバタバタと死んでいったという。
現在も、社会構造はまったく同じだ

神の国ひのもとの復活
日本の歴史と神話は日本人の根幹
だからこそ...悪魔の勢力は
『真の英雄 アテルイとモレ』を惨殺し闇に葬った
古代王ニギハヤヒと瀬織津姫を封印した
祭祀王ヒミコを抹殺した
日本の最高神について大嘘をつく
こうして日本人は
根幹が揺らぎ土台がない状態にされました
いま、封印された神々や王の情報やメッセージを配信するスターシードの方が増えてきましたね。
これは、封印が解けた証拠ですョ
ニギハヤヒ 瀬織津姫 ヒミコ アテルイ
封印され消されて来ましたから...真実は誰にもわかりません。
そんな中で、各々が「こうだ」と感じることを、真摯に伝えて下さっているんだと思います。
どの情報が正しい、間違っている...ではなく
私は 様々な資料や動画等を拝見して、心に響く内容を「いいとこ取り」させて頂いています。
「心に響く」=「私にとっての真実」だから...
私の考察も、正しいかもしれないし間違っているかもしれません...もし「心に響く」内容があったら、「いいとこ取り」して下さると嬉しいです

さあ、日本もいよいよ逆転しますよ

「ニセ政府」にまつろわずに
覚醒の道を歩んで来られた皆さんは、
アテルイと同じ「神の遺伝子」をもつ
日本人だと思います。
神は、悪魔との「最終決戦地」で勝利する為に宇宙由来のYAP遺伝子をもつ
日本人をシリウスから送りみました。