👱♂️青森に 1万 6千年前に存在した文明はどのようなものだったのですか。
♎️今で言うアイヌ、沖縄の先祖達が平和に暮らしていた。女性は装飾に腕輪、ネックレスなどで飾り付け、庶民の住居は木造だが、石造りの宮殿形式の建物もあったのじゃ。黒曜石、ヒスイ、ベンケイガニ、オオツタノハガイ、タカラガイなどで加工した首飾や装飾品で着飾っていた。いずれも北海道、遠く本州中部から海路運ばれたもので、それをふんだんに使用できるほどの交易力を持っていた。現在でも続く子供の遊び「あやとり」もここが発祥じゃ。文字はペトログラフを使用しており、その文字は全世界で発見されておる、いわゆる神代文字じゃ。彼らは、文字を一番安全な身体に入れ墨し、海洋に出て行った。デザイン化したペトログラフさえ入れ墨にしていた、そうして世界に広まっていくことになる、この入れ墨の一つとして六亡星も刻まれたのじゃ。
👱♂️装飾品に交易品を使うって、すごく贅沢な生活ですよね。教科書で習ったざんばら髪の女性や男性の想像イラスト姿とは、まったく違っていたとは驚きです。文字はいわゆるくさび形文字、一般的に神代文字って言われるやつですね。 1万 6千年前には世界に通じる共通文字として青森海洋民族が広めていったとは驚きです。モンゴル、ニュージーランド、エスキモー、ペルー、ボリビアの子供達は現在も「あやとり」で遊んでいます。子供達のこの遊びも青森文明が発祥だったのですね。なんと 1万 6千年も引き継がれていたとは驚きです。この文明の文字は世界に広がり、遺跡などで発見されているものじゃ。日本でも古代ピラミッドと言われる山頂の岩壁に描かれたりしていた文字のことでしょうか。葦嶽山(広島)手宮海岸洞窟(小樽)などのものでしょうが、断片的で分かりづらいものしか発見されていないですね。
♎️文字は地域で相違していたが、特に体系的な文字は北海道(余市)、九州(阿蘇)の文字じゃ。青森文明の地では、小樽で発見されている文字が使われていた。そんな青森文明の地に、天女が舞い降りることになる。おとぎ話に出てくる浦島太郎は室町時代にできた話であるが、これには種本があった。それが「丹後風土記」と言うが、それを調べてごらん。
👱♂️丹後風土記は西暦 700年代に書かれたもののようですが、話のルーツは、それよりずっと前らしく、いつ頃からの伝承か分からないようですね。その話がこれです。「ある日、浦の嶋子は、漁に出たが不漁だった。ところが帰路、五色の亀のような乗り物と不思議な女に出会う。女は、『天上仙家』から来たと言う。天上仙家は『天地の終わり、日月の極』にあると言う。女に誘われて、浦の嶋子はその五色の亀に乗るが、乗るとすぐに嶋子は寝入ってしまう。目を覚ますと、海上の島が迫ってきた。そこは、これまで見たこともないきらびやかな宮殿と楼閣があった。中に入ると亀姫が現れ、嶋子はそこで亀姫と楽しい日々を送ることになる。そこには、 7人の小さな人間のような生物と、 8人の小さな人間のような生物がいた。嶋子が聞いてみると、 7人は昴宿(ぼうしゅく)から来たと言い、 8人は畢宿(ひっしゅく)から来たと言う。彼らは、故郷に帰りたがっていた。そうこうしている内に、嶋子も故郷へ帰りたくなったので亀姫に暇乞いを願い出る。亀姫は、帰る嶋子に玉匣を授ける。そして、嶋子は、再び五色の亀に乗り、眠る内に故郷に着く。故郷に着くと、嶋子は、大変なことに気づくのである。そこには家もなく、知る人もいなかった。周りの人に事の次第を尋ねると、自分は 300年も前に海で行方不明になっていたのである」この話では、「不思議な女性」「亀のような乗り物」「天上仙家」「小さな人間のような生物」「昴宿」「畢宿」をお前はどのように解釈するのかな。これって本当に平安京時代にはすでに伝承されてた話ですよね。信じられない内容です。この話は 1万 6千年前の日本での出来事が語り継がれたものなのです。




