イサナギ・イサナミがつくった「あわのうた」

『ホツマツタエ』は古事記・日本書紀の原典ともいわれています。その『ホツマツタエ』に記載されていたのが「あわのうた」です。この「あわのうた」はイサナギ・イサナミがつくったとされています。

日本の古代文字である「ヲシテ文字」の存在を人生で初めて知ることとなりました。あの絵をプレゼントしていただけなかったら

私は一生知ることがなかったかもしれません。

 

 

いろんな方から

いろんな学びがある毎日ですね!ありがたいことです^^

 

 

 

さて、今回は前回に引き続き

「あわのうた」の感動を

お伝えしようと思います。

 

本日もどうぞお付き合いくださいませ。

 


 

◆「あわのうた」起源

 

参考:株式会社日本翻訳センター 「ホツマツタエ

 

 

これが「あわのうた」の

平仮名表記にしたものです。

 

あかはなま

いきひにみうく

ふぬむえけ

へねめおこほの

もとろそよ

をてれせゑつる

すゆんちり

しゐたらさやわ

 

 

 

昔々の文献で『ホツマツタエ』という書物があります。

 

『ホツマツタエ』は、

古事記・日本書紀の原典ともいわれています。

 

その『ホツマツタエ』に

記載されていたのが

「あわのうた」です。

 

そして、

この「あわのうた」は

イサナギ・イサナミがつくったとされています。

 

  


 

以下、その部分の概要です▼

 

 

第6代目の神様である「オモタル」は、残念ながら子に恵まれませんでした。

そのため、死後は次第に国が乱れていきます。

農業が盛んであったにもかかわらず、

天候にも恵まれず、食料不足で頭を抱えていました。

あちこちで争いが起こり、無秩序な状態になってしまいました。

 

 

その最も大変な時期に、

高天原(たかまがはら)から指名されたのが

「イサナギ」と「イサナミ」でした。

この2人が、

第7代目の神様となりました。

 

そこでイサナギとイサナミはまずは

『「ことば」を正すことが重要』だと考えました。

 

みなが通じる言葉を

持っていないことが、

争いの根本であると

考えられたのでしょう。

 

イサナギとイサナミの2人は「ア」から始まり「ワ」で終わる

五七調の美しい歌を創ったのです。

(「アワのうた」ですね)

 

上の24音をイサナギが歌い、

下の24音をイサナミが歌い、

音声の標準化を図ったそうです。

 

そして、全国を巡りながらこの「あわのうた」を教えて農業普及と国の再建に尽力されたということです。