皆さんこんにちわ!ロニサランガヤでございます。本ブログでは1936年に上梓され80年間、誰の目にも触れることなく眠っていた人類大救世主大塚寛一先生の秘蔵図書「暗夜の光明」を中心に発信しており、特定の団体にコピーライトのあるものは発信・公開を控えております。大塚寛一先生は、実は昭和38年(1963年)当時、半年間だけ、ラジオ番組にご登場され「今日も楽しく、大塚寛一先生真理教室」なる題目にて日本人に貴重なお話をされておられました。これは、その時の貴重な録音テープお越しでございます。一部、口頭表現にて、わかりにくい処は表記を変更しておりますが、すでに対外的に一般公開されたものということで、ロニのブログ読者の皆様にも公開させていただきます。「心の眼」で拝読願います。尚、本シリーズは全部で76回となります。(ちなみに「暗夜の光明」は、全48ページを23回に分けて皆様に発信しております。)
神軍リクルーター ロニサランガヤ
 


ラジオ放送『今日も楽しく』<大塚寛一真理先生教室> (昭和38年6月~11月30日)


(20)「悪因縁がとれないと寿命を全うすることは困難」 


アナウンサー:先生、今朝はですね、私たちの病気とそれから寿命についての関係についてお伺いしたいんですが。


総裁:現在の医学は、死ぬときは必ず病気で死ぬ。病気をしなければ永遠に生きるのが一般の医学的常識らしく各医者から聞いておりますが、事実はみな多少の差はあるけれども、大体の寿命の限度がある。


その本当に寿命を全うして亡くなる人と、病で亡くなる人との死に方に結果において大変な開きがあります。


どう違うかというと、寿命を全うして死ぬ人は必ず死期がわかる。そうして過去の悪因縁がとれないと、なかなか最後の末端まで天寿を全うすることは非常に困難であります。


ちょうど、お腹の中に子供がどれほど健康状態で母親が丈夫であり、いかに努力しても十月(とつき)以上2年も3年もお腹におることは不可能なように。


だから、どの者にもみな天寿があります。動物はわりあいに人間のように悪因縁を積んでいないから死期がわかって、そうして、死ぬ前に自分の姿をみな隠してしまうのであります。




 

 


お蚕(かいこ)を見ればよくわかるのは、もう自分のお蚕の時代が済んだことを自覚して、桑を食わないで、そうして繭の中へ入って、そうして蛹(さなぎ)の繭を作って蛹となる。人間でも人生寿命を全うして悪因縁が消滅した人は同様に死期がわかって、そして花見遊山(はなみゆさん)に行くようなふうに何の不安もなく亡くなる。


それが仏教で言う「極楽往生」キリスト教で言う「昇天」をすることだ。しかしそれは理想としてきたけれど、惜しいことに「真理の究極」まで未だ時期が到達していないから入れなかったから、聖書では天国へ昇ることを針の穴を駱駝(らくだ)がくぐるよりも困難だと言った。それから仏教の方でも穢(けが)れが消滅していないから、亡くなったときに(紙を)表へ持って行き、そして忌む「忌中」という字を書いている。


本当に人生を全うして亡くなる場合には、お腹の中から生まれてくる子供をお祝いするように喜ばなきゃならない。


ちょうど人が亡くなって昇天するときには、体は後産(あとざん)のように、赤ん坊が生まれてくる後産のように残して、肉体を残して、そうしてキリスト教で言う「昇天」が出来)そして仏教で言う「極楽往生」が出来るのである。  


アナウンサー:大塚寛一先生、今日も貴重なお話、誠にありがとうございました‼️