皆さんこんにちは❗人類の大救世主大塚寛一先生1936年発刊「暗夜の光明」の抜粋です。この秘蔵書は現在、国会図書館にPDFだけが存在、80年間、人類の誰の目にも触れることなく眠っていました。ロニが、ある不思議なルートで情報を入手し、コピーを入手して友人と写経し80年ぶりに、人類に復刻、発信させていただきました。人類のアセンションの鍵、「神格化する」覚醒する秘密が書かれています。心の眼で拝読されてくださいませ!


神軍リクルーターロニサランガヤ



ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

人類秘蔵書『暗夜の光明』★37-39ページ

真の自己の働き


世の一切は決して過去の人々が考えている様な、確定的なものではなく、又同一物が二つは有り得ないので在ります。同一でも昨日と今日では大いに異なって居ります。隣の太郎さんは、昨日の太郎さんに少しも変わりはない様ですが、よく調べてみると、大変な変わりがあるので、今日生まれた赤ん坊が、60年後には白髪の老人と変わる。その1日だけの変わりは必ずあるので、百年の間には、精虫より胎児となり、生まれ出て成人し、やがて白髪より墓穴の土となるまで、1日として一刻として変化せずには居りません。変化限りなき此の世を、変化なきものと、誤認する処に、一切の迷いが生じるのであります。然らば、迷いはない正しい途は何処にあるのでしょうか。それは、変化の一大法則により万事を遂行する外に正しき途は絶対に存しないので在ります。波浪に対する水平線の如く、一切万有を一貫して、此の一点より万方に進展し、又此の最終一点に万有を帰着せしむる処の、その不変の一点に立脚する処にのみ、迷わざる真の居り場所があるのであります。此処に初めて、永遠不滅の一大生命があり自他超越せる大我に生きる道があるのであります。万有進展は帰一の初めであり、分解は綜合の元です。万物は最初の最少一点に出発なし、進展分離して、現れた万有は、又同時に綜合統一して、最後に一点に帰納しつつあります。今や人類は其の、一大転換期に直面して千載一遇の時に逢着しました。人類も細胞より生蟲、生蟲より個人、個人より社会、最後には綜合統一せる、自他超越の大我の域に進まんとして、一大転換期に直面して居るのであります。此の自然の法則たる、変化に順応せざる時は、滅亡あるのみです。一生物を内観すれば、無数の細胞が綜合統一して、各一細胞の小観を離れて、自然の一大法則の元に運行する処に一小生命が生み出されているのであります。今や、地上の人類は個人の超越せる一大生命に生まれ出んとして居るのであります。これが最後の最大たる綜合統一の時です。ここに至って始めて自己の為は社会の為、個人の為は国家の為となり、差別の中に真の平等があり、万人共に一體をなり各自神の御體の細胞の如く、個人は社会の一細胞となって動く時に初めて今の世の矛盾は解消出来るのであります。かくして原子より細胞、細胞より精虫、精虫より胎児、胎児より個人、個人は社会の一細胞となってここに一大神格が生まれ出んとして居るのが今の我々の姿であります。 



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世(よ)の一切(いっさい)は決して、過去(かこ)の人々(ひとびと)が考(かんが)へてゐる樣(よう)な、確定的(かくていてき)なものではなく、又(また)同一物(どういつぶつ)が二つは有り得ない(ありえない)のであります。同一(どういつ)でも昨日(さくじつ)と今日では大いに異(ことな)つて居(お)ります。

隣(とな)りの太郎さんは、昨日の太郎さんに少しも變(かわ)りはない樣(よう)ですが、よく調べて見ると、大變(たいへん)な變(かわ)りがあるので、今日生(うま)れた赤ん坊が、六十年後には白髪(はくはつ)の老人と變(かわ)る、その、一日だけの變(かわ)りは必(かなら)ずあるので、百年の間には、精蟲(せいちゅう)より胎兒(たいじ)となり、生(うま)れ出て成人し、やがて白髪(はくはつ)より墓穴(ぼけつ)の土(つち)となるまで、一日として一刻(いっこく)として變化(へんか)せずには居(お)りません。

變化(へんか)限(かぎ)りなき此(こ)の世(よ)を、變化なきものと、誤認(ごにん)する處(ところ)に、一切の迷(まよ)ひが生(しょう)じるのであります。

然(しか)らば、迷(まよい)はない正しい途(みち)は何處(どこ)にあるのでせうか。それは、變化(へんか)の一大法則により萬事(ばんじ)を遂行(すいこう)する外(ほか)に正しき途(みち)は、絶對(ぜったい)に存(そん)しないのであります。

波浪(はろう)に對(たい)する水平線の如(ごと)く、一切萬有(いっさい・ばんゆう)を一貫(いっかん)して、此(こ)の一點(いってん)より萬方(ばんぽう)に進展し、又(また)此(こ)の最終一點(さいしゅう・いってん)に萬有(ばんゆう)を歸着(きちゃく)せしむる處(ところ)の、その不變(ふへん)の一點(いってん)に立脚(りっきゃく)する處(ところ)にのみ、迷(まよ)はざる眞(しん)の居(お)り場所(ばしょ)があるのであります。

此處(ここ)に初めて、永劫不滅(えいごうふめつ)の一大生命(いちだいせいめい)があり、自他超越(じたちょうえつ)せる大我(たいが)に生(い)くる道(みち)があるのであります。

萬有進展(ばんゆう・しんてん)は歸一(きいつ)の初(はじ)めであり、分解は綜合の元(もと)です。萬物(ばんぶつ)は最初の最少一點(さいしょういってん)に出發(しゅっぱつ)なし、進展分離(しんてんぶんり)して、現(あら)はれた萬有は、又同時に綜合統一して、最後の一點に歸納(きのう)しつつあります。

此(こ)の法則(ほうそく)の許(もと)に、萬物は一瞬にして展開歸納(てんかい・きのう)しつつあります。

今や人類は其(そ)の、一大轉換期(いちだいてんかんき)に直面して千歳(千載)一遇(せんざい・いちぐう)の時に逢著(おうちゃく/ほうちゃく)しました。

人類も、細胞(さいぼう)より生蟲(せいちゅう)、生蟲より個人(こじん)、個人より社會(しゃかい)、最後には綜合統一せる、自他超越(じたちょうえつ)の大我(たいが)の域(いき)に進まんとして、一大轉換期(いちだいてんかんき)に直面して居(い)るのであります。

此(こ)の自然の法則たる、變化(へんか)に順應(じゅんおう)せざる時は、滅亡(めつぼう)あるのみです。一生物を内觀(ないかん)すれば、無數(むすう)の細胞が綜合統一して、各一細胞の小觀(しょうかん)を離れて、自然の一大法則の元に運行する處(ところ)に一小生命が生み出されてゐるのであります。今や、地上の人類は個人を超越せる一大生命に生(うま)れ出(い)でんとして居(い)るのであります、これが最後の最大なる綜合統一の時です。こゝに至(いた)つて始(はじ)めて自己の爲(ため)は社會の爲(た)め、個人の爲めは國家の爲(ため)となり、差別の中に眞の平等があり、萬人共(ばんにんとも)に一體(いったい)となり各自(かくじ)神(かみ)の御體(ごたい)の細胞の如(ごと)く、個人は社會の一細胞となって動(うご)く時に始(はじめ)て今の世(よ)の矛盾(むじゅん)は解消(かいしょう)出來(でき)るのであります、かくして原子(げんし)より細胞(さいぼう)、細胞より精蟲(せいちゅう)、精蟲より胎子(たいし)、胎子より個人、個人は社會の一細胞となつてこゝに一大神格(いちだいしんかく)が生(うま)れ出(で)んとして居(い)るのが 今の吾れ吾れ(われわれ)の姿(すがた)であります。


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<隨感録>

  1. 人(ひと)よ自己(じこ)小我(しょうが)の力(ちから)を出す勿(なか)れ。「神(かみ)」は自己勝手(じこかって)を振舞(ふるま)ふ力(ちから)を與(あた)へられざるが故(ゆえ)に ―― 自己(じこ)の力(ちから)有(あ)りと思(おも)へる迷(まよ)ひを去(さ)つて、「神(かみ)」に從(したが)へ、最高(さいこう)の力(ちから)を與(あた)へられん。


  1. 社會(しゃかい)は五體(ごたい)にして、人(ひと)は其(そ)の細胞(さいぼう)の如(ごと)し。五體に不要(ふよう)なる細胞は、體外(たいがい)に排出(はいしゅつ)さるゝも健全(けんぜん)なる細胞は、五體と目的を一つにして病事(やむこと)なし。健全なる細胞は互(たがい)に協力して戰(たたか)はず。


  1. 空中一點(くうちゅう・いってん)の生命(せいめい)は他物(たぶつ)を集合統一(しゅうごう・とういつ)して、一細胞(いちさいぼう)となり一精蟲(いちせいちゅう)となり個人(こじん)となり、個人の團結(だんけつ)は社會(しゃかい)、國家(こっか)となり、社會、國家は一大統一(いちだい・とういつ)し 全人類(ぜんじんるい)は神格化(しんかくか)せんとする時(とき)は來(きた)れり。


一、種(たね)撒(ま)きは花咲かせ實(み)を得(え)んが爲(た)めである。「神(かみ)」は人(ひと)を鬪爭(とうそう)のみの爲(た)めに造らず。平和の花咲かせ、世(よ)を一大神格化(いちだいしんかくか)せんが爲(た)めである。 而(しか)して花のみにて咲く花はなし。


一、・・・・・強敵(きょうてき)は心の中の惡魔(あくま)なり。惡魔の旗(はた)は「離(り)」の印(しるし)。神の旗は和(わ)の印(しるし)。心の迷(まよ)ひ去る時(とき)は、自己(じこ)と神(かみ)とが和合(わごう)して、家内(かない)が和(わ)して調和(ちょうわ)せば、神(かみ)が加護する神の國(かみのくに)  世界(せかい)の人(ひと)が皆(みな)和(わ)せば、神(かみ)の御體(ごたい)の細胞(さいぼう)となる。



 

 


■人体組織の中に新社会の「ひな型」がある


本来、病というものはその原理に従えば、「為(な)さずして成り、無為(むい)にして化す」という言葉そのままに全部治る。したがって、その根本原則をこの世の中に当てはめて行けば、真に共存共栄(きょうぞんきょうえい)できる理想社会が実現し、人は何ら悪い事をする必要がなくなる。

このことは人体の組織・構造を見れば、具体的によく分かる。体の各器官はみな各々(おのおの)の職分(しょくぶん)を持っていて、頭は頭、手は手、目は目、口は口と、それぞれ分相応(ぶんそうおう)の働きをしているが、どれ一つとして、自分自身のためにその機能を発揮しているのではない。みな「全体的な目的」のために動いている。

ものを食べる動作一つとってみても、目で見、鼻で嗅(か)ぎ、手を用いて物を口に入れる。そしてその口が、自分が物を食べたのだからと言って、食べたものを「他へ与えない」と主張して独占(どくせん)したりはしない。食べたものの栄養は、目でも、口でも、また手足でも、公平平等(こうへい・びょうどう)に配分(はいぶん)されているのである。このように、人体の組織・構造の中に、新社会の「ひな型」がすでに備わっている。