
此処に二人の旅人があって、道中で出逢うた、正直な一人の話を聞いて居りますと、此の先に険阻な山路の中程で年老いた旅人が永旅で寄せ集めた財宝を持ち行き倒れて居る事を聞き、二人は心中小躍りして、互いに心の内を秘しつつ出発したが、何分一人が非常に足達者でどうしても追い越す事が出来ず、遂に現場に来て見た処が、老人は事切れて宝物は何一物も残されて無いので、後の旅人は残念がり、早速、其の事を村人に訴えて大勢して追いかけましたが、何分先の男は非常な大力で一人同士では、とても及ぶところではなかったが、村人の応援を得て遂に大喧嘩となり、お互いの身は血塗れとなり、耳は裂け、鼻は歪み、手足の自由さえ思う様にならなくなり、気付いた時は折角目的にして居った財宝は大部分は踏み躙られ、多少ましなものは何人ともなく持ち去られてしまいました。其の処へ一人の婦人が我が夫と息子二人の帰りの遅いのを案じ、村境まで来て此の噂を聞き、駆け寄ってよくよく見ると、二人の旅人は紛う方なき我が子であった。それはまだ二人が幼少の頃、父に連れられ遠国に旅立ったが、一人は智の修行、一人は肉の修行の為、兄弟を離れ離れの処に置き、帰る時刻のみ言い聞かせて自分は、それより当て所もなく旅に出てしまったが、可愛い我が子や家に居る女房を喜ばさんとし永年苦労して集めた財宝を持って我が子等の帰る一足先に出発、途中あの険阻な山路にさしかかって、遂に命を絶ってしまったのであります。其の事を聞かされた二人は全く驚き悲しむ外ありませんでした。あの老人に逢った時、兄の智恵の力と弟の肉の力で介抱すれば十分に蘇生出来三人連れ立って母の元に戻り四人打ち揃えば、奪いあった財宝の数倍喜びがあるものを、知らぬ事とは言いながら、財宝欲しさに助かる老人も見殺しに、そして死を待ち兼ねて持ち去った財宝の為に、遂に兄弟共に見る影も無き姿となって永年苦労して集められた財宝は、互いに奪わずとも与えられるものを奪い合いした故、寸前にして遂に一切の喜びを破壊し、身は浅ましい姿と変わってしまいました。而し、母は何人をも憎む事が出来ぬのみか、留守中に帰り来る夫や子等を喜ばさんと、谷谷山山と探し尋ねる其の内に、世の始めより隠されてある、宝の山を見出してありました。
母は、早速其の処へ兄弟を導き、不思議の三つの鍵を取り出し、智の鍵を兄に、肉の鍵を弟に、母は愛の鍵を持ち、三人の力によって宝庫を開き中より「三世を見る眼鏡」や「不死の霊薬」それから「如意の玉」や「三界飛翔の羽根」を得ましたので、早速、父の死體の処に来て、其の霊薬を呑ますと、不思議にも蘇生致しました。之で、末永く平和な日送りが出来る事になりました。さて、之は何を物語って居るのでしょう。
完
此處(ここ)に二人の旅人があつて、道中で出逢(でお)ふた、正直な一人の話を聞いて居(お)りますと、此(こ)の先に險阻(けんそ)な山路(やまみち/やまじ)の中程(なかほど)で年老いた旅人が永旅(ながたび)に寄せ集めた財寶(ざいほう)を持ち行倒(ゆきだお)れて居(い)る事(こと)を聞き、二人は心中(しんちゅう)小躍(こおど)りして、互(たがい)に心の内を祕(ひ)しつゝ出發(しゅっぱつ)したが何分(なにぶん)一人が非常に足達者(あしだっしゃ)でどうしても追ひ越す事が出來(でき)ず遂(つい)に現場に來(き)て見た處(ところ)が老人は事切(ことき)れて寶物(たからもの)は何一物(なにいちぶつ)も殘(のこ)されて無(な)いので後の旅人は殘念(ざんねん)がり早速(さっそく)其(そ)の事を村人に訴(うった)へて大勢(おおぜい)して追ひかけましたが何分(なにぶん)先の男は非常な大力で一人同士では、とても及ぶところではなかつたが村人(むらびと)の應援(おうえん)を得て遂(つい)に大喧嘩(おおげんか)となり、お互(たがい)の身(み)は血塗(ちぬ)れとなり 耳(みみ)は缺(か)け鼻は歪(ゆが)み手足の自由(じゆう)さえ思ふ樣(よう)にならなくなり、気附(きづ)いた時は折角(せっかく)目的にして居(お)つた財寶(ざいほう)は大部分(だいぶぶん)は踏(ふ)み躙(にじ)られ、多少ましな物は何人(なにびと/なんぴと)ともなく持ち去られてしまいました。
其處(そこ)へ一人の婦人(ふじん)が我が夫と息子二人の歸(かえ)りの遲(おそ)いのを案(あん)じ村堺(むらざかい)まで來(き)て此(こ)の噂(うわさ)を聞き、駈(かけ)つけてよくよく見ると二人の旅人(たびびと)は紛(まご)ふ方(かた)なき我が子であつた。それはまだ二人が幼少(ようしょう)の頃(ころ)父に連れられて遠國(えんごく)に旅立つたが 一人は智(ち)の修業 一人は肉(にく)の修業の爲、兄弟を離れ離れ(はなればなれ)の處(ところ)に置き 歸(かえ)る時刻(じこく)のみ言ひ聞かせて自分は、それより當て所(あてど)もなく旅に出てしまつたが、可愛(かわいい)我が子や家に居る女房を喜ばさんと永年苦勞(ながねんくろう)して集めた財寶(ざいほう)を持つて我が子等の歸(かえ)る一足(ひとあし)先きに出發、途中あの險阻(けんそ)な山路(やまみち/やまじ)に差(さし)かゝつて遂(つい)に命(いのち)を絶(た)つてしまつたのであります、其(そ)の事(こと)を聞かされた二人は全く驚(おどろ)き悲(かなし)む外(ほか)ありませんでした、あの老人(ろうじん)に逢(あ)つた時、兄の智慧(ちえ)の力と弟の肉(にく)の力で介抱(かいほう)すれば充分(じゅうぶん)に蘇生(そせい)出來(でき)三人連れ立(つれだ)つて母の元(もと)に歸(かえ)り四人打ち揃(うちそろ)へば奪(うば)ひあつた財寶(ざいほう)に數倍勝(すうばいまさ)る喜びがあるものを、知らぬ事とは言ひながら、財寶(ざいほう)慾(ほ)しさに助かる老人も見殺(みごろし)に、そして死を待(ま)ち兼(か)ねて持ち去つた財寶(ざいほう)の爲(ため)に遂(つい)に兄弟共(きょうだいとも)に見る影も無き姿となつて永年苦勞(ながねんくろう)して集められた財寶(ざいほう)は 互(たがい)に奪(うば)はずとも與(あた)へられるものを奪合(うばいあ)ひした故(ゆえ)寸前(すんぜん)にして遂(つい)に一切(いっさい)の喜びを破壞(はかい)し、身(み)は淺(あさ)ましい姿と變(かわ)つてしまひました。
而(しか)し 母(はは)は何人(なにびと/なんぴと)をも憎(にく)む事が出來(でき)ぬのみか 留守中に歸(かえ)り來(きた)る、夫(おっと)や子等(こら)を喜ばさんと谷々山々(たにたに・やまやま)と探(さが)し尋(たず)ねる其(そ)の内(うち)に世(よ)の始(はじめ)より藏(かく)されてある、寶(たから)の山を見出(みいだ)してありました。母は早速(さっそく)其處(そこ)へ兄弟を導き 不思議の三つの鍵(かぎ)を取り出し、智の鍵を兄に 肉の鍵を弟に 母は愛の鍵を持ち 三人(さんにん)の力(ちから)によって寶庫(ほうこ)を開き 中(なか)より三世(さんぜ)を見(み)る眼鏡(めがね)や 不死(ふし)の靈薬(れいやく) それから 如意(にょい)の玉や 三界飛翼(さんがいひよく)の羽根(はね)を得ましたので 早速(さっそく)父の死體(したい)の處(ところ)に來(き)て其の靈薬を呑(の)ますと 不思議(ふしぎ)にも蘇生(そせい)致(いた)しました。 之(こ)れで末永(すえなが)く平和(へいわ)な 日送り(ひおくり)が出來(でき)る事(こと)になりました。 偖(さ)て 之(これ)わ 何(なに)を 物語(ものがた)つて居(い)るのでせう。
昭和十一年四月十五日 印刷
昭和十一年四月二十日 發行 定價金十錢
發行兼編輯/印刷人
大阪市西區西長堀北通三ノ一一
印刷所 東京市麴町區飯田町一ノ二四
新興社印刷部
發行所 大阪市西區西長堀北通三ノ一一
靈 源 閣 大塚寛一先生








