皆さんおはようございます🎵人類の大救世主大塚寛一先生1936年発刊「暗夜の光明」の抜粋です。この秘蔵書は現在、国会図書館にPDFだけが存在、80年間、人類の誰の目にも触れることなく眠っていました。ロニが、ある不思議なルートで情報を入手し、コピーを入手して友人と写経し80年ぶりに、人類に復刻、発信させていただきました。人類のアセンションの鍵、「神格化する」、覚醒する秘密が書かれています。心の眼で拝読されてくださいませ!
神軍リクルーターロニサランガヤ
師(し)は生れ乍ら(うまれながら)異常な眼識力(がんしきりょく)の持主でありました 普通人(ふつうじん)と異なる點(てん)を擧(あげ)ますと 生れ出てより今日に至るまで不思議の連續(れんぞく)であります 其の一部を申しますと 今より三十餘年前(さんじゅうよねんまえ)未だ十二歳の頃 四國(しこく)の草深い片田舎(かたいなか)に居て 已(すで)に世界の大勢を觀破(かんぱ)し 又自己を始め姉弟の運命に至るまで豫言(よげん)しました事が今日に至り全部的中(ぜんぶてきちゅう)してまいりました、其(そ)の當時(とうじ)何人(なんぴと)も眼を丸くし疑見(ぎけん)するのみでしたが 今日に至て(いたって)は疑(うたがい)の餘地(よち)はありません、其の豫言の一端を申(もうし)ますと 世界の一大勢力の移動期に遭遇(そうぐう)して來た、それは今まで地上を征伏(せいふく)して居た白人の勢力も西洋文化の破潰(はかい)すると共に暫時(ぜんじ)東進(とうしん)なし 近く亞細亞(あじあ)に移り、西洋文化と東洋文化が融和した理想文化が亞細亞人(あじあじん)の手により建設さるゝ時の近づけるを豫言(よげん)し 滿洲(まんしゅう)方面に一大文化的中心が出來上り相前後(あいぜんご)して天啓(てんけい)により人類最大最高の救世主の出現なし、人類發生(はっせい)してより始(はじめ)ての平和なる理想社會(りそうしゃかい)を吾が國(わがくに)に建設なし 忽(たちま)ち周圍(しゅうい)に波汲(はきゅう)して地上は短期間に理想化さるゝも 其(そ)の救世主出る事の後(おく)るゝ時は 世(よ)の始(はじめ)より 未だ且て(いまだかつて)經驗(けいけん)せざる苦(く)るしみに逢事(あうこと) 又(また)救世主出るとも信し目覚ざる(しんじめざめざる)時は遠から(とおからず) 雌(めし)べなき花の西に開く事を象知(しょうち)し居(い)たのであります、之(これ)十二歳(じゅうにさい)の時(とき)同年輩(どうねんぱい)の少年(しょうねん)を集(あつ)めて語(かた)り續(つづ)けて居(い)た 實話(じつわ)であります。其(そ)の當時(とうじ)都會(とかい)ならる田舎に居て何の刺戟(しげき)なき中に育ちつゝ自然の動きのみを見て種々(しゅじゅ)の物を發明發見(はつめいはっけん)なし 今日一般に必需品又は世間の常識となつて居るものも數々(かずかず)あります。かゝる豫言の的中は何千頁(なんぜんぺーじ)を要するもつきなひのであります。 十二歳と云(いえ)ば未(いま)だ乳(ちち)の香(か)も失(う)せぬ無邪氣(むじゃき)なる可(べ)きに師は話して云われるに吾(わ)しわ實業家(じつぎょうか)となるには北海に行き漁業をなすか南米に行き新天地の開拓するもよいが而(しか)し自分は金錢を超越した人間終局の目的に向(むか)ひ一大苦業(いちだいくぎょう)すべく進む外(ほか)何物も眼中(がんちゅう)に存(そん)しないと常に大言壮語(たいげんそうご)して居たのです。 其(そ)の當時(とうじ) 親兄弟と謂(い)へど 此(こ)の言(げん)を聞き 不思議の空想(くうそう)とより思はない者はなかつたでしょう。
そして師(し)は責任ある長男に生(うま)れましたが 草深い田舎ではどふしてもじっとして居(い)られず再三再四(さいさんさいし)父に願(ねが)ふも聞入(ききい)れられず、自(みずから)も又(また)推(おさ)へんとしても耳元(みみもと)に囁(ささや)く聲(こえ)の日增(ひまし)高まるにつれ遂(つい)に決心して 十二歳の十一月三日霙(みぞれ)降る朝(あさ)漂然(ひょうぜん)孤獨(こどく)の旅に出たのが苦業の始(はじまり)であります、それより已(すで)に三十幾年間(さんじゅういくねんかん)支那朝鮮(しなちょうせん)を始(はじめ)内地(ないち)は勿論(もちろん)深山幽谷(しんざんゆうこく)に別け入り苦業の蹟(あと)は全く常人のなし得ざるのみか象想(そうぞう)だに及はさる(およばざる)處(ところ)にして其(そ)の間(かん)死生の堺(さかい)に立つ事(こと)数十囘(すうじゅっかい)其(その)つど不思議の靈人(れいじん)は常(つね)に師(し)を守り今日あるを得たのであります。追々(おいおい)苦業の道筋(みちすじ)を發表するに連れ其の當時(とうじ)の人の瞳の奥深く不思議の人として殘(のこ)つて居る記臆(きおく)が又(また)再び現實(げんじつ)となつて相見(あいみ)る事が近き日にある事と思われます、此の三十餘年間を經(へ)たる今日(こんにち)師は何を思ひ何を語らんとして居るのでありましょふか、こゝに記載(きさい)してある事は千尋(せんじん/ちひろ)の大海(たいかい)に油滴(ゆてき)を投したる(とうじたる)銀幕(ぎんまく)にひとしいものであります。
師(し)は此(こ)の永(なが)き苦業によつて磨(み)がゝれたる心鏡(しんきょう)に 社會状勢が如何(いか)に反映し なにをなさんと考へて居るでありましょうか、否(いな)已(すで)に師は腦裏(のうり)に出來上りし社會構圖(しゃかいこうず)を將(まさ)にコンパスと定器(じょうぎ)を持つて天空(てんくう)に畫書(えが)き出(いだ)さんとして居るのであります。之(これ)を略(りゃく)せば 一點(いってん)に始まつて一點に納まるも 擴(ひろ)げば三界(さんがい)を包みて尚(な)ほ餘(あま)す處(ところ)なき深遠微妙(しんえんびみょう)不可思議(ふかしぎ)の法(ほう)であつて 一旦(いったん)口を開けは(ひらけば)幾世(いくせ)語るも黄河(こうが)の水の盡(つき)ざる如く 又(また)聞(きか)ざるは大河(たいが)の傾斜(けいしゃ)急流(きゅうりゅう)なるエネルギーを電化(でんか)せざるが如く 再び得(え)る事が出來(でき)ないのであります。
それは師の念頭(ねんとう)なにものもなく たゞ來(きた)る物の冩(うつ)る姿を讀(よむ)が故(ゆえ)同一の事を再び語り出さないのであります、それで居て超化學的(ちょうかがくてき)又(また)超數理的(ちょうすうりてき)な數理化學(すうりかがく)なのであります、其の中に最も深き神祕(しんぴ)を語(かた)るものであります。
