
日本では、政治のことを昔は「祭事:まつりごと」と申した。「祭り」と「政治」が一体の「稀有な国柄」なのである。その哲理は「三種の神器」に封じ込めてある。真の政治家は「座して千里の先が見通せ、今にして百年の計を立てる傑物のことをいう。また国家、国民の為には、私利私欲を投げ打って、「親子一体」「夫婦一体」「国家と国民が一体」「労働者と資本家」が一体の「共存共栄の日本精神」すなわち「神の道」を戴して政治を行うものを言う。
「日本精神」は究極にいけば「世界精神」であり、「神の道」である。第2次大戦では、日本は「日本精神に外れた」から三千年来ない大敗を招いた。道に反したということである。あの当時、軍部がヒットラーやムッソリーニのファッシズムに乗せられたのである。
右翼とは主義であり日本精神とは全く違うものである。「主義」というものは「人」と「所」と「場所」によって違うものであり、日本の国には、主義やイデオロギーというものは合わないのである。なぜならば「万有一切に通ずる日本精神」が古来より脈々と波打っているからである。神は「人体を宇宙の雛型」として作っておる。日本の国は「天照大神を中心とした一厘の花」とも言えよう。中心に天皇陛下を仰ぎ、また天皇はすべての日本人の本家本元である。どんな家でも本家を立てるが、それは道に叶っているのである。
大塚寛一先生









