精神世界の光と闇 その3〜ヤマ・ニヤマの自己解釈 | 家族の統合失調症に向き合った日々

家族の統合失調症に向き合った日々

何の変哲もなかった人生が、家族の統合失調症をきっかけに変わりました。この経験を、同じ悩みを抱え苦しんでいる方に届けたい一心で書いています。

おはようございます。

冷たい雨が降る関東から投稿します、しんいちろうです。

 

 

ヨガの個人指導のとき、先生からヤマ・ニヤマの取り扱いについて教えていただいたことがあります。
 
ヤマ・ニヤマは、簡単に言うとやってはいけないこと、やった方がいいことです。
 
先生は「ヤマ・ニヤマを文字通り受け取るのではなく、現代人には現代人なりの取り組み方がある」と教えてくれました。
 

 

 

統合失調症を発症する前からヨガに親しんでいた妻は、ヤマ・ニヤマを心がけていました。

 
冷蔵庫に、ヤマ・ニヤマの説明が書いたプリントを貼っていたくらいです。
 
ある時から妻はヤマの中の一つ、「他人や他の生き物を傷つけない」という教えを極端にとらえるようになりました。
 
 
 
その頃の妻は、たまに車を運転することがありました。
 
ある時、危うく歩行者に接触しそうになりました。
 
私は、「ぶつからなくて良かったよ。次からはもっと良く注意すればいい」と、何事もなかったことを安心してそう言いました。
 
しかし妻は、相手を傷つけてしまったと強く思い込んでしまい、心を取り乱しました。
 
 
 
妻が実家で療養中、こんなこともありました。
 
妻はメールやラインができなくなっていたため、義母から一週間に一度、妻の様子をメールで知らせてくれていました。
 
義母からのメールにはこう書いてありました。
 
玄関を掃除していたら小さなクモを殺してしまったと、しゃがみ込んで泣いて、動かなくなってしまった。
 
 
智慧を自己流で、極端に理解してしまったことから、妻は情緒不安定になってしまいました。
 
 
 
 
ヨガといえば、ポーズが主流でヤマ・ニヤマはまだまだ一般的ではありません。
 
しかし、ポーズの前段階にあるのがヤマ・ニヤマです。
 
現代人はこれを飛ばしてポーズや呼吸に取り組んでしまいます。
 
なぜポーズの前に、ヤマ・ニヤマが必要だったのか。
 
古代のヨガを伝え残した人たちに会ってきいてみたいです。