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NY発☆親だからできる、おうちシュタイナー教育☆ おやこ&幼児クラス

ニューヨークにて、シュタイナー教育に基づく親子教室、幼児教室と、
キネシオロジーを使ったヒーリングやセミナーをしています。
子ども達と、子どもの育ちを守る仲間を応援します。

初めの一歩を支えるピクラーの育児法

 

どの子にも宿る生命の叡智を信頼し、最大限に伸ばすために

 

 

子どもが生まれてから、幼稚園に入るまでの3年ほどの短い期間は、過ぎればあっという間ですが、子どもにとっても大人にとっても人生最大級の成長を遂げる時期ではないでしょうか。人生の土台となる最も重要な時期です。

 

It takes a village to raise a child.

(子どもを育てるのは村全体の仕事)

 

アフリカのことわざだと言われていますが、現代社会では、村はもとより、家族生活も急激に様相を変えて、親として益々戸惑う時代です。しかし、同時に、古い村社会の枠を超えて、より自由に創造出来る時代になったともいえます。

 

シュタイナー学校でも、誕生から3歳までについては、「各家庭でやってください」という状態でしたが、ここ20年ほどで、研究が進められ、今では、親子教室などの学び合いの場も増えてきました。その中でも、70年も前から続く、ハンガリーの実践が重要視されています。ハンガリーの小児科医、エミ・ピクラー(1902-1984) は1946年、ブダペスト市政府から要請を受け、戦争孤児のための孤児院を創設しました。現在も同じ場所にあるこの施設は、その住所、ローツィ通りから、通称ローツィと呼ばれています。開設当初から現在まで、子ども一人一人の綿密な記録は膨大な量になり、ピクラーの哲学を実証しています。

 

 

大人との揺るぎない信頼関係が第一

 

ローツィでは、孤児院という事情から、一人の子供に対して、主担当の保育者が決められ、言わば親代わりの存在となります。いつも同じ保育者が、おむつ交換などのお世話に驚くほどの注意を払い、たっぷりの時間と愛情をかけて行うことにより、大人との揺るぎない信頼関係が築かれます。お世話の時間に体も心も十分満たされた赤ちゃんは、お世話の時間以外は、一人でも安心して過ごせ、遊びに没頭できるようになります。自発的な運動・遊びを尊重するために、安全で探索しがいのある空間を用意し、遊びの途中で横から不用意に邪魔をしたりしません。この、ゆるぎない信頼関係と子どもの自発心の尊重がピクラーの2本柱です。細心の注意をはらい、愛情をこめて丁寧に行うケアにより、安定した信頼関係が築かれ、子どもの自発的遊びが花開くのです。

 

  

子どもを子ども扱いしない

 

そしてその基本にあるのは、幼い子どもであっても一人の人間として畏敬の念をもって接すること、子どもの尊厳を尊重することです。子どもを”子ども扱い”しないことは、思ったよりも難しいものです。親心で、周りがみんなそうだからと、つい無意識にやってしまっているのです。

 

たとえば、抱き上げるとき、突然ひょいっと取り上げたりしていませんか?(私もやっていました。) ちょっと想像してみてください。もし大人が後ろからひょいと肩でも捕まえられたら、まずはびっくりするでしょう。中には怒り出す人もいるでしょう。赤ちゃんはただそこにいるようでも、今何かを見つめていたり、何かやろうとしているのです。ローツィーでは、抱っこのやり方一つも、おろそかにはされません。赤ちゃんをびっくりさせないように、ゆっくりと近づくと、目を見て、「今からお風呂だから抱っこしますよ。」などと伝えてから、赤ちゃんの反応に対応しつつ、細心の注意を払い、決められた手順で抱き上げます。さながら、茶道の作法にはすべてわけがあり、形式だけに見えて実は無駄一つない究極の手順であるのと同じようです。

 

 

必ず声をかけてから

 

「今からオムツを取り替えますよ」とか、「鼻水をきれいに拭きましょうね」と、今から起こることを毎回しっかり伝えてあげることは、どんなに小さな赤ちゃんに対しても、いや、小さければ小さいほど、大事なことです。そうすると、赤ちゃんは安心して 親との信頼関係を深めることができます。加えて、自分の体という新しい住み家の心地よさを感じ、それを安心のベースとして、心身の発達を遂げていきます。つまり、より高度な動きや体位に挑戦する余裕と自信が生まれるのです。

 

 

お隣に引っ越してきたばかりの、当地に不案内な、新しい住民がいるとします。そんな時、突然の大騒音とか、家を揺する巨大な揺れとかが、度重なって起こったら、どうでしょう。安心して新しい家に住み、生活を築き始めることができるでしょうか? 赤ちゃんは言わば、この地上に引っ越してきたばかりの新しい住人です。

 

 

お世話の時間は親とのスキンシップを深める時間

 

お世話の時間は、大人にとって手間のかかる仕事の一つ、かもしれまん。しかしローツィでは、お世話の時間は子どもと大人の関係を深めるための貴重な機会として位置づけられています。着替えの手順もまず右、そして左というようにいつも同じにし、「はい、ズボンを履きますよ、まず右足、あんよが出たね、次は左」というように優しく言葉がけしながら行うことにより、赤ちゃんが着替えに参加して、足を伸ばしたり、腰を上げたり、手伝ってくれるようになります。つまり、大人との共同作業になるのです。こうして、お世話されるだけの受身の存在から、大人との関わりを楽しめる参加者となり、そしてやがて一人前の生活者として少しずつ自立していくことができるのです。

 

 

いつも同じ手順でお世話すると先を見通す力がつく

 

オムツ替え、着替え、授乳、1日に何回もあることです。その度に、毎回同じように行えば、小さい赤ちゃんでも、だんだんと見通しを持つことができるようになります。見通しを持てることの大切さは、私たち自身の生活に照らし合わせてみればすぐ分かります。毎日、今から何が起こるかわからなければ、不安でちっとも落ち着いていられません。毎日の規則正しいリズムがあり、「今から~~しますよ。」という言葉がけで、赤ちゃんは、安心して過ごせるのです。そのようにして育つと、たとえば、「抱っこしますよ」と言うと、抱き上げてというように、両手を伸ばしてきたり、もっと小さい赤ちゃんでは目で大人を見つめ返してうれしそうにしたりします。

 

 

みんなもそうしているから、大丈夫?

 

それでは、お世話以外の時間はどうでしょうか? 

 

自分でほとんど何もできない赤ちゃんは、おなかがすいても、お尻が気持ち悪くても、寒くても暑くても、寂しくても、周りがうるさ過ぎるから静かに放っておいてほしくても、泣くことしかできません。だからといって、赤ちゃんをモノのようにひょいっと持ち上げたり、泣いたらグッとおしゃぶりを口に入れて黙らせたりするのをよく見かけます。みんなそうしているから、つい、何も考えずに、そうしていませんか?

 

遊んでいるときはどうでしょうか? 赤ちゃんとどのように接するのが良いでしょうか?

 

 

ピクラーの鋭い観察眼

 

小児科医として、ピクラーは鋭い観察眼を持っていました。多くの子どもとその親達の関わりの様子を見るうち、大人が赤ちゃんに座る、立つ、歩くといった動作を先回りして教えたり、支えてやらせたりすることが日常的に行われていることに問題を感じました。もし大人が手で支えたり、クッションで固定したりしてお座りをさせなかったら、その赤ちゃんはどうなるでしょうか? ずっとお座りできないままでしょうか? 

 

 

赤ちゃん自身が一番よく知っている

 

ピクラーは自分の子どもたちや家庭医として定期的に訪問した家庭の子どもたちを観察して、赤ちゃんは大人に教えられなくても、いや教えられないほうが、健全に発達することを発見しました。赤ちゃんは十分な広さ、安心できる環境に置かれれば、寝返り、ハイハイ、腕を立てて上体を反らすなどの様々な動作を遊びの中で続け、ついには、自分でちゃんとお座りができるようになります。立つ、歩くも同様です。逆に大人に教えられると、赤ちゃんは近道をして早くできるようになるかもしれませんが、近道をしたことによって、お座りに必要な筋力、バランス感覚を発達させる機会、そして何よりも自分で何度も何度も繰り返すことにより物事を成し遂げ獲得するプロセス(後に学ぶ力、生きる力となる)も逃してしまいます。

 

 

そんなに急いでどこへ行く?

 

生まれたばかりのかわいい赤ちゃんをうっとり見つめていられる幸せな時間はあっという間に過ぎていきます。育児の大変さもさることながら、それよりも私が思い出すのは、「もう~~できる?」という、周りからのプレッシャーです。寝返り、お座り、ハイハイ、伝え歩き、そして一人歩き。喃語 (なんご) は出たか、歯は生えたか、離乳食は食べられるか? 発達に遅れがないかと心配することは仕方がないですが、行き過ぎて、早いことがいいことかのように、次から次へと課題を与えて行かなければいけないかのように感じさせられる昨今です。赤ちゃんの身にもなってください、寝返りができたら、次はお座りよ、さ、ハイハイしておいで、今度はタッチしてごらんと足をツンツン・・・。今できていること、お座りなり、寝返りなりを十分楽しむより、次のこと、まだできないことに常に焦点が当てられています。

 

ここ二、三十年ほどで、よく早く、より多くを美徳とする傾向がどんどん加速度を増しました。いつだったか、まだ幼いころ、我が家の黒いダイアル式電話がプッシュホンに代わったときは、感動したものでした。今はどうでしょう、技術が発達して、いつでもどこでも瞬時に情報が手に入る、そのおかげで、私たちはますます忙しくなっています。

 

もっと楽に、ゆったり暮らせるのかと思えば、まったく正反対のことが起こっているのは誰の目にも明らかです。こんな時代、赤ちゃんはたっぷりと時間をかけて赤ちゃん時代を過ごせているでしょうか。0歳向けのコンピュータゲームがアメリカでは売られています。24時間いつでも見られる子供向けのチャンネルもあるようです。きっと日本でもこの傾向は同じだと思います。こうしたスクリーンの害についてはまた別の機会に譲りますが、目まぐるしい量の情報の波の中で、日々忙しく過ぎていく現代に生まれた幼い子どもにとって、本当に大切なこととは何でしょうか。どうすれば、私たち大人は、子どもの発達を最大限に引き出してあげることができるでしょうか。

 

 

その子独特の成長の力・プロセスを信じる

 

這えば立て、立てば歩めの親心、とはよく言ったものです。わが子が出遅れないように心配し、少しでも楽な道、近道があればそれを保障してやりたいのは当然の親心だと思います。しかし、ピクラーは、この親心をぐっと抑えて、今赤ちゃんがやっていることを十分させてやりなさい、赤ちゃんは自分がすべきことを一番知っているのだと言いました。まだ自分でお座りできない赤ちゃんを、椅子やクッションで固定して座らせたり、まだ歩けない赤ちゃんを歩行器に乗せることは、赤ちゃんが今発達させている体や知能の健常な働きを妨げると言います。

 

幼い子どもにとって、より早く、は害になることが多いのです。早く歩けるようになった子がだめだというわけではありません。自然に早い子はいます。ただ早く歩いてほしいと思って、今ハイハイしている子を立たせることが害になるのです。そしてゆっくりペースの子はそれでいいのだと急がせず見守ってくれる大人が必要なのです。

 

 

内なる子どもの個性を引き出す全人的な教育

 

シュタイナー教育との共通点はまさにここです。7歳以下の子どもに読み書きや算数の勉強をさせないのは、なぜでしょうか? 7歳以下の子どもには、今、発達段階としてやるべき仕事(自発的遊びや規則正しい生活による心身の安定した発達など)があるのです。

 

発達に合わせた物的・人的環境を整え、その中で、子どもの内なる力を信頼し、自発的動きと遊びを最大限に保障する教育法です。ここから、体の土台がしっかり育ち、心豊かで、想像力たくましい、輝くような個性が引き出されてくるのです。

 

 

赤ちゃんだけでも安全に過ごせる環境

 

そのために、まず、部屋を片付け、必要ならゲートを取り付け、広く安全な空間を準備しましょう。「ここは来たらダメ! それはさわっちゃダメよ!」と赤ちゃんを叱る必要のないように。安全な空間とは、ピクラーの弟子マグダ・ガーバーによれば、"赤ちゃんだけで、一日中家に閉じ込められるような事態が起こっても、命の危険がない環境"だと言います。寂しくて、お腹がすいて、オムツが汚れて、おもちゃが全部ソファの下に行ってしまって、赤ちゃんが大泣きしているとしても、命には別状なく居られる空間、そこまで徹底して安全を追求して初めて、大人も安心して赤ちゃんの自由な探索・遊びを見守ることができるのです。

 

 

少しずつ引き算から

 

かといって、いきなりそこまで目指すのはハードルが高すぎるでしょう。まずは、少しずつ引き算する位から始めてみましょう。今まで泣けばすぐ手を出していたところを、一瞬待ってみる、おもちゃを減らしてみる、着替えを意識的にゆっくり丁寧にやってみる。実験精神でやってみて、丁寧にお子さんの様子を観察してみてください。親御さんの感覚は、専門家よりも誰よりも、お子さんのことを敏感に感じることが出来る、最高の受信機です。そして毎日の生活の中で何度も繰り返しチャンスはやってきます。だからこそ、お家が最高の教育環境となるのです。

 

 

赤ちゃん期を過ぎたら?

 

2歳、3歳となり、幼稚園に入学する頃になっても、この原則は同じです。

 

心を込めた丁寧なお世話 → 子供と関わる時間はじっくり丁寧に真正面から向き合う。

 

自発的な遊びを尊重する → 安全で想像力を掻き立てるようなシンプルな環境を用意し、大人は子どもが自分で遊ぶのを見守る。

 

 

 

失敗から学び、親子で前進

 

シュタイナー教員養成の勉強中は、目からうろこの連続で、これまでの自分の育児の間違いに罪悪感にさいなまれることたびたびでしたが、先生達は、新しい知識を得ることは素晴らしいが、それを武器に他人を傷つけてはいけないし、自分も傷つけてはいけない、とよく言いました。

 

例えば歩行器ひとつを見ても、登場してから久しく、私自身も歩行器に乗った写真がありますし、今でも広く使われているのを見ると心が痛みます。だからと言って、私の両親や今歩行器を使っている親御さんたちを責めるつもりはありません。私も知らなければ、親心で子どものためを思ってきっとそうしたでしょう。子どもは大変辛抱強く、私達の成長を促してくれます。お子さんがまだ1歳の親御さんは、親としてはまだ1歳ということです。問題や失敗は裏返せば成長へのステップです。お子さんへの深い愛情と子ども自身の内なる生命力があれば、乗り越えなれないことは何もありません。

 

 

 

© Hiromi Niwa

 

参考文献

“Emmi Pikler’s Trust in the Wise Infant” Jane Swain, “A Warm and Gentle Welcome: Nurturing Children from Birth to Age Three”, The Gateways Series Five, 2008 Waldorf Early Childhood Association of North America

 

前記事で、信頼して潔くバイバイしましょう!と書きましたが、今日は、その補足として、新学期をうまくスタートさせる、実践的なコツをお伝えします。

 

 

お家での生活をシンプルに、リズムよく

家事や炊事もしばらくは手抜きでもいいから、とにかく帰宅後はゆったり過ごせるように、色々頑張りすぎないで。子どもも落ち着けません。また園の帰り道にお買い物、習い事、などもこの時期は特に最小限にしてあげましょう。

 

子どもとたっぷりスキンシップの時間、寝るとき、お風呂など、丁寧に接してあげて、一緒の時間を楽しみましょう。

 

 

早め早めの送り迎え

早めに登園すると良いこといっぱい。まだ他の子が少ない時間帯のほうが、静かで、遊びに入りやすいし、他に泣く子が居てつられて泣いちゃうこともないです。

 

そして、出来るなら最初の頃はうんと早めにお迎えに行く、またはお迎えの定時がある場合は2,3分でも早めに行って、子どもが少しでも待つ時間を減らしてあげてください。先生も1日保育して疲れているし、子どもも1日待ちわびていました。一人、また一人、と他の子が帰っていくのに、自分だけお迎えがまだ来ない、というのは本当に不安です。もしそうなってしまうときは、たとえ遅くなっても必ず迎えに来ることを伝えて安心させてあげましょう。ちゃんとごめんねと言うこともときには大事です。

 

 

遠慮しないで、先生に相談する(なんたってプロ、経験豊富ですからね!)

慣らし保育の時間・日程を調整してくれたり、思わぬヒントをもらったり、とにかく、相談してみて下さい。こちらが大変だと思っていることが、先生には、よくあること、だったりします。親が先生にどんとお任せしてみましょう。その信頼感を子どもも察知します。

 

 

遠慮しないで、その2。周囲に助けてもらう

職場から早く帰らせてもらったり、家族やご近所に用事を頼んだり、周囲にお願いすることが増えて、申し訳ないと思ってしまうかもしれませんが、新生活が落ち着くまでの、しばらくの間です。この時期に無理しすぎたり、色々と遠慮して黙っている方がかえって後々まで引きずってしまい、迷惑になるかもしれません。世間は優しいですよ。

 

 

子どもに、どうだった? 今日何したの? と聞かない!

いい映画を見て感動してるとき、どうだった?と聞かれたらどうでしょう? 説明するためには、感動にひたっているところから、一度抜け出して、客観的思考を使っていく必要があります。

 

子どもはいつも今を生きていて、少し前のこともあまり覚えていないか、覚えていても、感動に浸っている状態(一体感)の中に生きています。それを無理に揺り起こして、説明させることは、子どもに早く大人の脳になれと言っているようなものです。夢の中のような子どもの世界をそっと守ってあげてください。園での様子が気になっても、子どもが話し出すのを待ちましょう。話さない子もいます。でもどの子もそれぞれ豊かな経験をしています。


日本では新学期ですね。昨日、慣らし保育についての記事が目に入りました。素晴らしかったので、ぜひリンク先読んで下さいね。そして、読んだら戻ってきてね。私が一番大事と思っていることを追加したいので、記事にしてみます。

 

入園入学はもちろん、進級でも子どもにとっては大きな変化。

 

赤ちゃんでも幼稚園生でも、小学生になってもまだまだ、親から離れるとき、悲しくなってしまうのは当然です。大泣きしたり、メソメソして赤ちゃん返りしたり。

 

私は保育園に勤めていたので、預かる側を先に体験し、その後、自分の子供を預ける側にもなりました。今は幼稚園で預かる側にまたなりました。

 

 

まずは、泣いたり、嫌がって離れないことは、

 

良いこと! なんです。

 

1)子どもの健全な発達の証拠

自分の置かれた状況がわかり、未知のことへの不安を示している。そしてはっきり感情を出せる。

 

2)親子の良好な関係の証拠

これまでの生活のなかで、安心で心地よい親子関係の土台が築かれていなければ、泣かないです!

 

まずは、泣く姿を見て、あああー良かった!と思ってください。子どもは素直に反応します。それが素晴らしいのです。

 

それを

 

✗ 無理になだめようとしたり、

✗ 何でもない、大丈夫!と否定したり、

✗ もう泣かないよ!って約束させたり、

✗ 泣かなかったら__あげるなどと賄賂交渉したり、

 

しないでくださいね。

 

◯ 悲しいね、と認めてあげてください。

◯ 共感してあげてください。(何も言わずとも通じます)

◯ 3秒でも良いので、抱っこしてあげてください。

 

そして、ここからが一番肝心だと思います!

迷いに長居しないこと!

 

泣いている子どもを見て、お母さんが、

 

まだ__歳でこんなに小さいのに、預けるのはかわいそうかな(保育園の場合)

 

と思ってしまうことが多いと思います。私がそうでした。あと、幼稚園ぐらいになると、

 

他の子はもう泣いてないのに、何でうちの子だけ、私の子育てが悪かったのかしら

よそのお母さんや先生になんて思われるかしら

この園(クラス・先生)は合ってないのかしら

 

などという気持ちも出てくるかもしれませんね。

 

親がこういう迷いにゆれていると、子どもは敏感なセンサーですから、親の揺らぎを察知して、もっと泣きます! 親の不安を鏡のようにそのまま感じて泣くだけでなく、さらにもう一歩進んで、

 

え?迷ってるの?

じゃあもっと泣けば、ママと離れないで済むかも!

 

となります。確信犯的な!

大好きなママと離れないため(サバイバル機能)には、子どもは本能的にそういう賢さが備わっているみたいです。

 

卒乳/断乳のとき、ママの方に迷いがあると、上手くいかないんです。それといっしょです。

 

人間ですから迷いがあるのは当然です。でも、その状態に長居すると、ママ自身だけでなく、子どもも進めません。

 

入園でも断乳でも、色々迷ったり、妥協があったり、周りに影響受けたりしたと思います。でも、最後に大好きなママが決めたことですから、子どもは味方してくれます(慣れてくれます)。

 

まずは、うちの子は絶対大丈夫!と言ってみてください。

 

この決断がきっと良い方向に向かっている!と自分にも言い聞かせてください。

 

 

最初は嘘みたいに聞こえても、それでもそう思ってみる、言ってみることが大事です。親として子どもに出来ることって、結局、「うちの子は大丈夫!」ってどこまで信じてあげられるか、なのです。月日とともに、だんだん深く信じられるようになります。

 

言ってみる、信じてみる。それにプラスして、すべてが上手くいっている状況を想像してみて下さい。そのヘルプとして、保育園・幼稚園生活の良いところをあげてみます。

 

子どもは保育のプロに見てもらえる

室内、室外とも、遊ぶ環境が、家より格段良い

子どもの仕事である、遊ぶことがほぼ一日中保証されている

遊ぶ、片付ける、食べる、昼寝、などなど、1日のリズムがしっかりしている

季節の行事、歌などを通して、伝統文化、自然、季節のサイクルにも支えてもらえる

お友達、先生など、より大きな社会を経験できる

ママは一人になれる時間を得て、リフレッシュできる

 

子供のために用意された空間
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先生は何十人何百人と子供を見て来たプロ
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おもちゃも厳選されたもの

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おやつは手作りだったり?

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こんなに素晴らしいことがたくさんあるんですよ!

 

だから、

 

子どもが泣いてるのでママまで泣きたくなってしまう気持ちを、いやいや、これは素晴らしいことなんだ!と切り替えてみてください。

 

泣きたいほど、子供のことが愛らしい気持ち、なんて素晴らしい! それをお迎えのときに一杯抱っこして再会を喜ぶことで、またその後の一緒の時間をゆったり過ごすことで表現してあげてください。

 

十分にバイバイの儀式をしたら、潔よく、立ち去りましょう!

 

バイバイ、ママは___に行ってきます!(おやつが終わったら)お迎えに来るからね。

 

などと、言葉がまだわからない幼子であっても、必ずはっきり伝えて、自信を持って分かれましょう。

 

分かれても、また会える、そればその後の人生で何度も経験すること。それを絶対の安心感とともに経験できる子どもは幸せです!

 

 

最後に、冒頭にリンクを張った、助産院 Smile Rainbowさんの記事の一部を紹介します。この部分、特に感動しました! 子どもという存在が、ありがたいなーと改めて思いました。再びリンクはこちらです。

http://ameblo.jp/smile-rainbow-mw/entry-12261831615.html

 

***

 

 

ここで

突然ですが!

 

貴方は初恋をした時の気持ちを覚えていますか?

 

寝ても冷めてもその人の事ばかり考えて

ちょっと目が合うだけでドキドキ

笑顔を向けられたら天にも昇る気持ち

無視されると地獄の底に突き落とされたような気持ち

あの人の為なら死ねる!とまで思ったり思わなかったり(笑)

いわゆる恋に恋している状況ってありましたよね?

 

 

 

 

なんとなく…思い出しましたか?

 

 

 

 

 

子供は

お母さんをその状態で見ています

 

子供はお母さんに恋をしています

 

特に乳幼児期はお母さんが全てです

す・べ・て です

 

***