母に捧げる
日本活育協会yogaマイスター きのしたゆりです。桜花の香り高く、目に麗しい春がやってきました。早速に春一番も吹き、自然の流れは花紅柳緑。勢いのある季節の到来です。そのような三月の終わり母の人生があっけなく幕引きとなりました。幾度となく危機を脱し私達娘に明らかな希望と安心を与え続けてくれた母でした。深夜になって様態が悪化したとの連絡を受け、直ぐに病院に走りましたが、到着した時には既に息を引き取った後でした。最後の最後まで与えられた力を出し切って、頑張ってくれた母でしたが、今回はもう頑張るだけの力が無かったのでしょう。最後まで苦しまずに逝けた事。そして一番母の気持ちの中にあった次女の子ども達に近いところで、最後を迎えられた事。 ↑職業を持っていた娘の家で、二人の孫の世話をしてきましたから、関わり方はとても大きかったと想います。二人の孫たちが泣き崩れる様は、単なるおばあちゃんを超えて、まるで母親との別れのように私の目に映りました。これ以上望むことの無い状況での余りにもあっけない終わり方でした。私も悲しくないと云えば嘘になります。もう二度と母には会えなくなってしまったのですから。でもその時母の生き様を通して私は、自分が幸せに生きることが身内や、親しくお交わりの合った全ての方々の心に、良い人生だった!と納得していただけるドラマを創っていて、季節が移ろうに似た自然の流れの中にかくも有難く最後のお別れが設えられるのでは無いだろうかと。古くなった命は朽ち果て新しい命が芽吹くのは自然の習い。その順序通りの事の運びはやはり感謝でしか無いと。そのように想い、そして更に想うのです。私のこの命の始まりに母がいて、母に育てられそして私も母となり、母と同じように孫も出来ました。母と同じように私も又孫を育てて参りました。大筋では大して変わらぬ母と私の人生。母は祖母の年齢を遥かに上まわり、90歳を超えて生きながらえてくれました。母の歩んだ長い道のりは、私の記憶の中にしかと刻まれ、間違いなく私はそのあとを追いかけています。家族の皆に愛され惜しまれながら逝った母。願わくは私もそのような最後を飾りたいものです。満開の桜花に彩られた穏やかなお別れの日でした。4月1日。゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆お葬式が済んで落ち着いた途端、不意に訪れた虚無感。頭で綺麗にお別れが出来ても、心は別物。まるでぽっかりと穴が空いたような・・・母の存在は偉大です。別れたばかりだと云いますのに、もう、恋しくて仕方がありません。危篤に陥るたび腹をくくり、いつどうあっても大丈夫だと、自分自身を見つめていた筈なのに・・・この埋めようのない喪失感をどのようにしたら払拭できるのでしょう。頭では実に冷静に常に落ち着いてここまで来ました。けれど母の姿がこの世から消え、一つの骨壷に納まったあの瞬間から母を恋い慕っている私がおります。理由などありません。只々恋しいのです。母と子の絆はへその緒で繋がっていたあのときから目に見えない所でもずっと繋がりっぱなしなのではないのかと、想えてなりません。おかあさんおかあさんおかあさん。意味も無くわけもなく声に出している私。おかあさん・・・・・4月2日。