日本活育協会Yogaマイスター
きのしたゆりです。
関西圏を襲った今回の台風。
私は東京におりましたので、その威力や警報とは無関係なときの流れにおりました。
仕事を終え、新幹線が平常ダイヤルで動いているのを確かめた後、帰阪しましたが・・・
京都に着いたのは良かったのですが、在来線が見事に乱れ、遅れに遅れた電車に何とか乗り込み、帰宅できたのは優にシンデレラタイムを上回っておりました。
その新幹線の中で
インストラクターの面々が、台風一過の月をめでているラインが次々と入り、車窓から何とか空を仰ぎ見て、ラインの返信は出来ないまでも私も、心を共にしておりました。
家に帰り
明日のインストラクター勉強会と、マイスタジオでのお盆休み前の最終レッスンプログラムを見直し、
お風呂に入って汗を流し終えたのは午前3時になっておりました。
この時間は、ラインでのささやきによりますと、月が地球にもっとも近づく時間だそうで、大きなまん丸お月さんに対面できるとか・・・
このような大きな満月にお目にかかれるのは、20年後になるそうです。
勢い込んで私は空を仰ぎ見ました。
が・・・
流れる黒雲に視界を阻まれ、まことに残念ながら大きな満月を見ることは出来ませんでした。
疲れきっているはずなのになぜか神経は立ち、まったく眠くなりません。
それはやはり
母の初盆と、それに合わせた家の譲渡が控えていることに起因するのを、今あっさりと認めております。
元々お酒が好きで
おまけにめっぽう強くて、
こんな夜にはつい
一人でぐいぐいあおってしまうのですが(≧▽≦)
やるせない想いが次々と去来して、
この調子ではまた
朝日が登るのをしたたか酔っ払った体で迎えてしまうのは、予想だに値するのですが。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
娘婿が28歳の若さで他界したとき、
葬式仏教を身に痛く感じ、私は仏教の世界から身を離しました。
あのときに全身全霊で感じた想いを
こうして再びひしひしと身に染みる想いで味わうとは、予想だにしなかったことではありました。
今回の初盆供養は、私達3姉妹の母を恋うる心の現われであり、それはしきたりを度外視したところに現実のものとなりました。
お墓を守って行けない我が身の始末として、永代供養を選び、それに準じての今を生きております。
でもね
想うのですよ!
お金を支払って、それで慣習の煩わしさと、世間体の辻褄あわせが滞り無く済まされました。
表面的には
見事なまでにスマートに問題を残すことなく、事を運ぶことが出来ました。
でもね!
魂が叫ぶのです。
本当にそれで良かったの?って。
違うと心のどこかで想っています。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
出来ることならば
ずっと先祖代々の、そして父母が眠るお墓はこの身で守って行きたかった・・・これが本心です。
けどね
息子が言ったのですよ!
お墓を残されても迷惑なだけだと。
何も出来ないと。
その言葉を聞いた時、私は決心していたのです。
私の代で
煩わしい事の全てを払拭しなければと。
でも
ここにきて
私の間違いを感じています。
その息子を説き伏せるだけの、説得力を持った生き方を示せていなかった私の愚かさ。
そう・・・
葬式仏教と想わざるを得なかった娘婿のお葬式。
そして・・・
母のお葬式と先祖代々の永代供養。
そこに関わりあった仏教の導き手が、余りにもお粗末だった事を想わされています。
人は心の安寧を求めています。
時代がどのように流れていようと、血肉を分け合った家族への想いは特別で、
またその家族構成の中で養われたきた自らの価値基準によって、今の自分があることは紛れも無い事実であることを、誰もが心の奥底では判っているのだと思います。
こんなときにこそ、
しっかりとした心の安寧と安らぎと満足、
それに伴う揺ぎ無い伝承文化の継続を、叩き込む担い手が必要なのではないのかと。
したたか酔っ払っておりますので、
このような想いをアップするのはいささか躊躇がありました。
でも酔っ払っているからこそ
損得を、そして批判を省みず
心のままに語れるのではないかと・・・
真に勝手な想い入れではありますが、時を置かずアップすること致しました。
もしかしたら
太陽が燦燦と照り輝く次の日、
後悔と恥ずかしさが私を襲うかも知れません。
でもなぜか
あえて
今の気持ちに正直でありたいと思える私です。
書きたいことが次々に浮かんできて、
言葉がそれに追いつかないのですが、
納得には、それに比例した煩わしさと、それを乗り超えて行くだけのエネルギーが、絶対的に必要であることを想わされている次第です。
この続きは
田舎での初盆を追えて、
心境がいかに変化するのかを見届けてからの告白とさせて頂きます。
全クラスお盆休みとなり、一週間のご無沙汰となりますが、
皆々様にとりまして、深い意味合いを持つお盆休暇となりますように!
そして
心に感じたままに、
更なる満足と納得の生き方を追及できる
命の重みを味わえる素晴らしい時となりますように。
ご先祖様
そして父母あって
今の自分が存在することに
想いを深くするお盆休みでありますことを祈ります。
合掌
きのしたゆりです。
関西圏を襲った今回の台風。
私は東京におりましたので、その威力や警報とは無関係なときの流れにおりました。
仕事を終え、新幹線が平常ダイヤルで動いているのを確かめた後、帰阪しましたが・・・
京都に着いたのは良かったのですが、在来線が見事に乱れ、遅れに遅れた電車に何とか乗り込み、帰宅できたのは優にシンデレラタイムを上回っておりました。
その新幹線の中で
インストラクターの面々が、台風一過の月をめでているラインが次々と入り、車窓から何とか空を仰ぎ見て、ラインの返信は出来ないまでも私も、心を共にしておりました。
家に帰り
明日のインストラクター勉強会と、マイスタジオでのお盆休み前の最終レッスンプログラムを見直し、
お風呂に入って汗を流し終えたのは午前3時になっておりました。
この時間は、ラインでのささやきによりますと、月が地球にもっとも近づく時間だそうで、大きなまん丸お月さんに対面できるとか・・・
このような大きな満月にお目にかかれるのは、20年後になるそうです。
勢い込んで私は空を仰ぎ見ました。
が・・・
流れる黒雲に視界を阻まれ、まことに残念ながら大きな満月を見ることは出来ませんでした。
疲れきっているはずなのになぜか神経は立ち、まったく眠くなりません。
それはやはり
母の初盆と、それに合わせた家の譲渡が控えていることに起因するのを、今あっさりと認めております。
元々お酒が好きで
おまけにめっぽう強くて、
こんな夜にはつい
一人でぐいぐいあおってしまうのですが(≧▽≦)
やるせない想いが次々と去来して、
この調子ではまた
朝日が登るのをしたたか酔っ払った体で迎えてしまうのは、予想だに値するのですが。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
娘婿が28歳の若さで他界したとき、
葬式仏教を身に痛く感じ、私は仏教の世界から身を離しました。
あのときに全身全霊で感じた想いを
こうして再びひしひしと身に染みる想いで味わうとは、予想だにしなかったことではありました。
今回の初盆供養は、私達3姉妹の母を恋うる心の現われであり、それはしきたりを度外視したところに現実のものとなりました。
お墓を守って行けない我が身の始末として、永代供養を選び、それに準じての今を生きております。
でもね
想うのですよ!
お金を支払って、それで慣習の煩わしさと、世間体の辻褄あわせが滞り無く済まされました。
表面的には
見事なまでにスマートに問題を残すことなく、事を運ぶことが出来ました。
でもね!
魂が叫ぶのです。
本当にそれで良かったの?って。
違うと心のどこかで想っています。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
出来ることならば
ずっと先祖代々の、そして父母が眠るお墓はこの身で守って行きたかった・・・これが本心です。
けどね
息子が言ったのですよ!
お墓を残されても迷惑なだけだと。
何も出来ないと。
その言葉を聞いた時、私は決心していたのです。
私の代で
煩わしい事の全てを払拭しなければと。
でも
ここにきて
私の間違いを感じています。
その息子を説き伏せるだけの、説得力を持った生き方を示せていなかった私の愚かさ。
そう・・・
葬式仏教と想わざるを得なかった娘婿のお葬式。
そして・・・
母のお葬式と先祖代々の永代供養。
そこに関わりあった仏教の導き手が、余りにもお粗末だった事を想わされています。
人は心の安寧を求めています。
時代がどのように流れていようと、血肉を分け合った家族への想いは特別で、
またその家族構成の中で養われたきた自らの価値基準によって、今の自分があることは紛れも無い事実であることを、誰もが心の奥底では判っているのだと思います。
こんなときにこそ、
しっかりとした心の安寧と安らぎと満足、
それに伴う揺ぎ無い伝承文化の継続を、叩き込む担い手が必要なのではないのかと。
したたか酔っ払っておりますので、
このような想いをアップするのはいささか躊躇がありました。
でも酔っ払っているからこそ
損得を、そして批判を省みず
心のままに語れるのではないかと・・・
真に勝手な想い入れではありますが、時を置かずアップすること致しました。
もしかしたら
太陽が燦燦と照り輝く次の日、
後悔と恥ずかしさが私を襲うかも知れません。
でもなぜか
あえて
今の気持ちに正直でありたいと思える私です。
書きたいことが次々に浮かんできて、
言葉がそれに追いつかないのですが、
納得には、それに比例した煩わしさと、それを乗り超えて行くだけのエネルギーが、絶対的に必要であることを想わされている次第です。
この続きは
田舎での初盆を追えて、
心境がいかに変化するのかを見届けてからの告白とさせて頂きます。
全クラスお盆休みとなり、一週間のご無沙汰となりますが、
皆々様にとりまして、深い意味合いを持つお盆休暇となりますように!
そして
心に感じたままに、
更なる満足と納得の生き方を追及できる
命の重みを味わえる素晴らしい時となりますように。
ご先祖様
そして父母あって
今の自分が存在することに
想いを深くするお盆休みでありますことを祈ります。
合掌
