うっわ~又潮岬だっ。
昨日の大型台風情報を見て思わずつぶやいておりました。
田舎で暮らしている母とは、二日前に電話で話したところでしたが、私の故郷は台風銀座とでもいいますか、ほとんどの台風に影響されます。
私も田舎にいる間(18歳までは)
台風襲来は日常的な出来事でした。
夜にもなりますと、つい今しがたまで物凄い暴風雨が、一変穏やかな夜になり、月や星ぼしが輝いて・・・などと不思議な台風の目も幾度かは体験しました。
その状態が今度は、その目を通り過ぎますとにわかに風向きが変わり、この吹き返しが又物凄くきついのです。
母は何故か風が怖い人で、
雨戸がガタピシ音を立てる度、ヒューっと唸りをあげて強風が戸外を暴れ回る度、
家が飛ばされるのではないかと、内心非常に怖がっていた事を知っています。
私も実は、その母の影響なのか、何故か風が怖い人になりました。
昨日も午後からヘアーサロンの予約を入れていたのですが、時間が迫る中、台風の勢いも段々と激しさを増し、唸りをあげる風の音に怖気ずいて、
すみません。この状況下では伺えませんと、
お電話でキャンセルをさせて頂きました。
少し風が収まってから、母は大丈夫だろうかと電話をしましたが、
そんなに大層な事は無かったよ!
明るい母の声を耳にして、安堵いたしました。
自分が怖いので、その気持ちが痛いほど良くわかりますから、
お母さんが怖がっているのじゃないかと、気になって電話をかけたんだけど、
そう怖い思いをせずに済んだようで、本当に良かったね!
そのように言いますと、
もう一回り明るい声で、
何にも怖くなかったよ。
あそう・・・それで電話をくれたん。。。
心配かけたね。
それはどうも有難うね!
二日前の電話では、
何を話したいのか分からないほど、言葉も浮かばず、
トンチンカンかつ支離滅裂な話しぶりだった母が、今日は一転余りにも明瞭なので、嬉しさが倍加しました。
一昨日の電話では、食べるものも分からない。何をしていても分からなくなる・・・と、
自分でも頭が壊れていくと訴えていて、
お母さんあのね、
それは認知症が進んできた事なので、ある意味仕方がないのだけれど・・・
年齢的にも、お母さんだけではなくて、みんな段々と物忘れがひどくなるのよ・・・。
でもお母さん、そこで暮らせる事がお母さんにとって、一番幸せな事だといつも言ってるでしょ?
それなら頑張って、何度でも同じことを繰り返せばいいじゃない。
一日たっぷり時間はあるのだから、やれるまで思い出すまで訓練だと思って、諦めずに頑張ってね。
暫く同じ会話を繰り返した後、
それでもお母さんが、何も分からなくなってきていると感じるなら、田舎は遠いので大阪に来て、それから色々方法を考えないと行けないかもねぇ・・・
その時期に来ているのかも知れないし・・・。
私のつぶやきが分かったのかどうか、それは定かではありませんが、
せっかくここまで生きてきたんやから、もうちょっと長生きしたいからね。
それまで会話にならない会話を繰り返しましたが、
でもこの一言だけがしっかりと、伝える事の出来た思いでした。
人間いくつになっても、生きていられるというのはすごい喜びなんだ。
90歳まで生きられたから、もういいよねとは思わないんだ(;゚Д゚)!
命って、それ程魅力的なものなんだ。
歯が無くなって、ミキサー食しか食べられなくなり、脚腰が弱って一人歩きが出来なくなり、認知症にかかって段々とわからなくなり、
若いときには嘆いた事の全てが、
今では大した苦痛でなく、
生きていられることそのものが幸せなんだ。
毎日健やかであるようにと祈り、
時々電話で語り、
たまに顔を見に帰る。
今の私にできる事と言えば、それくらいしかありませんが、
ずっと今の自分に出来ることをと、
その時に考えられる事のほとんどを、若い頃から実行して来て、
思い残す事の無いことが、
遠く田舎に独居する母だけれど、
今が一番幸せなんでしょう?と納得で、見守っていられる理由なのかもしれません
その日台風のさなか、
息子家族が尋ねて来て、
少しばかり早いけどと、夫婦と子供達全員で選んでくれたバースデイプレゼントとカードを受け取りましたが、
それらを手に取りながら・・・
それができる息子達家族の、心と経済双方の豊かさを噛み締め、
親から子へ、子から親へと、
愛情の受け渡しがバトンタッチされてゆく様を、我が身を持ってしみじみと味わっています。
そして今ある母の姿を自分にダブらせながら、
私もまだ何か出来る今のうちに、
親として子へ、子として親へ、
出来ることの何かをまさぐりながら、表現して生きていければいいなと、
しみじみと思っています。