これは伊藤武先生も仰ってることなのですが、チャクラって「開く」ものではありません。
でも、チャクラ観想(チャクラの場所を感じとり、そこに集中しながら行う瞑想)や
ある種のアーサナで、チャクラにダイレクトにアプローチ出来たりすると本当に
パカッ
と、あたかも「開いた」かのような感覚が訪れることも多いようで
そこから「チャクラが開く」という表現するが一般的になったのではないかと思われます。
わたし自身も、アナーハタ・チャクラに集中して瞑想していたとき
身体がユラユラ勝手に揺れはじめ、なんだか胸のあたりがホンワカと暖かくなったかと思ったら
胸の奥が本当に「パカッ」とした開いたような感覚になった経験があります。
ヨーガ仲間のAちゃんは、某有名ティーチャーのアーサナ・クラス受講中に、やはり胸の奥がパカッと「開いた」感覚になったのだそうです。
そして帰り道、悲しいわけでもないのに涙が止めどなく溢れ出て、どうにも止めることが出来ず、もう人目も憚らずオイオイ泣きじゃくってしまったのだとか。
Aちゃんも、わたしも、アーサナや瞑想でチャクラに何がしかのアプローチが施され、チャクラが活性化したのでしょう。
その感覚が単に「パカッ」であって、これたぶん珍しいことではないと思います。
チャクラ観想すれば、ある種のアーサナを練習すれば、必ず皆に訪れるとまでは言いませんが、かなりの確率で体験できるのではないかと思います。
でも、感覚的「パカッ」が訪れたからと言って、チャクラが「開く」というのは、ヨーガ的には間違いです。
木彫りのスタンプ@indiaです。
冒頭でも書きましたが、チャクラは回すものなのです。
チャクラをクルクルも回すことにより、エネルギーが微細に変化し、心身、霊的な面での能力が活性化すると考えられています。
チャクラを回してエネルギーを微細にし、活性化させる。
荒いエネルギーのままでは出来ないことが、微細なエネルギーになると可能になるのというわけです。
ここでエネルギーとかチャクラなんて言葉を使ってると、イメージがつきにくいですね。
お米も、元々の粒のまま(荒いエネルギー)だと出来ることは限られます。
普通は炊いて、ご飯で食べるくらいしか思いつきません。
でも、細かく砕いて粉状(微細なエネルギー)にすれば、お団子もできるし、饅頭もできる、麺だって出来ちゃうし、お煎餅だって焼けてしまう。
わたしたちのチャクラのエネルギーも回転させて、細かく微細に変化させることにより、それまで出来なかったことが出来るようになると言うわけです。
チャクラをクルクル回し、活性化させ、開発が成功すると、いわゆる「超能力」「シッディ」がもれなく使えるようになるそうです。
でも、古来からヨーガでは、そんな「シッディ」なんて気にするな、喜ぶな、使い手になったからと言って良い気になるなと戒めています。
だって、そもそもヨーガは心統一の技法であって超能力開発の方法ではないですから。
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ヨーガを生業としているわたしが言うのもナンですが、心統一なんてヨーガ技法使わなくても出来ます。
時代はどんどん変わり、人もどんどん進化しています。
昔から変わらない部分もありますが、霊的には加速度的に進化しています。
だから、あんまりチャクラなど回さなくてもいいかもと思ってしまうのですよ、、
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回さなくてもいいチャクラだけど、チャクラ観想や、チャクラのイメージ・ワークは、なかなか良いものです。
心身がスッキリして、顔まで一皮向けたようにツルんとする人もいます。
へー、チャクラのイメージ・ワーク面白そう、
やってみたいー!
と、興味がもてるようならば、だいたい向いてるはずなので、何かしらの変化は期待できますよ。
Padminiでもチャクラ観想や、チャクラ・ワークのワークショップやってみようかなぁ・・・





