ここ数日の気温の高い日が続いたおかげでようやく

ダリアの芽がでてきました。

引っ越しやなんやらでこの冬数か月

水もやらずに放置していたので

「だめかな?」と思っていたんですけど

すぐにあきらめる弱いわたしと違って

命は強いですね。

 

 

 

 

 

みんなそれぞれ

 

すべてとつながっていたのに

 

この3次元に生まれることを

 

お互い決めたとき

 

「自分で自分の波動を落とす」

 

ということを

 

お互い

 

「自分で選択」

 

しました。

 

それだけ

 

3次元の波動というものは

 

重いのです。

 

だから地球で生きることは

 

しんどいことが多いのです。

 

そして

 

「自分で自分の波動を落とす」

 

という行為は

 

「すべてのつながりから

 自分で自分を切り離す」

 

という行為でも

 

ありました。

 

 

 

 

 

 

 

ひとが

 

大勢の人の中にいても

 

「孤独感」

 

 

感じるのは

 

「記憶では忘れてしまったそれ」

 

 

原因で

 

わたしたちの中に

 

「孤独感」

 

 

ありますけれども

 

「孤独」

 

というのは

 

この宇宙に

 

存在していません。

 

 

 

 

 

 

 

だれもが

 

わたしを

 

受け入れてくれなくても

 

わたしがわたしを

 

受け入れてあげることは

 

あなたが

 

「意図して」 「本気で決めれば」

 

できるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

本来

 

人生とは

 

柔らかいもの

 

なんです。

 

でも

 

頑なに

 

何かを握りしめていると

 

人生が

 

固いもの

 

 

なってしまいます。

 

だから

 

軽やかに

 

歩いていけなくなります。

 

 

 

 

 

 

人生を思うように

 

生きているひとの視点は

 

「自分が自分の人生の創造主」

 

という視点です。

 

そして

 

そのひとたちは

 

自分に不都合なことが

 

起こったとき

 

「なぜ自分は自分に

 その現実を用意したんだろう?」

 

 

「自分に問う」

 

ことをしています。

 

そうすることで

 

自分に不必要な信念体系や

 

幼い自分が残した

 

未消化の感情を

 

自分の中から見つけ出し

 

それらを手放すことで

 

自分が自分の中の愛に

 

出会うための障害物を

 

ひとつづつ取り除き

 

それらを繰り返して

 

やがて自分の中の愛と出会い

 

「本来の自分の力」

 

 

「思い出し」

 

この3次元で

 

自由に現実を

 

「創造」

 

しているのです。

 

わたしはいま

 

そこを目指しています。

 

 

 

 

 

 

 

これまでの人生が

 

どんなものであったとしても

 

「それが自分が体験したかったこと」

 

 

「あるがまま受け入れてあげること」

 

 

できて初めて

 

いまここから

 

自分が歩きたい道を

 

「意図して」 

 

「決めることができるんだ」

 

ということが

 

見えてきます。

 

 

 

 

 

 

 

「自分が意識をそこに向ける」

 

ということは

 

「そこにエネルギーを与える」

 

ということです。

 

そして

 

「あなたがエネルギーを与えたこと」

 

 

あなたの人生で

 

「繰り返して」

 

いきます。

 

 

 

 

 

 

「これがない」

 

から

 

「これがある」

 

 

意識を向ける。

 

「否定」

 

から

 

「肯定」

 

 

意識を向ける。

 

そして

 

「自分を愛すること」

 

 

意識を向ける。

 

それが

 

わたしが

 

これから実践していくこと

 

です。

 

 

 

 

 

 

 

「これまでの人生はこうだった」

 

ということと

 

「これからの自分」

 

 

何の関係もない。

 

思考がそれを

 

結び付けているだけで

 

その想いは

 

「真実」

 

ではありません。