先日、ヨガ教室に通って下さっておられるソプラノ歌手の生徒様のコンサートへ行かせて頂きました。



こちらの生徒様と初めてお会いしたのは、

ご近所さんのお家の塀にかけて頂いている

ヨガ教室の看板を見て直接訊ねて来て下さった時です。

いくつもあるヨガ教室ですが…

そんな中、うちで習いたいと思って下さるお気持ちが伝わりとても嬉しかったこと覚えています。


さて、話を戻します。

生徒様のいつもの声と違う声量、

そして、耳ではなく体全体に入ってくるような感覚に驚きました。

室内全体に響き渡る力強い歌声は、

波のように一気に私の体の中へ押し寄せてきたかと思えば次の瞬間にはもぅ目から涙が溢れ出ていました。


明るい曲調なのにどういうことなのか感覚に思考が追いつかないような不思議な感覚(経験)でした。


歌詞に感動したり子供の成長に感動したりそんな背景を頭に聴くのではなく

頭は無だったのです

完全に感覚で心で全身で感じたのだと想います。

体中の細胞が目覚めるような力強いのにキラキラとエレガントな歌声だったのです。。

そんな涙に出会ったのは初めての経験でした。


そして、同じくヨガ教室に来て下さっている別の生徒様もコンサートに来て下さっていて、

また感動…。✨😢


教室を通じて出会えた歌声の感動を

教室を通じて出会えた人と共に

感じることができたこと。


私は、ヨガ教室を始めて良かった。

続けて来て良かった。と。

また想わせて頂きました。

それは、

人間の温かさ

人間の優しさ 

人間の素晴らしさ

を教えて頂いているからです。


他の生徒様も含め、私はヨガ教室を始めてから人の怖さが少し減りました。

例えるならば、

幾つも幾つも裏切られ怯えて人を信じれず噛みつこうと身を守る動物の気持ちが私には痛いほどわかります。


利己主義で自己中心的思考で己の為なら平気で人を傷つける言葉や行動で人の心を刺し粉々にしても省みることもなく人を思い遣る心もなく、己に溺れる

そのような人間が多かった苦しみは

私から人への信頼や希望や沢山を奪っていきました


身近な人であればあるだけ、

信頼していた存在であればあるだけ、

陥没した心の穴は深いものです

理解を求めては苦しむのです

それは何故苦しいか


求めるから苦しいのです


理解すら同情すら


求め始めた時点から苦しみは始まるのです

心の深さはそれぞれに異なり

あなたの苦しみを

誰が理解できるのでしょう

同じ心の深さで出会える人など幸運で

人間は、自分の経験範囲内でしか他者に共感理解を示し難い生き物であることを知り

自分を理解できるのは自分だけであり

最後は

自分を救えるのは自分だけであることに気づくのです

私は誰かを救いたくて教室を始めたけれど

自分が救われていました。

心温かなみんなに。


まだ人間への恐怖が完全にはなくなっていないかもしれませんが、人間は優しいものだと、

教えられたのは私の方なのです。

この世界には、私の知っている人間ばかりではない。

大きな世界をどこにいてもついてくる小さな世界(己の柵フィルター)を外す、

過去の経験や知識で守ろうとする鎧を外して少しずつアハンカーラ(自我)を手放す

それはとても勇気のいることです。

でも、こんな私でも毎日の日々が実践です修行です。

ヨガ教室を通して出会った人達に出会えたことは私の心のフィルターを少しずつ剥がす手助けをしてくれた正に、ヨガ そのものであると私は想います。


己の利益やプライドの為に嘘をついたり人を傷つけたり、損得で物事を判断し人の心を思い遣りもしない無碍な言葉を選ぶ人間に長年苦しんだからこそ、ヨガの精神に深く共感し、教室を始め、だからこそ出会えた人達に与えられていること。

やはり、どんな苦しみにも意味があり、意味を創るべく私達は生かされているのだと想うのです

修行(己)を途中で投げ出さずに。




歌声から、また多くを感じ学ばせて頂き

有難う御座いました。