5月5日
父の命日でした。
(あっ、写真がみろの命日風になっている💦笑 笑ったらあかんか!😂)
大人になって、
子供ができて、
思い出す暇もないほどに
賑やかな目の前の幸せを頂いている今
最近、父へ思いを馳せることが少なくなっていました
今日は朝からデッキに出て、
何もせず座って空を眺めて、
小さな頃家族みんなで見上げた
鯉のぼりが泳ぐ空、
父が亡くなった日の雲一つない空
母になり見上げた今日の空
同じ日にちなのに全く違う
空の下の私達がいたことを想いました
けれど、どの年も同じだったのは
この日は風と光が心地良い日だった
ということです
私の中の父はお墓よりも
幼き日に家族のいた
この景色の中にいる気がします
私の中の父はこの風の中光の中にいて
私を包み込んでくれている
そんな気がします
だからこの道を父を感じながら歩きました
私にとってこの場所への想いは
当時、過ごした幼き日の安心から
かけ離されればかけ離れるほどに
強固なものに
かけがえのないものに
変わっていきました。
ニュージーランドに住んでも、
東京に住んでも、
私の想う場所は、この場所だけでした。
その景色の中に身を置けている毎日
一日一日が
私にとっては長年夢観た奇跡の一日です。
しんどかった長い長い年月があったからこそ、
風に揺れる野草を眺めるだけで
その心の静けさを感じられることの幸せこそが
心のたからものだということ
忘れずにいられるのです。
夕陽に照らされたお花畑から
風が香りをつれてきて
におっていたら、一瞬お香のようなお線香のような香りがしました
確かにその一瞬だけしたのです。
父かな。と想いました。
子供の頃に沢山遊んだ神社の裏の竹藪を揺らす風の音を聴いて、竹藪の間からさす傾いた西陽を観ていると、
すぐにあの日に戻ります
父がまだいた日にいるように
もう30年も前なのに
大人になった今もまだ大人になりきれない私は
もう一度、
お父さんに会いたくて感じたくて
私はずっとこの景色の中に父の面影を探している気がします
目の前にいる大切な人は
その人と生きられることは
当たり前ではありません
どんな日も。
忘れてはいけません
今、目の前にいる大切な人を
大切に出来ることの幸せを
思い出を、同じ記憶をつくれることの幸せを










