こんにちは!

 

京都府舞鶴市で

英語に苦手意識のある大人専門の英会話教室

そして

ヨーガ教室(2018年4月OPEN)をしておりますヨガ話す

 

ながえと申しますイヒ

 

ブログをご覧いただき、ありがとうございます感感謝しあわせ

 

昨日で東日本大震災から7年が経ちました。

 

皆さんは当時、どこで、何をされていましたでしょうか。

 

私は震災当時、中東のクウェートという国にいました。

日本人補習校で担任をしていて、災害発生時は授業中でした。

 

地震が起こったことを知ったのは、本震発生から2〜3時間後。

授業後に生徒や保護者の方々、先生達とまったりおしゃべりしている時でした。

 

ご主人が大使館の職員をされているご夫人の一人が、

ご主人から電話だと席を立ち、しばらくして戻ってくると、

私たちへ向けて言いました。

 

「さっき、日本で地震があったみたいよ。

結構大きいみたい。。。」

 

正直、日本で地震はよくあることですから、

あまり深刻に考えていませんでした。

 

そして、いつものように生徒たちを見送って、

住んでいた大学寮へ帰りました。

 

そこで、寮に着くなりソマリア人の友人が

私に向かってすごい勢いで走ってきます。

 

「日本が大変よ!日本は戦争にでも負けちゃったの!?」

 

ここに来てもまだ、私は被害の大きさを知らなかった。

 

まだ、「まさかね」と思っていました。

 

彼女に手を引かれて、テレビのある食堂に行き、その光景を見るまでは。

 

町が、津波に飲み込まれてしまっている。

火も上がっている。

これは、本当に、本当に、日本?

 

それから数ヶ月にわたり、新聞の一面はずっと「TSUNAMI」。

 

大学から寮に帰っても、テレビでは津波の映像が繰り返し流れていました。

日本人留学生の中には、宮城県に住んでいる親戚達の家が流され、

連絡が一向に取れないと言う者もいました。

 

私たち日本人学生が沈んだ顔で登校する中、

他国の友人たちの思いに救われました。

 

台湾人の李さんは、

「本当に、残念なことが起きてしまった。

私たちはこんな離れた国にいるから何もできないけど、

いつも、早く状況が良くなるように祈ってる。

あとね、昨日、うちのお母さんに日本へ寄付金を贈るよう頼んだからね!」

 

また、イスラム教徒の子が、お祈りをしている際、

たまたま通りがかった時に彼らの顔を見ると、

頬には涙が伝っていました。

 

「悲しくて、涙が止まらない。

こんなに一生懸命祈っているのに、また死者数が増えたわ。」

 

彼らは、泣いてくれていました。

別に家族が住んでいるわけでもない、国のために。

 

7年経った今でも、毎日午後3時頃に祈り続け、涙を流すという人がいます。

遠く離れた国で。

 

私は、その人に聞きました。

 

「どうして、7年経った今も、外国のために祈り続け、涙を流すの?」

 

すると笑顔で、答えが返ってきました。

 

「逆に、どうして止めることができるの?」

 

遠い外国で起きたことなのに、まるで家族や母国が被害にあったかのように

祈り続けている人がいます。

 

一方、当事者である日本では、被災地外の関心の低下が問題になっています。

日本人は忘れやすいのでしょうか。

あれだけの被害が出たのに。。。

 

私はこの友人たちから、人として大切なものを教わりました。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました感感謝しあわせ

 

ながえ