映画をみた。題名はコーリング。
自分の大切なひとが亡くなったら、わきあがる感情を自分はきっと封じ込めることは
できるだろう。ただし、こころのわだかまりは残り、日々の生活に支障をきたすだろう。
短気になったり、閉鎖てきになったり、無口になったり、夢をうしなったり。
そうならないために、日々を大切なひとと一期一会で過ごす大切さをリアルに実感した。

思いついたこと書き出してみる。
1.シンボルの絵が出てきた。

2.臨死体験がでてきた。その体験談は
1]一回死んで心臓がしばらく止まった。そのとき、天井で自分の死体をみたいた。
まわりのひとも上からみえる。ネクタイの色や髪の特徴もいいあてる。
2]死ぬと光のトンネルをぬける。そこに女神がいた。虹の中にいた。女神が自分が
深いやみにおちそうになったとき、引き出してくれた。
3]シンボルが何かを探求するのが一苦労。さまざまな偶然で理由がわかる。
映画では、超常現象がおきてあわてて外にでる。その後、部屋に戻ると
地図がおちていて、そこに上記のシンボルが書いてあった。4]なんかもの足りなかった。映画って、左脳で考えていてもよくできなくて
右脳でイメージをいっぱい膨れましてから映画にすると非常に深いものができると
おもった。
5]あたまがいかれた人を他人としてみるのは簡単。「落ち着け」と口でいうのも
簡単。実際にその人の立場になると、理屈じゃないとおもった。同じ体験とその人の立場にたつスタンスが強力な武器になるとおもった。
6]「強く自分の願望を思うと現実化する。」という言葉また出てきた。
いまの自分も昔自分が強く願った願望の結果だとおもった。
7]免許のないパイロットが飛行機を運転していた。貧しい国や混乱の時代に現在が突入
したら、自分も免許がなくて飛行機を運転しなくてはいけない状況におちいるとおもった。
免許の本質として、「免許がなくても飛行機は運転できる。ただ、他の飛行機とのトラブルや
非常時の際の対応など、免許をとるための教育の中でしっかり技術としてみにつけた証」だと
おもった。
8]子供のガン病棟。臨死体験の体験者のいっぱいいる場所らしい。そこの職員はいつも
臨死体験の話をされて心が動揺してしまうので、体験を聞くことが禁止らしい。
もったいないことだとおもった。
9]臨死体験をチベット死者の書とあわせると、そこは「死のバルド」のみ領域だとおもった。
その後に続く「心の本性のバルド」や「再生のバルド」には素人の体験する臨死体験では
体験できないと実感した。