6月も後半編にやっとはいりました。
このあたりから怒涛の充実が始まります!
奈良での初のNPO総会です。
うちのお遍路NPOの存在意義がこれを書いている2026年見えなくなり始めています。
自分をただ忙しくしているだけのような気がしているからです。法人であることはすごく大事で自分がフリーランスであるときよりは安心なことはわかります。創業融資の返済もあと25回で終わりが見えています。(ほんとしんどくて長かった…)
それがあってできたこともたくさんあるけれど、もう肩の荷物おろしても、私は歩いて行けるんじゃないかな。名刺が莫大に残るけれど、いいのでは。。。
高齢化の中で、今回初めて郵便やメール業務を託せる方が決まりましたが、それ以外は私が運営しています。地味にこれが大変で。
会費も値上げになり、皆さんにとってもこれを継続でいいものか。
できることが小さい団体だから、悩みます。
ちゃんと食事会もできる時間を総会に作れたことがうれしいです。
次は会員さんにもこういう機会にきて意見交換してもらいたいんです。
ほんとはね。幽霊部員が多いのは私がしんどいです。
頂きものの、ご当地お菓子がすごくおいしくて幸せな気持ちになりました。
活動報告をHPに掲載いただきました。
お忙しい中対応くださいましたことに感謝です。
そうそう、念願の火の鳥に乗れました。
関西には乗ってみたい電車がいくつかあったんですよ。
ここまでを終わらせるのが6月までの大きな試練でした。
それが終わってホッとして、
叶えたことがひとつ。
和歌山にパンダを見に行ったこと!!
動物を見に行くのが大好きなんです、私。
ひとりでぶらりぶらり。
念願のパンダの旅でした!!
確かこの時期くらいまで東京都の往復もあり経済的にも余裕がなかったんですよねえ。
めちゃめちゃはしゃいで楽しんできましたw
パンダファンのお姉さんたちでおひとりさまも少なくないので、私もその中で楽しめたんです。
さらに、6月はようやっと父の様子を見に帰れたんです。
運よくミャクミャクジェットで!
伊丹のご翔印も手に入れました。
なにげに地味にこのコレクションを続けているんですよ。
妹の墓参り、母の墓参り。
6月はいつもそういう時期なんです。
1回目の手術のあとの父。
その後、2025年秋には2回目の手術。
父が小さくなった気がして。
時折カエル、これが我が家は丁度いい。
長くいてあげたいけれど、それはそれでいつもうまくいかないんです。
海の幸を食べて帰る。
遠くで頑張る、それでいいんです。
青森の涼しさから関西の暑さへの現実w
でも、ワクワクが勝る。
暮らしていたハウスでの食事会がたのしかった。
みんなで和気あいあいがいい思いでです^^
また会いたいです、皆さんに。
元気でいてね。
万博終わって残る人、移動した人、いろいろ。
元から住んでいた人も。
青森の言葉で「けやぐ」トモダチ・
ずっと続く縁であるといいよね。
会話が少ない東京にいるとものすごくここでの時間が恋しいときがあります。
パビリオンでもそうでしたが、1話すと10帰してくる人に囲まれていたからw
あのせわしなさを恋しいと思い返す自分の変化。
このあたりから夏に突入していくんです。
まだ、親しい人もできていないころ。
怒涛の夏休みに入っていくわけです。
ようやく自分の時間も作れるようになった。
仕事が朝早いときは、帰宅してシャワー浴びてレイトショーを見に行くぐらいはできちゃう。そんな環境でした。
充実していたなあ。
家にいるとどうしてフットワークが重くなるんだろうか。
もう一つ、夏。
はじめての那須エリアへの引率。
はじめての日光案内、小学生。
事前にいただいていたお話でしたので関西の合間に行きました。
この先こうした仕事をまたする日が来るかはわからないです。
だからこそ、やっておいてよかった。
奥日光がものすごく涼しくて忘れられない。
そして、関西へ戻る。
休日を別な仕事に充てると、結果連勤になるので疲れが増す。
ほんとに短期間でしたが、ハウスの仲間が同じ場所でお仕事で、お茶したり、終わってからかき氷食べに行ったり、思い出がある。
ご事情でしばらく会えなくて、またようやく会えて、
年明けいちばんうれしいお知らせだった。
念願の海遊館にも行きました。
土佐清水の研究所のジンベイザメ君たちはここと往復しているんだと。
魚に話しかけて仕事のあとにリフレッシュしていたのはいうまでもない。
部屋に貼っていた行きたい場所リストを着々と埋めていたのです。
いつか、と思うといかないから、いまでしょ!って行動力は大事。
しみじみ思う。
スペインいったときも、大学行ったときも。
その経済的なことを後々調整が大変が今なんでアレですが、やっておかないモヤモヤは
どうしようもないフラストレーションだから。
小さいことでも自分で叶えていくことは大事です。
例えば、フランス館は見れなかったけれど、パンは食べれた、とかね。^^
懐かしい人にも会えました!
ゆび殿、こと、音立日子氏。
現在はすでにその名前すら天に返されたようです。
今はきっと別な暮らしをしているのかな。
音楽は難しい世界です。
私も音楽だけってわけにはいかない日々です。
懐かしくてはなしたいことがもっともっとってあふれそうでした。
またいつ帰るといいな、元気いましょう、お互いに。
その時のお寺の散華が美しくて。
手にして1~2枚を大事にしています。
ありがとうございました。
土佐清水からは、応援マンゴー。
暑い外の現場のあとに冷やして食べるぜいたく。
かなり元気につながりました。
この時期あたりから、ブログなぞ書いている気力もなくなっていたように思います。
ごくたまに、更新を休日にする程度。
こんなに人は汗かいて痩せるんだ~を実感しつつも、体調不良には1度もならずに夏は乗り切りました。秋に疲れがどっと出ましたが、、、
青森から大量に届いた野菜たちも暮らす仲間とパビリオンの皆さんとおいしく食べました。
あの人数がいた生活がホントに恋しいなあ!!
私は集団生活の方が元気タイプなんだろうな。
お盆の焼肉もたのしかったっけ。
東京でこういう時間ほとんどないもんね。
ようやっと仕事に慣れてきた夏でした。
休日にへんろ笠で、遍路仲間と万博を歩くくらいの気持ちのゆとりはできてきたころです。
冷たいものがないと生きていけない日々でw
水筒が必需品の日々でした。
暑いけれど楽しみが増していきました。
気持ちのゆとりと経済的なゆとり、家族も少し離れていることに慣れて、あまり無理してかえってこなくてもあとでまとめて、、、といってくれたのがあったから。
(その後、弾丸往復しなくてはどうしようもないことが起きるのですが。。。)
早朝の涼しさが救いでした。
朝一番の毎朝この景色を見るのがすごく好きでした。
唯一の誰もいない瞬間。
これが好き。
夏の充実はまだ続きます。
ようやっとハッピーな波がきた夏でした。
続く



























































































