へんろ歌手の日々の歩みと音楽

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2024年弁天座での特別公演は終了しました
ありがとうございました!
#藤田賀子高知県弁天座満願成就公演





~写真~

写真撮影 Yumi Tanahashi

6月も後半編にやっとはいりました。

このあたりから怒涛の充実が始まります!

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奈良での初のNPO総会です。

 

うちのお遍路NPOの存在意義がこれを書いている2026年見えなくなり始めています。

 

自分をただ忙しくしているだけのような気がしているからです。法人であることはすごく大事で自分がフリーランスであるときよりは安心なことはわかります。創業融資の返済もあと25回で終わりが見えています。(ほんとしんどくて長かった…)

 

それがあってできたこともたくさんあるけれど、もう肩の荷物おろしても、私は歩いて行けるんじゃないかな。名刺が莫大に残るけれど、いいのでは。。。

 

高齢化の中で、今回初めて郵便やメール業務を託せる方が決まりましたが、それ以外は私が運営しています。地味にこれが大変で。

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会費も値上げになり、皆さんにとってもこれを継続でいいものか。

 

できることが小さい団体だから、悩みます。

 

ちゃんと食事会もできる時間を総会に作れたことがうれしいです。

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次は会員さんにもこういう機会にきて意見交換してもらいたいんです。

ほんとはね。幽霊部員が多いのは私がしんどいです。

 

頂きものの、ご当地お菓子がすごくおいしくて幸せな気持ちになりました。

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活動報告をHPに掲載いただきました。

お忙しい中対応くださいましたことに感謝です。

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そうそう、念願の火の鳥に乗れました。

関西には乗ってみたい電車がいくつかあったんですよ。

 

ここまでを終わらせるのが6月までの大きな試練でした。

 

それが終わってホッとして、

叶えたことがひとつ。

 

和歌山にパンダを見に行ったこと!!

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動物を見に行くのが大好きなんです、私。

 

ひとりでぶらりぶらり。

 

念願のパンダの旅でした!!

確かこの時期くらいまで東京都の往復もあり経済的にも余裕がなかったんですよねえ。

 

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めちゃめちゃはしゃいで楽しんできましたw

 

パンダファンのお姉さんたちでおひとりさまも少なくないので、私もその中で楽しめたんです。

 

さらに、6月はようやっと父の様子を見に帰れたんです。

 

運よくミャクミャクジェットで!

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伊丹のご翔印も手に入れました。

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なにげに地味にこのコレクションを続けているんですよ。

 

妹の墓参り、母の墓参り。

6月はいつもそういう時期なんです。

 

1回目の手術のあとの父。

 

その後、2025年秋には2回目の手術。

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父が小さくなった気がして。

 

時折カエル、これが我が家は丁度いい。

長くいてあげたいけれど、それはそれでいつもうまくいかないんです。

 

海の幸を食べて帰る。

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遠くで頑張る、それでいいんです。

 

青森の涼しさから関西の暑さへの現実w

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でも、ワクワクが勝る。

 

暮らしていたハウスでの食事会がたのしかった。

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みんなで和気あいあいがいい思いでです^^

 

また会いたいです、皆さんに。

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元気でいてね。

 

万博終わって残る人、移動した人、いろいろ。

 

元から住んでいた人も。

 

青森の言葉で「けやぐ」トモダチ・

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ずっと続く縁であるといいよね。

会話が少ない東京にいるとものすごくここでの時間が恋しいときがあります。

 

パビリオンでもそうでしたが、1話すと10帰してくる人に囲まれていたからw

 

あのせわしなさを恋しいと思い返す自分の変化。

 

このあたりから夏に突入していくんです。

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まだ、親しい人もできていないころ。

 

怒涛の夏休みに入っていくわけです。

 

ようやく自分の時間も作れるようになった。

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仕事が朝早いときは、帰宅してシャワー浴びてレイトショーを見に行くぐらいはできちゃう。そんな環境でした。

 

充実していたなあ。

家にいるとどうしてフットワークが重くなるんだろうか。

 

もう一つ、夏。

はじめての那須エリアへの引率。

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はじめての日光案内、小学生。

事前にいただいていたお話でしたので関西の合間に行きました。

 

この先こうした仕事をまたする日が来るかはわからないです。

だからこそ、やっておいてよかった。

 

奥日光がものすごく涼しくて忘れられない。

 

そして、関西へ戻る。

休日を別な仕事に充てると、結果連勤になるので疲れが増す。

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ほんとに短期間でしたが、ハウスの仲間が同じ場所でお仕事で、お茶したり、終わってからかき氷食べに行ったり、思い出がある。

 

ご事情でしばらく会えなくて、またようやく会えて、

年明けいちばんうれしいお知らせだった。

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念願の海遊館にも行きました。

土佐清水の研究所のジンベイザメ君たちはここと往復しているんだと。

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魚に話しかけて仕事のあとにリフレッシュしていたのはいうまでもない。

 

部屋に貼っていた行きたい場所リストを着々と埋めていたのです。

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いつか、と思うといかないから、いまでしょ!って行動力は大事。

 

しみじみ思う。

スペインいったときも、大学行ったときも。

 

その経済的なことを後々調整が大変が今なんでアレですが、やっておかないモヤモヤは

どうしようもないフラストレーションだから。

 

小さいことでも自分で叶えていくことは大事です。

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例えば、フランス館は見れなかったけれど、パンは食べれた、とかね。^^

 

懐かしい人にも会えました!

ゆび殿、こと、音立日子氏。

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現在はすでにその名前すら天に返されたようです。

 

今はきっと別な暮らしをしているのかな。

 

音楽は難しい世界です。

私も音楽だけってわけにはいかない日々です。

 

懐かしくてはなしたいことがもっともっとってあふれそうでした。

 

またいつ帰るといいな、元気いましょう、お互いに。

 

その時のお寺の散華が美しくて。

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手にして1~2枚を大事にしています。

ありがとうございました。

 

土佐清水からは、応援マンゴー。

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暑い外の現場のあとに冷やして食べるぜいたく。

 

かなり元気につながりました。

 

この時期あたりから、ブログなぞ書いている気力もなくなっていたように思います。

 

ごくたまに、更新を休日にする程度。

 

こんなに人は汗かいて痩せるんだ~を実感しつつも、体調不良には1度もならずに夏は乗り切りました。秋に疲れがどっと出ましたが、、、

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青森から大量に届いた野菜たちも暮らす仲間とパビリオンの皆さんとおいしく食べました。

 

あの人数がいた生活がホントに恋しいなあ!!

 

私は集団生活の方が元気タイプなんだろうな。

 

お盆の焼肉もたのしかったっけ。

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東京でこういう時間ほとんどないもんね。

 

ようやっと仕事に慣れてきた夏でした。

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休日にへんろ笠で、遍路仲間と万博を歩くくらいの気持ちのゆとりはできてきたころです。

 

冷たいものがないと生きていけない日々でw

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水筒が必需品の日々でした。

 

暑いけれど楽しみが増していきました。

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気持ちのゆとりと経済的なゆとり、家族も少し離れていることに慣れて、あまり無理してかえってこなくてもあとでまとめて、、、といってくれたのがあったから。

 

(その後、弾丸往復しなくてはどうしようもないことが起きるのですが。。。)

 

早朝の涼しさが救いでした。

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朝一番の毎朝この景色を見るのがすごく好きでした。

 

唯一の誰もいない瞬間。

これが好き。

 

夏の充実はまだ続きます。

ようやっとハッピーな波がきた夏でした。

 

続く

2025年はこんな年だったかな~という綴りがもう年明けに。

 

カウントダウン仕事でしたから私の休日は2日からです。

 

2025年を1文字にするなら「脈(みゃく)」でした。

脈々と人脈やご縁にめぐまれたから。

 

2026年は占いだとメンテナンスの年だとか人生大きな決断とか、始まりと再構築だと言われていて、内側を癒すと整う、なんてアドバイスがありましたっけ。

そして、親しい人には話しているんですが、まんま、自分の考えていた「自立・挑戦」が2026年はテーマらしいのです。

 

何で自立したいのかっていうと、頼ってすがって信じてそばにいて、ポイってされたら怖いからです。びびりで全力で身をゆだねられないから、いつでもぴゃ~!と逃げられる時にも何とかなるように日々ある程度自立していないとな、と思ったからなんです。

 

今それが経済的にも環境的にもあれこれしがらみがあって全然動けないわけ。

 

だから自分の足かせを外したい。

 

最速で自分の生きていく道標を作るのが2026年じゃないかなと。

多分、身体のメンテナンスと挑戦は今年が年齢的にも人生の最後だとおもうの。

 

 

さて、2025年の出来事に話を戻していきます。

 

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6月に大きな決断がありました。

万博での仕事は続ける。

けれどパビリオンは別のところに移る。

かわいらしい瞳に出会う時間はたのしかった。

少ないながらしゃべりができる時間もありましたが、私の積みたい経験と生活の部分を考えたら移動が最適でした。

 

人との接し方、考え方など、ものすごく考えて考えて踏み出してよかったです。

 

状況がすごく好転して、食堂やロッカーなど、すごく環境のいい場所に移り、歩いて30分以上かかるエリアでもなくなりました。

 

本当にこういうのは、運とタイミングだなとしみじみ思いました。

 

その後、一生縁が続いてほしい人にも私は出会ったのでした。

 

ルームメイトにも相談したり食事に出かけたり、この点もすごくよかった。住宅手当が出てワンルームマンションにいたとしたらこの出会いはないわけで、経済的に大変でも自力で住居を探して仕事にたどり着いた今回は、これが財産になったからよい出会いに恵まれたんだと心から思います。

そんなわけで6月からがらりと環境を変えてバカ真面目になれるまでは万博をぶらぶらは意識して我慢したんです。それゆえに、見れなかったところがたくさんたくさんあって、校本にものすごく後悔するんですよねw

 

それでも少しですが、万博の中を楽しめました。

たいてい一人でぶらっとですから、ほんのすこし、です
それでもたくさんの写真がアルバムに残っています。
 
充実はしたとおもいます。
とにかく物が食が高かったよねえw
 
いろんな国の人に出会うってすごくいいこと。
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たのしかったもんね。
語学力もっともっとつけたいよね。
 
カミーノ仲間に英語プレゼンをきいてもらったり前半三か月はものすごく勉強していたのに、後半は日本語生活ですっかりぬけたよねw
 
それはそれでよかったのか?
 
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昼の景色、夜の景色、たのしかった。
毎日がお祭りみたいでした。
 
最初の序ノ口の行列のうちにもっとみればよかったねえ。
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あ、デーツのシェイクがおいしかったんだよね。
 
単身生活で増えたものは、ぬいぐるみ!!
何もない部屋に小さいぬいぐるみだけものすごく増えました。
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寝袋とぬいぐるみしかない部屋はシュールでしたw
 
そんな5月から6月にかけては、お遍路のリュックに実装にも関わりました。
簡単に言うと自ら使いながら宣伝とPRと使い心地のチェック。
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株式会社特任の社長さんにお世話になりました。
 
歩き遍路向きというよりは、寺社仏閣など聖地めぐりのかた向けのサイズ感です。
 
実際に遍路にも持って行ってみましたが、
歩き遍路はガチリュックの方が正直いいかな。
 
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電車でぷらっと、高野山なんてときにいいサイズでした。
 
5月下旬は、別格の完了にむけたお出かけも。
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ご一緒してくれた先達さんもありがとうございました。
 
大洲のウナギ最高!!
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やっぱり私は現地でおいしいものを食べるのが好きです。
 
式典以来で、ご挨拶にも行けた十夜ヶ橋。
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関西からでひょいと行ける時間がありがたかったなあ。
 
2026年はどこをどれだけ遍路するだろうか。
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私、心のどこかで、へんろをある程度続けたら今の形を卒業するような気がしている。
 
今までそういう気持ちなかったんだけど、区切りがついてきた。
これは自分でも驚いた。
 
まだ歩きたい霊場や巡礼道があるからそれは続けると思う。
 
あ、蛇口ミカンジュースを楽しめました。
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そんなことを休日にしながら、関西でバシバシ働いた。
 
東京にいたらそこまで働かないんです、私。
そういう意味では、飛び込む、身体に耐性をつけるって大事。
 
どんどん関西は暑くなってきて、頑張れるかな、
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あ、モンハン見れなかった(涙)
 
神戸空港と伊丹空港両方、活用できた半年でした。
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便利な場所でその点はすごくよかった。
 
ふらっと6月はパビリオン切り替え前に懐かしい場所に行けました。
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日本橋で、泣けるほど熱い友情をきいたんです。
 
みんな元気でいてほしい。
またフラッといこう。
 
関西のみんなが遊びに来たら、連れて行きたい場所がたくさんたくさん私にはあるんだよ。
 
ところで6月は過酷極まりなかった。
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東日本先達会にも顔出したかったし、うちのNPOの総会もあるし、パビリオンも移動して覚えなきゃいけないこと山ほどあって。
 
久しぶりに知っているお顔に会えるのはありがたかったかな。
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普段は接点のない方々にご挨拶できたのも何かの縁でしょう。
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つながるご縁で出来ることなにかあるかしら?
 
こうして、弾丸で深夜バス、飛行機、新幹線、とまあ、移動費がものすごかった。
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前半はホント、生きてるだけでミラクルな日々でした。
 
こうして、たまごのおうちに私は導かれていきます。
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のびのび立っていたミャクミャクから三つ指ミャクミャクの近所に。
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通勤時間が格段に変わりましたw
 
出会いと別れ。
働く場所はバラバラになりましたが、なんと!最終日に外でふらっとまた会えたりして。
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きっとまたいつの日か会えるのかな。
 
お世話になりました。
 
一緒に日本館を見れたのは、ホントに良い思い出でした。^^
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移動前の最後の日が西でいちばんたのしかった日。
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移動先にも見学にきてくださりありがとう。
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みんながそれぞれ現在も幸せでありますように。
 
思えば、5月~6月には、さらにいそがしいことに、高校の同窓会もあったんです。
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ほとんど今回は役に立つような動きはできませんでしたが、参加するということはできました。
 
同窓会の方でパビリオンを見に来てくれた方もいたのでうれしかったです。
 
また、リニューアル中でお休みのクロークつながり仲間にアテンド仕事を頼めたり、そんな充実もご縁としてあった前半~中間でした。
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節目節目に私はどこかで、ご褒美にパフェを食べているな。
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たいてい仕事の愚痴や、口の悪い話もしていることが多いんだけどw
 
そういう時間も息抜きで大事でした。
 
せわしないくらいたくさんあるでしょ、2025年の出来事。
また続きます、
 
楽しんで私の日々を覗き見てください。
 

2025年の恒例の振り返りです。

今年も多くの皆様にお世話になりながら歩みを進めてこれました。

 

今年ほど、愉快軽快、やりたいところ、行きたいところ、これまでしてみたいけれどできなかったこと、そういったことが一挙にできた解放感はありませんでした。

 

出稼ぎしたのに、プラマイゼロなのはそのせいですねwwww

 

はい、今年の1月は人生初の金沢&福井&飛騨をバスで巡る。

行きたいところにいつかと思っているといつまでも偶然頼みですから自分でバスツアーで一人旅。これが案外とそういう女性が多くて楽しかった。

 

インスタグラマーみたいな人の映え探しもいましたが、写真撮りながらぶらーっとしてる自分もきっと似たようなものでしょうか。

ずっと行きたかった金沢~!!

 

庭園と茶室も堪能。

すごい時間がタイトでも楽しめるんですよね。

添乗員さんの様子も個人的には勉強になりました。

 

すごい!!白川郷、感動!!

とにかく当時はアジア系の観光客が多くて食事が全くとれませんでした。

オーバーツーリズムを肌で感じた旅でしたw

 

そして、レセプションでの英語地獄。

ほんと自分のダメ具合とこれまで努力を続けてきた人の差を目の当たりにして、いきあたりばったりではいけないと痛感したのも2025年の前半

この写真の数分後に私は、ワインの飲みすぎで記憶がありません。

もうね、反省しても反省しても、洋酒は私との相性が抜群によろしくありません。

 

TOEICの成績を上げる誓いを2年越しで達成できていないダメ具合です。

これは私の3年手帳に書いてある必ず何とかしなくちゃいけない課題です。

 

新衣装で偶然撮影ができました。

銀座の能楽堂で♥すごく運がいいです。

このときの写真を使っています。

 

銀座でのパフェ。なんだかんだいやなことや人が嫌いになることも多かったですが、銀座での楽しい思い出もおいしい思い出もないわけではない。

資生堂パーラーで念願のパフェです、ぐふ。

 

で、3月から夢洲へ

私は家賃補助などを受ける身ではない雇用を選んでいたので、かなりハードルは高かったんですが、出足のスタートがぎりぎりで探した中で、万博で仕事をするという目標にありついたのはすごいことだと思っています。

 

そのため、最初のころは、休務日があって東京との往復もあり、ドマイナススタートで、この先どうなるかなと不安もすごかったです。実は。

 

勤務日数や環境を変える意味で後半から別なパビリオンにうつりまして、西と東の両方を経験したのはレアだと思います。

 

その分、有休や様々なものを失いましたが、それでもレアな魅力の方が大きかったです。

 

かの有名な毛利バーにいけたのも、銀座と大阪生活のはざまでの時期。

モヒートをのみに誰かお連れしてまた行きたいです。

 

そして、花粉症にやられそうなころに、かつての万博を知りに。

ひとりでかけてみました。

 

ここは改めて見学してみてよかったです。

自分がかかわる現在の万博へのワクワクが増しましたから。

 

そして足を延ばして、東京でいけなかった蜷川実花さんの展示も京都へ。

関西にいると自分のフットワークが東京にいる時より軽い気がします。

 

行きたいと思ったところに出かける、それだけのことがこんなに楽しいとは!!

 

そして、ついにミャクさんと対面。

どうなることかと気がかりなことや手探りなことがたくさんありました。

 

それでも期待の方が大きいから歩めた気がします。

そんな前半編でした。

 

ときには、東京のアテンダント仲間に会いに行けたり近況報告もして。

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少し、歌のことから離れて。

 

好きなものを楽しんで。

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どこにでもひとりぶらりと出かけながら。

 

リフレッシュしたり、感動して。

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日々は過ぎていきました。

 

いざ始まってからは、正直楽しくないことも理不尽なこともたくさんありました。

 

素晴らしい時間もありました。

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あらためて自分はしゃべるのが好きだなと実感もしましたし。

 

休日に西国のお寺にも行き放題だったのに、行けたのは、中山寺くらいでした。

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後半に忙しさや、ここに行かねば!が増えたのも大きいです。

 

それでも、

 

そんな春、四月をこえて、五月。

 

ありがたいことに今年もストーンフェアに呼んでいただくことができました。

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年々、日差しや暑さを感じる5月。

 

ついにきものからドレスにしたのはそれも理由です。

 

テーマソングの歌と踊りは従来の衣装ですが、

今回はアイドルの皆さんと一緒に楽しいステージで感激でした。

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色んな人が踊ってくれるのはうれしいですね。

 

これからの自分への課題もステージはたくさんあります。

 

ただひたすらに歌を良く歌う、それだけじゃなくて、集客力や動員力のこと

 

お客様の年齢層が上がる中で、また大きな公演をやるためには

 

自分自身が身の丈に、それが合うような存在をめざしていかないと。

 

GWのステージのあとに考えていたのは、そんなことです。

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支えてくれる人、応援してくれる人の心に届く歌を。

 

箸蔵寺さんでのお守りは支えになっています。

 

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今年は、すごい場所にサインを書かせていただいたり、色紙を飾っていただいたり

 

皆様のお支えを肌で実感する2025年でもありました。

 

万博に集中でGWからステージは、していませんでした。

 

2026年に改めて、そうした時間を考えさせてください。

 

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2025年から赤い杖で参拝行脚しています。

 

先達さんとして、その1歩も大切に。

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どうかこれからも見守りくださいませ。

 

2025中間編に続きます。

※これから仕事のため、年マタギでつらつら書きます。

 

御笑覧ください。

 

とにかくせわしない、そして、歌手としてでもなくアナウンサーとしてでもない自分、

 

あんまり私を知らない人と過ごす時間はものすごくたのしかった、2025年でした。

 

続く