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腹筋5回日記

毎日腹筋5回だけ。

腹筋5回やりました。

オザケン復活祭に行ってきた。
かつて、ファンであり、同時にライバルと見なしていた。恥ずかしながら本当だ。男なので、想いは複雑なのだ。

姿を見なくなりしばらく寂しく、やがて寂しさも忘れ去ってた。カラオケに行かなくなり『愛し愛されて生きるのさ』も歌わなくなった。妻とたまに話をした。思い出話だった。お陰さまで愛し愛されて生きていた。

難しい頭と繊細な心で真面目に複雑に生きて来たのだろうと思った。素晴しい歌だった。同じ曲が昔聴いたよりもずっとよかった。朗読もよかった。新曲もまさに新曲で安心した。

それはそれはソウルフルなライブだった。間違いなく魂がこもってたのだ。参った。

参ってしまったのだけど、自分を肯定してもらった気がした。一応ライバルなので喜んでちゃダメなのだけど。

妻がとにかく幸福そうで、それにも感謝しつつ、少し羨ましい。

尾崎豊が生きてたら、どんな歌を書いて歌っただろうという話をよく聞くけど、どんな歌でもよかったのだ。新曲が出るのは素晴らしい。本当に、才能ある人は、断続的で全然いいから、生きて作り続けてほしい。

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腹筋5回やりました。

髪を切った。

ザブングルを観て、心が洗われた。
加藤氏は静かな哲学者のようだった。
まるでギラついていなかった。
淡々として優しかった。
洗練されていた。

観客が幸福そうに笑っていた。
既に半分笑った顔で、笑うタイミングを待っている。
平和な土曜日の午後。

スタッフが「写メ禁止です」と注意していた。憎まれ担当。この人は普通の人だった。

昼食をブッフェで山のように食べ、たっぷり昼寝した。豆やおから、卵、唐揚げ、焼き鯖、焼きおにぎり、焼きそば、鶏焼き、サラダ、ケーキ、ゼリー、ソフトクリーム。
夜の家カレーも美味しかった。

美味しく何でも食べられる。健康という幸福を記録する。

ザブングルの二人にも幸福になって欲しい。僕はファンになった。テレビでは伝わらない、身に纏う空気。

さて、眠ろう。
盛り沢山の日々が始まる。

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はじめはさほど乗り気でなかったのに、オザケンを見に行くことにした。

一緒がいいと妻が言ってくれたのがもちろん大きかったのだが、オークションを眺めながら、ふと清志郎のことを思い出して、どいいうわけか、行かねばと思った。

清志郎はユーミンの言葉を借りれば、僕の青春そのものだった。形ある青春をあまり持たない僕の、数少ない確かな心の土台だった。

多摩で観た清志郎は、空席の目立つ会場で真面目に唄ってくれた。
大晦日の幕張で、僕は清志郎を観ないで帰ってしまった。最後の機会かもしれないという予感があったけど、それでも僕は帰って来てしまった。

それを後悔しているわけでもない。清志郎自身の言葉を借りれば、卒業してしまった学校のように感じていたのだ。

亡くなったのはショックだったが、それでも曲は聴かなかった。悲しくて感謝して泣いた。木場公園で自転車に乗りながら、少し歌って、感謝して泣いた。

オザケンはなぜ昔の曲を歌おうと決めたんだろう。そんなことは考えても仕方ない。あの頃の時代を引っ張っていた曲達は、実は普遍的な名作ばかりだ。彼の切なさは若さではなかった。

本当に昔より歌が上手くなっていたら、それは素晴らしいことだと思う。

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