かあちゃんの四十九日法要

今日は、元日に亡くなった「かあちゃんの四十九日法要」だった。
早いものである。
最近、嫁さんと「今も、かあちゃんがいなくなった感じがしない。どこかにまだいるような気がする。」と話をした。
なぜか喪失感がない。
息を引き取る瞬間まで見ていたのだが、その時、不思議と涙も出なかった。
今もその時と感じ方が変わらない。
よしんどは、病室ではあったが、最後の3カ月を一緒に過ごし、悔いなく出来るだけのことはした。
そして、最期を看取ることができたことで満たされた気持ちになった。
かあちゃんは「一番かけがえのないものは家族だよ」と自分の体を張って、家族に伝え残していった。
それによって、「戦前の昭和の男」「武士は食わねど高楊枝」の「よしんどのオヤジ」も改めて、「自分を本当に支えていた人は誰だったのか」に気がついた。
かあちゃんの残していったものがデカすぎて、まだ、家族は消化しきれていないのかもしれない。
かあちゃんは、家族にとっては「天から遣わされた人」だったなあ、といつも思っている。
社会人が音楽できないっておかしいよね?

最近、フェイスブックで、「へえ~」と思うような方を知った。
「ジャムセッション講座」を主催されている、斉藤彰広さんだ。
斎藤さん曰く、「「社会人になるとなかなか音楽はできないよねぇ。」と言ってくる人が多いが、機会さえあればやりたい人は多いはず」とのこと。
それで、「ジャムセッション講座」をされているんだそうだ。
よしんどは、学生時代にいろんな人とジャムセッションをさせられてきた(笑)ので、「自分からジャムセッションをする場を求めることは当たり前のこと」と思っている。
斎藤さん曰く、
「社会人になると「いい歳してまだ音楽やってるの!?」なんて言って来る人がいます。
この人たちはほぼ100%【社会人になって音楽をやめてしまった人たち】です。
でも、僕の周りには、社会人になっても大いに音楽を楽しみ、音楽仲間の輪を広げ、
そして、人生をグルーヴさせ続けている、カッコいい大人が沢山います!
みんなできるなら、【社会人になってますます夢を実現させるカッコいい大人】になりたいですよね。
でも、どうやらカッコいい大人は生まれにくいようです。
なぜなら、「ドリームキラーが想像以上に沢山いるから!」
「自分が勝手に夢を諦めただけなのに、今現在夢を追おうとする人の
足を引っ張って邪魔をする!」
こういうことを無意識にやってしまう「悪気のないダサい大人」が僕の思った以上に沢山いるようです。(一番タチが悪い!)
でも、どうやら期は熟したようです。
社会人が、さらに音楽を自由に楽しみ続け、そして、自由な人生を選択できる方法を、ついに考え付きました!」
とのことだ。
これを読んで思ったことは、
「みんな音楽をやりたいのに、そのきっかけを作ってくれる人が出てきてくれるのを待っているだけなのでは?」
ということだった。
自分の体験からも、バンドをやり続けるのは、それぞれの仕事や、生活や、家庭の事情などが出てきて難しいのはわかっている。
でも、どんな形でも音楽し続けたいのなら「セッション」という手もあるはずだが、「セッションしようよ!」と声を上げる「言い出しっぺ」に自分自身がなれないものだから、実現しないことが多いのだと思う。
よしんどは、地元のつてがあまりなかったので(笑)、昔の仲間がいる場所に行ってセッションする「上京セッション」をすることにして、2回やってみた。
やることは簡単。
「仲間に連絡をし、
セッションするための場所をおさえ、
演奏する曲を選ぶ」
その勇気さえあれば、だれでも音楽を楽しめると思うのだが。
「あきぎん吹奏楽団音楽フェスティバル」無事、終了!

今年の「あきぎん吹奏楽団音楽フェスティバル」が無事、終了した!
よしんどのかあちゃんの介護があったので、よしんどの嫁さんは、去年、今年と参加できなかった・・・。
去年、AKB48の「恋するフォーチュン・クッキー」を演奏したのだが、その時「踊り子さんが登場した!」とは聞いていたが、見に行けなかったので、どんなステージだったのかよくわからなかった。
今年の写真を見て、あ然・・・(゚Д゚;)
「あきぎん吹奏楽団」じゃないすよ、これは!(笑)
「若くてピチピチのチアのお姉さんたち」までいるじゃないか!(゚Д゚;)
去年、この「お姉さんたち」が登場したのか・・・(^_^;)
写真を見た嫁さんが「あまりにも華やかで、おばさんの居場所がない・・・(泣)」と申しておりました(大笑)

