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この記事を通じた出会いに感謝します。

 

 

受け取れない理由

 

 

お金や豊かさを受け取れない理由。

 

それは、制限していたからでした。

 

 

お金は、働いて給料もらわないと受け取れない。

 

この限定的な思い込みこそ

 

お金が受け取れない理由だそうです。

 

 

そして、その思い込みの根源となっているのが

 

思考の学校で紹介していた

 

親の愛の形の限定だそうです。

 

 

親の愛って、何でも言う事聞いてやってくれることだよねと

 

愛の形を限定してしまうこと。

 

だから、そうしてくれないと愛されてないとみなしてしまう。

 

 

愛の形を限定すると

 

お金が受け取れる窓口も限定してしまう。

 

 

愛の形は、言う事聞いてやってくれることだけでなく

 

叱ってくれる愛

 

見守ってくれる愛

 

自立のためにあえて手を出さない愛

 

遠くから思ってくれる愛

 

いろんな形があって

 

どれも愛です。

 

 

お金の窓口も給料だけでなく

 

親族からお金を貰う

 

遺産が入る

 

補助金が入る

 

おすそわけや服を頂く

 

仕事のオファーが来るなど

 

もっと広くて自由です。

 

 

愛の形やお金の窓口を限定しない事。

 

その制限を手放すことだと言っていました。

 

 

紙に思い込みを書いて、

 

例えば、お金は苦労して頑張らないと貰えないなど

 

それを斜線を引いて消して行くと

 

お金の不安が和らいでいきました。

 

 

お金の窓口は、給料だけじゃない

 

親の愛は、自立を促すことが本物の愛で

 

もうずっと貰い続けていた

 

愛されていたと。

 

 

もう一つは、受け取れない理由に気付くことです。

 

罪悪感で受け取れなくなっていたことに。

 

 

親が甘えていいよと言ってくれても、

 

悪いからいいって、拒否してきたのは自分だったと気づきました。

 

 

親が子供の自分の世話をすることで、面倒をみることで

 

親の負担になっている

 

大変な思いをさせている

 

忙しくさせている

 

疲れた顔をさせている

 

幸せそうじゃなく、不幸にしていると思い込み

 

自分の存在のせいでと

 

親への罪悪感を感じていたことに。

 

 

自分の存在が親を不幸にしていると言う

 

勘違いと

 

それを認めたくない逃げたいと言う想い。

 

 

それがあったことに気付きました。

 

 

でも、本当は違います。

 

親は子供が存在してくれているだけで

 

喜びで、幸せなのだと。

 

 

世話をすることは、不幸な事ではなく

 

愛しているからで

 

その愛を素直に自分が受け取るだけで

 

親はもっと喜んで、幸せになるということ。

 

 

これが真実だということに気付いたら、

 

余計な体の力が抜けて

 

張っていた気も抜けて行きました。

 

 

なんだ。

 

頑張らなくても愛されてた。

 

愛を素直に受け取って良かった。

 

貰って良かった。

 

 

なんで肩ひじ張って

 

素直に受け取らなかったんだろう。

 

 

勿体ないことしたと思いました。

 

 

親は、自分が存在してその愛を受け取るだけで

 

喜ばせることも、幸せにすることも出来ているのだと。

 

 

私の存在のせいで親がという罪悪感は

 

全くの見当違いだったと。

 

 

悪いと思って、拒否して受け取らない方が

 

親を悲しませて、親不孝をしていたのだと。

 

 

発見しました。

 

良ければこの考え方をご参考にしてください。

 

 

ここまで読んで下さりありがとうございました。

 

また、お会いしましょう。