いつもご愛読下さりありがとうございます。

 

この記事を通じた出会いに感謝します。

 

 

勘違いの罪

 

 

罪悪感を持っていて

 

人に甘えることができない

 

好意を素直に受け取ることができない

 

自分はずっとそうでした。

 

 

何に対しての罪悪感なのか。

 

その始まりは何なのか。

 

 

その答えは、親に対してのモノでした。

 

 

小さい時に、子供の自分の世話をする親は

 

大変そうで

 

忙しそうで

 

なんなら辛そうに見えて

 

親に自分の存在が負担をかけている

 

迷惑をかけて

 

不幸にしていると

 

勘違いしたのだと思います。

 

 

自分の存在で、親を幸せにするどころか

 

負担と迷惑をかけて

 

不幸にしている

 

そのことに罪悪感を持ってしまった。

 

 

子供も、親想いなので

 

負担と迷惑をなるべくかけない事が

 

親への助けになる、優しさになる、愛になると

 

思うようになり

 

一人で出来るからと

 

なるべく親の手を煩わせないように

 

するようになってしまった。

 

 

それが、親に対する子供からの優しさと愛だった。

 

 

でも、親はそうではないと気づきました。

 

子供が存在しているだけで

 

生きてここにいるだけで

 

喜びで、嬉しくて、幸せで。

 

 

大変なお世話を、それでもしてくれるのも

 

深い愛です。

 

 

親の甘えていいよと言う愛情を

 

子供が素直に受け取ってくれるだけで

 

親も

 

与える側として、与える喜びを

 

子供から受け取ることが出来ます。

 

 

子供が受け取ることは、同時に

 

親に喜びを与えることにもなります。

 

 

どっちも嬉しいので

 

甘えること

 

好意を受け取ることは

 

両方を幸せに出来る良いことです。

 

 

それを勘違いして

 

悪いからと罪悪感から

 

受け取り拒否してきたのが自分で

 

そうすると

 

受け取らない自分も

 

受け取って貰えなかった親も

 

どっちも悲しいですよね。

 

 

親は、愛情を受け取って欲しい

 

子供は、悪いから受け取れない

 

一人でやるのが親への愛だと思っている。

 

 

見事にすれ違いの、両片思いになります。

 

 

勿体ないですよね。

 

親も子も、思う気持ちは同じなのに。

 

 

だから、親の愛情を素直に受け取る。

 

甘えていいよとする

 

悪いからと思わず、

 

とにかくありがとうと受け取ってみる。

 

 

そうすると、親を喜ばすことができる。

 

 

与える側に自分を置き換えると

 

好意で相手に与えようとして

 

受け取ってもらえなかったら

 

悲しいですよね。

 

 

受け取ってもらえたら、嬉しい。

 

親も同じ気持ちだと思います。

 

 

だから、罪悪感は本当は勘違いで

 

存在だけで、親を喜ばせていた

 

受け取ると、もっと親を喜ばせられる

 

さらに子供が幸せになる事で、もっともっと親は喜んで幸せになる。

 

 

大変な思いをして、お世話した育ててきた

 

甲斐があったと

 

親の愛が

 

子供が幸せになることで報われる。

 

 

それが一番の親孝行になる。

 

そう思えました。

 

 

勘違いの罪で、

 

自分も親も幸せにならないのは

 

あまりに勿体ないです。

 

 

愛されている

 

幸せになることを喜んでくれる

 

 

こんがらがった親や家族関係を

 

もっとシンプルに捉えてみると

 

これが真実だと思います。

 

 

ここまで読んで下さりありがとうございました。

 

また、お会いしましょう。