いつもご愛読下さりありがとうございます。
この記事を通じた出会いに感謝します。
自分が悪くていい、負けてもいい。
常に正しくないといけない
人に負けてはいけない。
こうじゃないといけないと
当然のように思い込み過ぎていることに
最近気づきました。
なんで、自分が間違っているとダメなの?
なんで、負けるとダメなの?
さらに深堀りしていくと
そうじゃないと
愛されないから、認められないから
もっと言うと自分の価値がなくなるから
と思っていることにたどり着きました。
可愛くないと愛されない
良い人でないと愛されない
勝たないと認められない
優秀でないと認められない
だから、可愛くない自分はダメ。
良い人でない自分は、愛されないから価値がない。
愛されて、認められて、価値が欲しいから
正しくないとダメ、勝たないとダメと
こだわって執着していました。
しかし、本当にそう?
本当の自分は、仕事も勉強もできないのに
そのままの自分じゃ価値ない、ダメだって
自己否定して
頑張ってできる自分にしようと努力して
誰にも負けなくなったら
一番になったらやっと認められて、価値ありになって
なんておかしいと思いました。
そのままの自分を否定している時点でおかしい気がします。
さらに上には上がいるから、一番にならないと価値ないなんて
永遠に不可能ではないでしょうか。
自己否定して、頑張って努力して、一番になれないからまた自己否定して。
この負のループに出口はあるのでしょうか。
これにハマって永遠に、このループに閉じ込められている
その事実こそが一番のホラーに思えました。
では、どうすればいいのか。
本当の自分を肯定することです。
仕事が出来ないそのままの自分も良い、価値がある
と発想を逆にすることです。
可愛くない自分も、愛されるし価値がある。
嫌な一面もある自分も、愛されるし価値がある。
英語が苦手な自分も、
口下手な自分も
料理ができない自分も
とんちんかんなことする自分も
どんな自分も愛されるし、価値がある。
そのままの自分で良い、価値がある。
本当の自分は、もっとちっぽけで
面倒くさがりで、適当で、ろくでもないことも考えるし
大したことない、小さい人間かもしれない。
でも、それを否定して
見栄を張って自分を頑張って大きく立派に
見せる必要があるのでしょうか。
自己否定して、自分にダメ出しして傷つけるよりも
ちっぽけな自分でもいいよ
そのままでいいんだよと
温かく許して、包容して、肯定してあげるほうが
安心できます。
本当の自己肯定は、本当の愛は
こうでないとダメという冷たい条件付き
ではなくて
そのままの、ポンコツで情けない、かっこ悪い
間違うし、未熟だし、負けるし、失敗もたくさんする
そんな自分の一面もいいよと許容できる
ことなのかもしれません。
そんな情けない自分はダメだと
否定して、責めて攻撃して、
それで幸せに笑えるのかと言われたら
そうではないですよね。
そんな自分もいいよ
どんな自分でもいいよ
そんなところも可愛いよねと
温かく包んで、許してあげたら
それだけで幸せに笑えるようになれるのではないでしょうか。
だから、自分が悪くてもいい、負けてもいい。
そんな自分も愛されて、価値がある。
今まで価値がないと思ってきた
自分の一面にも、価値があるとしていってみる。
休んでいる自分も
何もしていない自分も
成果出していない自分も
料理出来ない自分も
コミュ力ない自分も
仕事でミスする自分も
どんな自分も、良いって許してあげる。
愛されるし、認められるし、価値あるってしてあげる。
どっちでも、できてもできなくても価値あるから
だからどっちでも良い。
正しくても、悪くても良い。
勝っても、負けても良い。
仕事出来ても、出来なくても良い。
どっちでも良いから
もう自分をダメだと責めなくていい
人と比べて落ち込まなくていい
頑張って自分を大きく見せなくてもいい
そのままの自分を肯定してあげる。
それだけで良かったのだと思います。
頑張りや、努力も素晴らしい事だけど
自分の負の一面を許してあげることも
自分を幸せにして、安心させて、笑顔にさせる
とても素晴らしいことです。
そのままの自分で愛されてるよ、価値あるよ
安心していいよと
ありのままの自分で伸び伸びと自由に
自分の気持に正直に生きることも
きっともっと素晴らしいと思います。
自分が悪くていい、負けてもいい、出来なくてもいい
そんな自分も愛されるし、価値があるよ。
本当に欲しい自己肯定とは
安心とは、愛情とは
それだったのかなと思いました。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
また、お会いしましょう。