いつもご愛読下さりありがとうございます。

 

この記事を通じた出会いに感謝します。

 

 

罪悪感が根源

 

 

受け取りブロックになっているのが

 

罪悪感なのではと思いました。

 

 

子供の頃、親が忙しく仕事や家事や家族の世話に追われて

 

大変そうに見えた時

 

自分の面倒や世話が負担になっているのではと

 

さらに親の荷物になって苦しめているのではないかと

 

何も出来ない子供の役立たずの自分は

 

無意識に罪悪感を覚えたのだと思いました。

 

 

 

その罪悪感から、

 

役立たずは罪だと

 

自分を厳しく責めて

 

周りも同じように責めて

 

役立たずは何も出来ない人は

 

愛もお金も受け取れないと

 

ブロックになったのかもしれないと推測しました。

 

 

 

これが、働いて貢献しないと

 

お金をもらえないという

 

働かないで何もしないで貰うことは

 

罪悪感を覚えて無意識に

 

貰うことを拒否してしまっている

 

原因ではないかと思いました。

 

 

そうでは無いのではないかとも思いました。

 

親は、労力や時間やお金や嫌な事や面倒なことを

 

引き受けてまで

 

子供を大事に育てて生きるのに必要な物を

 

与えようとしてくれます。

 

 

なぜって、それは愛としか思えませんでした。

 

愛しているから、どんなに面倒でも大変でも

 

子供に与えてくれる。

 

 

何も出来ない子供の自分に

 

何も出来なくても、むしろ面倒しかけけなくても

 

無償で与えようとしてくれる。

 

 

それは、本物の確実な愛情としか言えません。

 

 

だから、罪悪感を感じてその愛を受け取らない

 

ようにする必要は無いのではないかと。

 

 

 

ただ、愛されていただけ。

 

その愛を受け取ることが甘えることだとしても

 

甘えていいと許してくれていた。

 

 

だから、何も出来ない自分も受け取っていい。

 

何も出来なくても愛されている。

 

 

 

それを考えると

 

働かないとお金を受け取れない

 

完璧でないと愛されない。

 

 

それは間違いなのではと思えました。

 

 

何もなくても、無条件で無償で

 

お金も愛も受け取れる。

 

 

だから、頑張らない自分を

 

休む自分を、成果を出していない自分を

 

ダメだと責めなくていい。

 

 

その自分でもいい。

 

その自分でも愛されて受け取れる。

 

 

それが本当の自己肯定で

 

自分で自分のダメな部分を愛して、認める

 

自立なのではないかと思いました。

 

 

完璧だから、愛して

 

結果だしたから、認めて

 

人に求める依存からの解放かなと

 

ふと感じました。

 

 

ここまで読んで下さりありがとうございました。

 

また、お会いしましょう。