いつもご愛読下さりありがとうございます。
この記事を通じた出会いに感謝します。
頑張らなくなる
私たちは、この現代社会を生き抜くために
頑張ることをしています。
例えば、嫌われないように、人からどう思われているか気にする
好かれようと笑顔で人に合わせる
社会人としてきちんとした振る舞いをする
仕事や勉強で成果を上げるなど。
常に頑張って、緊張している状態です。
ですが、冷静に考えてみると
なぜ嫌われてはいけないのでしょうか。
なぜきちんとしないといけないのでしょうか。
なぜ成果をあげないとダメなのでしょうか。
さらに奥に踏み込んでみると
それは嫌われたら、人から愛情が貰えない。
きちんとしないと、人から自分の存在価値を認められない。
成果をあげないと、社会から生きていいという価値を得られない。
人や社会から、愛情や存在価値を貰おうとするから
つまり他人や社会に依存しているからではないでしょうか。
愛情や存在価値は生きていく上で必需品だから
それを得るために、言い方は悪いですが
私たちは必死に人や社会に媚びていることになります。
しかし、本当に他人や社会に依存しないと
自分は愛情や価値を得られないのでしょうか。
人から貰わずに
自分で自分に愛情や存在価値を与えること
自給自足して自立することは
できないのでしょうか。
答えは可能です。
自分で自分を一番に愛して、気持ちを最優先に尊重する
自分ファーストをすること。
そして、自分で自分を責めずに褒めてあげること。
この二つをすれば、愛情と存在価値を
自分で自給自足できます。
この自立を進めると
自分にどんな変化が起こるのか。
頑張らなくて良くなります。
愛情を貰おうと人に媚びる必要がなくなるので
必要以上に愛想笑いを振りまかなくなり
無愛想な素の自分が表に出てきます。
好かれようと頑張る必要もなくなるので
人からどう思われるか気にしなくなり
人の意見に無理して合わせる必要もなくなり
嫌な事は嫌など、正直な自分の意見を言えるようになります。
だって、愛情は自分で自給自足しているので
人から貰わなくても足りているからです。
成果を上げることも、どうでも良くなります。
上がればもちろん良いことですが
頑張って無理やり上げようと、力むことはなくなります。
だって、自分で自分の存在価値を認めているから
社会に認められる必要性が無くなるからです。
今まで家でも社会でも学校でも緊張して、
しっかりやらなきゃ
人から笑われないようにしなきゃ
という心身の力みがゆるんで
何もしたくなくなります。
正確には、何もしなくていいと思える。
もっと言うと、頑張らなくてもいいと
頑張りからくる緊張から解放されます。
そして、この緊張が心身のストレスになっていたのだと
人生の苦しみの原因だったのだと気づけます。
だから、人や社会に依存して、
頑張って愛情や存在価値を貰おうとすることから卒業して
自分で愛情や存在価値を自給自足して
自立することをおすすめしたいのです。
なぜなら、解放されてその方が心身が楽になるからです。
自立は出来るし、した方が楽になるので
現代社会の生き方に疲れてしまった方に
ぜひどうですかと提案したいのです。
やり方は簡単です。
自分ファーストは、自分のこうしたいという意見を採用してあげるのです。
お腹すいたら、食べさせる。
トイレ行きたいのなら、すぐに行かせる。
嫌なら嫌と、断ってみる。
やりたいことを、やらせてあげる。
疲れたら、休ませてあげる。
そのような自分の気持ちや、ちいさな要望を
まず家族が先だとか、友人が可哀想だからとか、世間から変に思われるからとかで
他人ファーストにして後回しにしたり却下していたものを
今度は他人の要望を却下してでも
優先して採用してあげることです。
自分ファーストは自立を行動で示すものです。
自分で自分の要望を叶えて、自分で自分を満たせると
自分に分からせることです。
他人よりも、何よりも自分を一番に最優先して尊重すると
周りに知らしめることです。
自分で自分を一番に大切にして、愛情を与える
愛の自給自足を実現化したものです。
みんなが自立して、自分で自分を満たせたら
誰かのことを優先してやってあげる必要もなくなります。
自分で出来るからと、依存する理由もなくなります。
次に、自分を責めずに褒めることです。
上手く出来なくても、なんで出来ないんだと責めて傷つけずに
でも挑戦して偉いよ、自分は良くやったよと
自分で自分の味方になって励まして、褒めてあげる。
社会や人から、褒められよう慰めてもらおうとしないでも
自分で自分を褒めて慰めてあげられる。
誰にも知られずにやってきた努力も
人知れず涙して通ってきた苦労も
自分だけが知っているそういう全てのモノも
ずっとやり続けて凄いよと褒められて
自分だけがよく頑張ったねと認められます。
成果を出さないと認められない、褒められない社会や他人よりも
自分はその過程の努力も、苦労も、かけ続けてきた労力や情熱も
ちゃんと理解して認めることができます。
努力してきたことだけでなく、
今日ご飯を食べられて偉いねとか
歩いて買い物に行って凄いねとか
お風呂入れて凄いねとか
手足が動かせて作業出来て凄いとか
人にありがとうと言えて偉いねとか
当たり前に思える日常行為も褒めることができます。
日常行為は、生きるために必要な行為なので
生きようとしている自分は
それだけで立派だからです。
生きているだけで自分を褒めていいのです。
何かすごい成果を出さなくても
大それたことを成し遂げなくても
自分にはここに存在しているだけで価値があると
存在価値を認められるのです。
そのままの自分で心地よく存在していればいい。
そんなゆるくほどけた、柔らかな心で
居られたらそれで良いのです。
無理して、頑張って人から愛をもらおうとしてきたけれど
そうしなくても大丈夫だったと
自分は自分で与えられるのだと
だからもう、頑張らなくていいのだと
ふっと心身が緩められたらとても幸いです。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
また、お会いしましょう。