嫁姑問題からの | 難治性慢性疼痛の毎日(線維筋痛症と複合性局所疼痛症候群)Byアキ

難治性慢性疼痛の毎日(線維筋痛症と複合性局所疼痛症候群)Byアキ

2012年、線維筋痛症と複合性局所疼痛症候群を発症、それよりも前にデパス&ソラナックス&ロヒプノールを服用していた。病気発症に心当たりがないためこれら症状はベンゾ薬害だと私は断定。2019年、旦那と死別

昨日は丸一日、一切Twitterを開かずに過ごした。



とはいえ、一日中スマホと睨めっこだったのはいつもの通りでしてw



では何を見ていたか?というと、嫁姑問題を題材にしたブログたちだ。



それまでも幾つかそういった類いのブログは見ていたけれど、昨日は新たにそのジャンルのブログを開拓したのだった(この表現で合ってるかどうかw)。



アルゴリズムでその手のブログのオススメが出てくるのでその中から選んでね。



で、幾つか読んでみて、世の中にはこんなにも酷い姑がいるのかと戦慄を覚えるほどだった。



そして、それに付随する息子(嫁からしたら夫)たちはもれなくマザコンというw



因みに、私の2度の結婚は何れも嫁姑問題とはほぼ無縁だった。



何れも離れて暮らしてたしね。



会うのは帰省する時だけで、それも片手で数えるほどだった。



その数えるほどの機会で私なりに精一杯の姑孝行。



何か嫌なことがあっても離れてしまえば全く関わりが無かったのでとてもラクだった。



それが良い事なのかどうかは知らんけどw



話を戻しまして、その嫁姑問題を扱ったブログに登場する、まるで日本語が通じない姑たち。



私なら、あそこまでされたらアッサリ離婚していただろうに、そこに登場する主人公の嫁さんたちは本当に辛抱強い方々ばかりで感心しきりだった。



それもこれも



夫や子どもたちへの愛情>>>>>嫁姑問題



だったからだろうな。



例えばだが、明らかに何らかの人格障害を持つ姑が、自分が不利に立たされると、それを誤魔化す為にお構い無しに悲劇のヒロイン演技してしまうとか、明らかに嘘と分かることでも平気で嘘をつき、それがバレるや否や『そうさせたお前が(嫁が)悪い!』などと他責思考全開で逆にお嫁さんを非難してしまうなど。



今の姑世代というと、主に戦中戦後生まれの時代の方たち。



激動の時代に生まれ苦労してきただろうに、今度は自分たちが嫁さんに苦労をかけてしまう立場になろうとは。



古~い考え方や価値観(育児は母乳でするものだ!粉ミルク育児など愛情がない!自然分娩で出産しないと子に愛情抱かない!等)を平気で嫁に押し付けてしまう姑たち。



自分たちがそう押し付けられ苦労してきただろうに、何故か次世代にもそれを押し付けてしまう姑たち。



中には『自分も嫁姑問題で苦労してきたのだから、お前(嫁さん)も同じように苦労しろw』的な姑もいたりしてビビるよねw



『自分がされて嫌なことは人にもしない』



『相手の立場に立って考える』



こういったことを学ぶ機会が無かったのか、家庭環境が劣悪だったのか、そもそもの性格の問題なのか、先天的障害なものか、或いはそれ全部か、といったところなんだろう。



これはもう本人の努力ではどうしようもないことが殆どだが。



読んでいて姑たちに対し共通して思ったことは、とにかく寂しいんだろう、愛情不足で育ってきたんだろうということ。



自分一番じゃないと嫌だ、もっと大切にしろ、もっと構え、などという思考がダダ漏れで、精神年齢が保育園児くらいで止まってしまってることだった。



読んでいて幼少期の教育が如何に大切かを痛感した。



話を少し脱線させて、ここ数年で、コロナ茶番以降よく言われることとして『〇〇(自分の子どもだったり親だったり)に移された』という表現だ。



人を保菌者扱いにして良いわけがない。ましてや自分の親や子どもを。



そういう表現を平気で使ってしまってる人たちは恐らく何も考えずに使ってる。



それもそのはず、家族の中でいざ誰かが発症すれば、やれ隔離だなんだと騒がれるようになってしまったことが大きく影響してると思う。



その結果、保育園児くらいの子どもでも平気で隔離する親が出てきてしまった。



身体が辛い時に一番そばにいてほしい親にバイ菌扱いされてまともに育つと思う?



そうやって育てられた子どもがいざ大人になったらどうなるか想像するまでもない。



悪影響極まりない。



誰も好き好んで病気になどなったりしない(不摂生による成人病等以外ね)。



病気になったらお互い様で、罪悪感を覚える必要などないということを肝心の親が教えないでどうするよ。



なんてことも思いながら読み進めていた。



これを書きながら思い出したが、沖縄県知事が以前新コロに感染した時に、それを孫のせいにする発言をネットでして炎上→削除してたっけな。



心の中だけで思うならまだしも、それをネットで発信出来てしまうその歪んだ心が理解不能だよ。



世界中にそう発信されて、当の孫はどう思うか?そうしたことにまで思いが至らないんだよね。



幼い心に刻まれた傷を癒すのは並大抵ではないよ。



話を戻して、そういうブログを読んでいたらあっという間に一日が終わった。



昨日はまた特に身体が辛かったので、それから気を紛らすには丁度良かった。



いつも小難しい話題にしか触れてないのでねw



たまには良いね!



さて、昨日は何も情報収集してないし勉強してないのでいつもの日常に戻ろうかな。



丸一日何も追ってないとその間に本当に色んなことが起きるからねぇ。



『そんな、どちらかに偏らず、バランスよくすればいいんじゃね?w』



的な声が聞こえてきそうだが、どちらに関しても、一度集中してしまうとそれが全く途切れないんだよねw



疲れ果てないように合間に時代劇の録画を観たりするのだけど、観終わったら再度また集中してしまう。



この集中力を学生時代の勉学に発揮出来てれば良かった(え?そういう問題じゃない?w)