「ぼく」 | 水のかたち

水のかたち

先天性ミオパチーの娘との日々。
大学生になりました。
9才から歯列矯正を、
11才から睡眠時にバイパップを始めました。
14才で側弯の手術をしました。
通院のこと、毎日の生活のことを記録していきたいと思います。

新聞のコラムの中で紹介されていた、谷川 俊太郎さんの「ぼく」という詩。


ぼく    

谷川  俊太郎


ぼくはぼくで他の誰でもない。

ぼくはぼくでやっていく


(この詩の出典を探してみたのですが、見つかりませんでした。もし間違っていましたらごめんなさい。)



先天性ミオパチーである次女。

「ねぇ、どうして私の腕や足はこんなに細いの?」

「どうして私はみんなみたいに走れないの?」

こんな疑問と共に毎日を過ごしている。

娘の場合、1才の時に先天性ミオパチーの診断がなされているので、それ以降は何科を受診しても普通に「ミオパチー」という言葉は出てくるし、娘も一緒にそれを聞いてきました。

だから今更「告知」ということもないし、これから先も改めてすることはないと思う。

こういった疑問が娘の口から出るたびに、その都度私なりの言葉で説明するのだけれど、私の言葉も足らず。

娘が納得することもなく。

これらの質問は時間を空けてまた繰り返される。

この詩を読んだ時、
「そう!そんな感じ!」
って思った。

あなたの障がい名は先天性ミオパチーって言ってね、うんぬんかんぬん…。

筋肉の構造がこうなっててね、うんぬんかんぬん…。

私も一生懸命説明するんだけど、
こういった理屈を理解することも必要なんだけど、

私がこまめにわかって欲しかったことは、
感じて欲しかったことは、この詩みたいなことだったんだ。

私がいつも「足が細くても、走るのが遅くても、それがこまめなんだからそのままでいいんだよ」とか言ってクドクドと説明することを、たったの2行で。簡潔に。

そりゃ、周りは色んなこと言ってくるし、
ジロジロ見られることもあるけど、
でも、

卑屈にならず、傲慢にもならず、
明るく前を向いて、


私は私で他の誰でもない。
私は私でやっていく。


これがいい!
これからはこんな感じでやっていこうおんぷ♪