9月15日  旧「敬老の日」 | マタのブログ

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サッカー・・・やら親爺の独り言

敬老の日、、と言えば「=9月15日」という人も

まだまだ多数派だろうと思います。

 

「チコちゃんに叱られる」で初めて知ったのですが・・・

 

 

 

 

 

 

国民の祝日である「敬老の日」の事の起こりは

1947年(昭和22年)に、兵庫県多可郡野間谷村の村長が

敗戦後の老人たちを元気づけようとして、9月15日を

「としよりの日」として敬老会を始めたことによるそうです。

 

 

 

 

 

ここ二~三年の異常気象=猛暑で

魚もセミなどの昆虫も植物もずいぶん混乱しています。

 

以前は、敬老の日の頃にはもうずいぶん秋っぽくなっていて

日暮れ時には肌寒く感じる日もあったように思います。

 

 

 

コロナ前までの、自分なりの農業カレンダーでは

八月下旬には種をまいていたアブラナ科の冬野菜たちも

このところの高温では発芽しないかな、と思っていました。

 

ですが、発芽~ある程度の大きさまで成長、、を

寒くなる10月下旬までにさせようとすると

逆算上、もう「種まきのリミットか・・・」てことで

先週、ダメ元で秋冬野菜の種をまきました。

 

 

 

このところ、運よく夜間に多少の降雨があったためか

一部、発芽を始めたようです。

 

 

 

もみ殻は乾燥防止で。

 

 

 

発芽したばかりの双葉。

1cmにも満たない小さな双葉です。

 

 

 

これは「ニラ」の花。

ニラは、秋に花を咲かせて全て枯れます。

で、春に新たに葉を伸ばし始めます。

 

 

 

なので、ニラ的には「もう秋か」と判断しているのでしょう。

 

 

 

 

 

秋冬野菜が発芽を始めたのはうれしいのですが

頭のおかしい姉(〇ノ〇ヨ〇コ)が、いつものように

発芽した芽をつぶしたり、抜いたりすることが予想されます。

 

また、監視カメラを設置しなけれなりません。

 

 

 

あ~~、めんどくせぇ~~~~

 

 

 

 

 

姉は、相変わらず母の財布からお金を抜いているようです。

 

母から私宛ての書き置きです。

 

 

 

そもそも、姉(〇ノ〇ヨ〇コ)の精神がおかしいのは

幼い頃から毒親である母に虐待されていたことが原因です。

 

 

 

母は旧真桑村の地主の家に生まれましたが

母の父(我々のおじいさん)は、明治男にありがちだった

どこかの国の独裁者のような、超パワハラ系の毒親でした。

 

あの時代には珍しくもありませんでしたが

テレビのチャンネルから、何から何まで全てはおじいさんが

独裁者のように自分の思うままに家族を支配していました。

 

 

 

これが世代を超えて連鎖しているのでしょう。

 

私自身も現役サラリーマンの頃は、昭和にありがちだった

仕事はガツガツやるけどパワハラ、、的な社員でした。

(仕事をやり遂げているんだから、多少のことは、、という)

 

仕事が出来るタイプのパワハラの特徴は

「こうした方がいいに決まっているのに、なぜ分からんのか」

という場面で、理解の遅い者に対して時間がかかって面倒なので

「激怒したフリ」をして「強引にやらせる」ですかね。

 

自分が何でも出来るので、他人が出来ないことを

心情的に分かっていなくて「やれよ」とイライラするのです。

 

こういうパワハラモーレツ社員が、昭和の時代には

いくらでもいたのですが、仕事が出来る人たちは

大抵そんな感じでした。

 

 

 

一見すると似ているのですが、中身が全く違うのが

母や姉のようなタイプです。

本当の意味で、感情に振り回されています。

自分の感情をコントロールできずに本当に激怒しています。

 

「怒り」というのは「悲しみ」なので、おそらく

ねたみとか嫉妬で「自分が嫌」という悲しみなのでしょう。

 

 

 

ちなみに、姉と母は共依存の関係にあります。

 

イジメられているのに離れられないいじめられっ子と

イジメる子の関係に似ているように感じます。

 

 

 

 

 

しかし・・・

 

本当にめんどくさい。

姉と、姉にたぶらかされている人たち全員に消えてほしいです。