友人の命日 | 東海最大級の接骨院院長のブログ

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タバコをコンビニで初めて買った。


マイルドセブンが名前が変わってた事は知っていたけど、デザインもうる覚えで、「水色のください」と言ったけど通じない、、。



20代前半の女子店員は昔のマイルドセブンと言っても通じつつ💦



店長らしき人が「あーこれになったよ」とメビウスワと言うものを渡してくれた。



あとビールとブラックコーヒーを買う。


今日は親友であり、当院職員であった
一人の柔整師の7周忌の命日であり、大好物を供えるため。

 


柔整入学のとき、たまたま席が隣になったのが、
きっかけで、大親友となり、そこから、20年の付き合いでした。


私が開業する10年先に友人は開業していましたが、 私の院が新築移転して、東海最大級の複合施設を設立するので手伝ってくれないか?
というオファーに対して自分の院を閉めてまで私の会社に入ってもらいました。


私の夢や希望、理念をしっかり解ってもらえ、
2人で力を合わせて、業界から、目標とされる
日本一の接骨院にしようと試行錯誤を繰り返しててきた。
 


人材も育ていき、仕事も・プライベートも充実し日々を過ごしていました。



午前中は介護デイサービスリハビリの総括とし、
午後は接骨院主任として臨床最前線で奮闘し
後輩にも指導してくれている。
 


新人には手技を業務終了後にも教えて、夜遅くなることもあり、責任を持って指導したくれていた。
 

友人は、病気やケガ、風邪でも勤務時代から休んだ記憶がないほど、絶対的な強さを持っていたし、遅刻も全くなく生活はきっちりしています。




お嫁さんも毎日手作りの弁当とアイロンをかけた白衣を持たせて規則正しい生活をしていました。



飲み会でも若者がダウンしていく中、一番食べて、飲んでも、まだまた〆のラーメンでも・・・というくらい胃腸も元気です。 
 

毎年当社でも提携している病院で 健康診断をしていましたが、異常もなく健康そのものでした。


ただ、人よりめっちゃお酒の量は多く飲むし、
タバコはずっとやめれなかったくらいかな。



しかし、運命とはわからないものです。 



末期の癌が発見され、突然の病気の宣告を受けて、仕事を中止し長期の療養休暇になった。



1年半にも及ぶ闘病生活に入りました・・・が 



7年前のこの日に命がつきました。
 
 
今となってもすごい事ですが、なんと、友人は命の絶える前日まで当院で仕事をして、最後まで医療人として、柔整師として人生を全うしました。
 

人間としてはもちろんですが、命尽きる最後の日まで治療家として、患者さんを治療し、元気を与え、自分の病状が知られないようと、笑顔と気力で接していました。 
 

これから何万人と患者さんを救っていける先生です。 
 
 
そんな先生がなぜ、こんなに早く命か燃え尽きるのか・・・
 

神様がいたら私は直接聞きたいです、 



なぜ彼を選んだのか・・・これからもっともっと多くの患者さんを救っていけるのに・・・・。 



病気をこれほど憎く思ったことがありません。

 

残された私にできることは、友人が命がけで守ってくれて、最後まで本当に愛してくれたこの会社と柔整師としての仕事を全力で引き継ぎ、 
2人の目標であった日本一と目標とされる接骨院にしていく事だと思います。
 

最後まで人間としての強さを教えてくれた親友に感謝し、これからも思いを一緒にして生きていきます。 
 

私がここまで頑張れる理由の一つです。
 


片腕が捥げて、仕事量も倍になり、精神的支柱も無くなり、正直くじけそうになったときもありました。
 

しかし、友の思いも一緒に背負って、今できる事を精一杯やりきって、一日一日全力で生きていこう!! 



生きたくとも生きられなかった友人に対しても、
一日でも無駄な日は過ごさないでいく事を誓い
奮い立たせています。


命日に会いに行き、生前、大好きだったビールとタバコ、コーヒーをもって近況報告してきます。


25年来の友人からも毎年花が届けらます。





命は亡くなってからじゃ後悔しようがない。



今生きているだけでも感謝する事を忘れずに前に進んでいきます!