この表紙は1月号。
この前の12月号の特集が『反知性社会と教育』というタイトルで、社会の有り様や枠組み側から教育を見つめたもの(大雑把すぎ?)に対して、この号は逆ベクトルともいえる「子ども」から見つめ直したもの(これも大雑把すぎ?)。
昨年もそうだったけれども、雑誌「教育」は、たまに双子のような対になる号を出すことがあると思っている。
(こういう連続感がある雑誌の特集って、収集癖のある僕にとってはたまらないのだけれども、普通の方にも興味深いのじゃないかなぁ。)
ここで、宣伝。
もう直ぐ発売になるので、2月号を買って欲しいな〜と。
むろん、今すぐ店頭に走れば、1月号も手に入るし、教科研に連絡をすれば、バックナンバーも直ぐ手に入る・・・ハズ。
ハズと書いたのは、・・・どうやら人気の号は、入手不可になる傾向になってきているらしい・・・。
ともあれ、2月号を買って欲しい。
なぜかというと、1本書いたので・・・。
今回は珍しく「体育」の話題です。
題は『「投げる」を育てる物たち』・・・だったけな。
・・・じゃあない。確かめたら、やっぱりそうだった。
あってる。(今、調べ直した。われながらアホだな。)
身近なもので楽しく「投げる」を学んでいくアイテムの紹介の記事なのですが、立ち読みと言わず、買って読んで欲しい。
ちなみに、特集1は、『保育と子育ての教育学』。
実は1月号からの連続のように「子ども」に焦点が当てられている。
ネット上でも確認できる。1ページ目の「とびらのことば」の出だしを、以下に引用したい。
いま子どもの時間は、何かに急かされるように、奪われ、切り捨てら れ、あわただしく消え去っていくようにみえる。
子どもは、かけがえのな い自分の時間をたっぷりと味わい、過ごすことができているだろうか。
今の職場でも、学力向上、家庭学習の強化が学校主体で叫ばれ、放課後に全員が居残っている。
「これって7時間目?」
そうつぶやかれる子どもの様子は、みんないらいらしながらプリント補習をやっている。
『子どもの何か』が奪われている。
塾や習い事での関係が、そのままクラスに持ち込まれてトラブルが頻発する。
『子どもの何か』奪われている。
特集2は、『先走る教育技法』。
これも『子どもの何か』が奪われているという目線で考えられそうな気がする。
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「学校目標が達成されていないというアンケート結果があるから、目標を徹底して子ども伝えるところから指導を改める。」
なんて、馬鹿げた現場が出現している。
学校目標は、大人が決めた目標であって、子どもにその言葉を刷り込むことで何かが達成できたら、それは教育じゃあないだろうに・・・。
言いたくもないので、波田陽区を呼んできて欲しい。
【世間話から・・・】
初任校の校長からの年賀状が届いていた。
昨年、FBの承認申請があって、つながることができた。
なんとなく不思議なものだと思う。
もう現場を退職して長いし、その後努めていた区の仕事も終わっている。
FBの記事閲覧の制限をゆるくして、私の活動がわかるようにしている。
あの苦労した初任校2年目は、どの教師にもあってほしくない物語だ。
退職後、「悪かった」と頭を下げてくれた彼へのわだかまりは、もうほとんどない。
彼からの便りには、「幅広く教育を楽しんでいる様子が嬉しい」というメッセージが書き添えてあった。
分かり合えている気がして、私も嬉しかった。
私は、上司であれ、同僚であれ、いや、保護者でも子どもでも、平等に関係があってほしいと思っている。
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《なぜ、再起動なのか・・・最終回》
長く書いてきてしまった。
桃井第二小学校には6年間いたのだが、特に後半の3年間は「学びをつくる会」を校内に入れることに成功した。
この6年間を振り返ると、私は同僚とつながりを深くし、自分の教育観とのすり合わせの中から、よりよい学校づくりができると思っていた。
ただ、それほど交差したという実感を得ることもなく、終わってしまった6年間だった。
私自身の実践を対置しておくとき、私の言葉は他者の聞きたい言葉に変換するのが苦手なのだと思う。
私の次の課題になっていくものだと思う。
「学びをつくる会」での活動に能動的に関わるようになっての、特にこの3年間、様々な若手実践家や教育活動家(造語)との交流が面白過ぎる。
私は上の世代との繋ぎて世代だが、下の世代に励まされ、現役として誇りをもって実践に向かう人でありたいと思っている。
あ、終わらなかった…。
【世間話】
三が日が過ぎた。
私はもう1日休みをもらっている。
1月は大集会だけれども、2月に学びのWAの企画「はじめのいっぽ」がある。
今、このチラシを作成中だ。
これは、この春の新採さんや1〜3年目の若手、教員志望の大学生(卵達)向けの企画になっている。
「学びのWA」は、特に若手が話す場、感じている困難を共有し合う場として設定されたもの。
いわゆる本会の第一世代を中心とした元若手で構成された運営側が企画をしている。
私は決して若くはないけれども、キャリアは16年目になる。
ギリギリ関わっていてもいいかな?というカンジだ。
いろいろ動いていて、今年はちょっと刷新したものになりそうな予感がする。
チラシは、1月28日(土)の大集会でも配られるけれども、送付してほしい大学や学校へも送る予定。
早めに情報がほしい人は連絡をください。
そのうち、情報をここでもアップしたい。
再起動中だというのに、いい加減、忙しくしているなぁ。(^^)
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《なぜ、再起動なのか・・・続き》
7年前、私は日野市の現場にいたのだけれども、そこでの3年間は不思議な自由さと困難とのせめぎあっていた期間だった。
法の改悪も手伝い、教育現場の崩壊状態はこの時期に着々と完成したと思っている。
ただ、事態は不可逆に見えるのだけれども、当事者の不断の努力があれば、その緩やかなコース変更は、いずれ必要なスタート地点に戻るだろう。
私はそう信じている。
ある管理職から、
「それは、組合が弱ったせいだよ。」
と語られたことがあった。
でも、それはそれで、一方的な見方だろうと思う。
もしそうであれば、その同時代を同世代として生きた管理職側に生きた人々の責任への返し刀になっていることを意識してほしいと思った。
ただそういう言い方をする人は、動くべき方向を見失っているだけでなく、動く意欲もない人なので、なかなか私の言っていることは理解しようとはしない気がする。
そんな人は放っておいて、7年前、私には本当に必要なものは仲間だったのかもしれない。
体育同志会は、そのときの私には、個人を鍛える道でしかなかった。
だから、一つのサークルのつながりにこだわり、会の全国研究会へは赴くことはなかった。
自分の中に、何らかの強固な核がなければ、他者とつながることはできないと感じていたのだと思う。
「教科内容」研究は、明らかに私を縛っているものだった。
もともと持っていた「子ども理解に根ざす実践」が、この縛りの中で生き抜こうとする私の邪魔になっていた。
そんな心性を、堤が崩れて流れ出した水のように、別な地平へと走らせたのは「学びをつくる会」だった。
まだ学びをつくる会が、池袋の会場でやっているときだった。
埼玉大、都留文の学生や第二世代、第三世代と呼ばれる人たちが盛り返し始めた時期で、20人ほどはいただろうか・・・。
いつものように、報告者の話を聞き、それを元に、みんなで話をした。
「あったかいね。」
と私の耳元で言い放って帰って行ったのは、あるときに参加者としてやってきた大貫さんだった。
息を飲むほど、的を射た批判的な一言だった。
しかし、この会にもっと能動的に関わり、発展的に捉え直したいと考えたのはそのときだったと、振り返ってそう思う。
この会を突き動かしているのは、そういう関わろうとする「勇気」のようなものなんだと思う。
堤の綻びが広がるのは、この後からはそれほど時間がかからなかった。
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自分語りの経緯ばかりで長くなった。
もう直ぐ出勤日だ。
次にはまとめたい。
16年目という短いキャリアでしかないのだけれども、時折、大きな転換があったと思う。
(きっとまだまだあると思う)
最近の意識としては、転換期が3年ほど続いている感じだ。
その上、少なくとも今年の「教科研」や「学びをつくる会」に関しては、すでにわかっている予定だけでもとても面白そうだ。
体育同志会も含めて、トータルで前進できたらと思っている。
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【告知:1月の学びなど】
・職場の事情が許せば、若手向けに5日に体育指導の初歩研修と題して、「マット」「跳び箱」のプチ学習会を開く予定。
我ながら、「教師力の低下」とか叫ぶ教委側の(アホな)プレッシャーがあるのに、実は学校現場で体育の研修が自在に行えないという逆説的(ホント、アホ)な状況を、私なりにウィットで切り抜けていると思っています。
・体育同志会のオープン学習会。山﨑隆夫先生をお呼びしての「子ども理解と学習内容」という講座。これは司会をするが、とても楽しみ。きっといいパラダイムシフトになると思う。
・何と言っても28日(土)の「学びをつくる会」の大集会。
子安先生をお呼びしたことも大きい。午後の分科会もすごい。
・29日の午後、地域の公民館行事で二人組ユニットでアコギ伴奏をやる。自分の歌もちょっぴり。
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《なぜ、再起動なのか・・・》
突然だけれども、以下に再起動のイメージについて書いてみる。
個人的なことなので、下の方に書いてみる。
(何回かに分けてだけれど・・・)
私は、2010年の1月に学びをつくる会に通い始めて7年経つ。
これで8年目に入る。
当時の私は、民間研の学びをなんとか自分の中で消化しようとしていたけれども、年を追うごとに情勢の悪くなる現場でも生き抜かなければならないことから自家中毒気味で、ノイローゼ気味だった。
当時通っていた民間研は、体育同志会と全生研だった。
全生研のブレーンである愛知教育大学の子安潤さんのブログを読んでいて、奇しくも三二さんと知り合うことになる。
今年、この子安さんを「学びをつくる会」にお呼びできるのは、不思議な感じがする。
三二さんは、当時の私の鬱的ブログを読んでいた。
その彼の方から接触を試みて来たことは、今になってみるとそれほど不思議ではないのだけれども、その時には妙な感触だったものだ。
でも、それは嫌なものではなく、特に彼の教科実践は自分に近い部分があったし、さらには子どもの見方、情勢の問題意識の持ち方という点でとても惹かれるものがあった。
ただ、ぶっきらぼうな話で、私はいきなり学びをつくる会の大集会にレポーターとして、彼から指名を受けるのだ。(これも今考えれば、それだけ信頼を受けていたことの裏返しなわけだけれども・・・)
メンタルも不安定な中にあった私だったわけで、これは結果的に失敗をすることになる。
これについては、私自身がそれほど実践家として育っていなかったことというよりも、他者からの認知が薄い関係性の中で育ったために、他者意識をもって話すことがほとんどできない不全を抱えたままレポーターとして臨んだため、聞き手側を困惑させる結果になったということだ。
そんな私が、学びをつくる会を運営する側にいるというのは、面白いものだ。
この7年間が、如何に私に大きな変化を求めるものだったかを物語っているだろう。
(続きは次回・・・面白くなかったら止めるかも)
新年が明けました。
みなさま、本年もよろしくお願いいたします。
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挨拶をしたところで、すぐに脳裏をよぎることなのですが、本来は時間というのは『人の恣意的な概念』でしかないと思うので、明けたから何かが変わるという期待についても、気分以外の何物でもない気がするのですが、そういった共有ルールに乗って認識を改めるきっかけにすることについて、『何か支障がある』とも考えないので、気楽に利用していきたいと思っていることなんだと思い直すところではあります。
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私事ですが(私事を綴るブログだからいいんですが)、今年は胸を張って40代といえる最後の年になります。
歳相応というよりも、この歳でやれることを確認するような一年にしたいと思います。
ブログ記事を書きます。
実践記録、過去の実践の整理、教育情報、それから日々感じていることを書くことにします。
もう一度、ブロガーであった自分を思い起こそうと思います。
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世の情勢はねじれて伝わっていると思うのですが、そういった中で生き抜いている人たちのストーリーがねじれているわけではないと思うのです。
問題意識はそのままに、もう少し身の丈に応じたところで、『細く長くやっていける』をベースにしていきたいと思います。
「学びをつくる会」の運営は、そういったことについての転機を迎える前夜になりそうです。
体育同志会と教科研での学びは、私の中で確実に(もう始まっていますが)統合されていくはずです。
現場における関わりは、そういった中で、純化していくと思います。
(薄いところを厚くするような今までの関わりは、さらに避けていく気がします。)
実践記録の持ち方を、学級通信ベースから変えようとも思います。
合わせて、仕事のやり方も変えていきたいです。
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仕事に関わっては以上が、新年の抱負といったところか。。。
ちゃんと振り返っていないな〜と思って、もう一筆の箇条メモ。
(1)現場について
今年は異動があって、自分としては意外なところで苦しんだ1年だった。
やっぱり環境が変わるってストレスなんだ。
人を相手にするわけだから、その地域に根ざしているはずの現場であるわけだから、そういった違いに体が反応しないわけはなかったというところ。
3年で飛ばされていたときには感じなかった負荷だった。
それだけ前のところに自分の体が適応していたということでもある。
であるなら、来年は適応度が上がるから、きっともう少し楽になるだろう。
ただ、懸念はないわけではない。
安直な人事に巻き込まれることになる気がするが、今から心配していてもしょうがない。
とりあえずは一番「巻き感覚」に追われるだろうけれど、これまでに実っている部分を3学期に楽しみたい。
(2)研究など
昨年書いた記事はあまりないけれど、以前書いたものを元に発表したことは大きかった。
やっぱり、下手だと思っても、ちゃんと発信しようとする機会をもつことは重要だった。
そして、そのときに、きちんと反応があることも大事だと思う。
この歳では、なかなか反応が悪くなってくる。
それは、少し上の世代や、同世代で叩き合える人が少ないことが原因だが、今に始まったことじゃない。
某会で、少しずつ自分のやってきたことを聞いてもらっていることは大きい。
次回の3月に期待している。
教育を読む会での発表時にも、その後の反応を少しだけ受けて、これもとても自分の中では大きく膨らんでいる。
ある人の卒論に取り上げられたことも大きい。
少しずつ客観視したものを得たいし、過去の実践でなく、リアルタイムなものを出していくことも工夫していきたいと思わせてくれた。
(3)趣味について
音楽活動は、青息吐息だが、バンドという関係の中で次第に豊かになってくるものが素直に嬉しい。
もう少し、時間が欲しい。
(4)その他
「人の生き方は否定してはならない。」
この言葉が、自分にとって大きかった1年だった。
次の展開が見えてきている。
生かしていきたい。
今年の初めに書いたのもがある。
今年はそれを利用してみよう。
(1)教育研究・学習活動
・昨年よりも活動を減らし、支出を減らす予定。
→ たぶん減ったと思う。
(というか昨年度、一昨年度が破格だったからなぁ。)
・読書量を増やし、実践記録を大切にする。比較的ドメスティックな活動を重視する。
→ 読書量は減ってしまった。これはまずい。
実践記録はまあまあかな。
ただ、発表用に新しいものは出せていないのでイマイチといっておこう。
3月に清春会で出す。
・研究団体との関わり合いも、運営側で自分をすり減らすことについて、慎重に検討して活動する。
(少なくとも、体育同志会の方は、活動を休む。)
教科研や民研に関わるかどうかは、しばらく様子を見ながら検討する。
→ 異動にともなって減ったものがある。
体育同志会の活動は、もうちょっとで再びフェードアウトする。
(多摩サークルの運営はあるが・・・)
(2)バンド活動
・昨年並みの活動をする。
昨年できなかったので、個人の練習量を増やす。
→ まあまあ、昨年比でいえばオッケーかな。
(3)仕事
・異動する予定なので、心機一転する部分を活かすのと、今までやりやすかった活動がしにくくなる部分への調整をしっかりしたい。
→ う〜ん。
異動は結果的にきついものだった。
でも異動先がきついかといわれれば、そうでもない。
問題は慣れと体力減の問題のようだ。よる歳並には勝てない。
・授業記録については、もっとITメディアの利用を考えたい。
→ やっぱり杉並区ほど便利ではない。
プロジェクターの購入も視野に入れているが、先立つものが・・・。
<たらたら書く反省的まとめ>
・今年は「異動の影響」に、いろいろ霞んでしまうものが多い。
例えば、1〜3月時期の記憶がほとんどない。
そのとききっと「これはよかった」と思えた授業実践も、もう怪しく感じてしまっている。研究活動の方も、確かに大集会やはじめのいっぽなどを覚えているのだけれども、他のことはどうだったかよく覚えていない。
新しい環境に慣れるために捨てたものが自分の中にあるようだ。
・雑誌はまだしも、本と呼べる本を読んでいない。
ないわけではないが、最後まで読了できたものが、例年いくらべて少ない。
これは不安だ。
本当にまずい。
インプットがない生活は、アウトプットすればするほど消耗していくだけだ。
ゆっくりと燃え尽きるのはいやなので、そこは自分を変えていきたい。
今年、感動したものは確かにあったのだけれども、自分の手の中に収めていない感じがする。もうちょっと頭と体に残るようにしたい。
・・・なんか抽象的な振り返りだなぁ。
とりま、今はここまで。
昨夜は「学びをつくる会」の世話人の忘年会だった。
1月28日(土)の「大集会」へ向けての打ち合わせも兼ねていた。
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乾杯
する前に、30分ほどの会議。
私は、博さんがやってくれていたものを引き継いだわけだけれども、レジュメも昨年度のものを利用させてもらっていて、とてもスムーズに下準備ができた。
今回の「大集会」についていえば、博さんには会場の設営準備などもやってもらっている。
私ひとりではできないことばかりだ。
いっしょにやってもらえて本当にありがたい。
会場の居酒屋のいつものお兄さんはから、「打ち合わせもいいけれど、そろそろ飲まないと・・・。」なんて声をかけてくれたところで、だいたい終了。
来年の大集会は、例年と特に変わったことはないけれど、中身は例年並みかそれ以上にとても充実していると自負している。
たくさんの人が来て欲しい。
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乾杯をしたあと、打ち合わせの件でいっぱいいっぱいの私を受けて、三二さんが会の進行役をやってくれた。
(これもありがたい。)
自己紹介がてらに、一人ずつ話をした。
東畑さんが、
「教師として、思わず子どもをおいていってしまいがちになる教科実践的な部分があったけれど、教科研や学びをつくる会に出会い、そこで大事にしている子ども理解を知ることができたところで、今、バランスがとれてきたと思う。」
まるちゃんが、
「同じ学ぶ教師の中にいて、実践を語ることができないと、じつは伝えられないことがあると、今、感じている。」
二人の言葉は、一言一句的には正確ではないけれども、そのようなことを話していたと思う。
二人の話に、教師の共通の言葉は「実践」なんだろうということと、その実践の内実は、バランスに悩むということなんだろうと思った。
こうした話が交わされ、忙しい中、こうして集まってきていることの意味を、私は深く感じた。
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他方、Mさんの話も興味深かった。
一参加者でしかないMさんを今回の会に誘ったところ、嬉しいことに来てくれた。
「1年に何度かしか来ていないのに、世話人でもないのに・・・。」
と、Mさんはちょっと遠慮がちだったけれども、私の感覚からすると、彼の例会への参加への態度はそんなものではなかったと思っている。
(だから誘ったのだけれどね。)
大事なときによく見かけ、苦労人でもあり、話をするととても誠実で、一定の問題意識をもっている人だった。
すると、
「ちょっと考え直してみたら、2006年から参加しているんですね。」
と。
なかなか来れないけれども、ここを大事にして通ってくれている人なのだとわかった。
こうして、自分の位置を確かめるように通ってくれたり、離れたのに戻ってきてくれたりする人が確かにいるのが「学びをつくる会」なんだと深く思った。
9月の報告をやってくれたS君の顔もあってよかった。今年の労をねぎらえる人を迎えての会になったので、そういったことがなおさらよかった。
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千葉さんが、他の学習会つながりで、フランクに東大のYさんを誘ってくれた。
「なぜか世話人の連絡メールが届くんだよ。だから来てもいいかな?と思ってきたよ。」
と、遠慮がちに久冨先生も来てくれた。
山﨑さんは、相変わらず私を労う言葉をたくさんかけてくれた。ホント優しい方だ。
みんな来てくれてよかった。
最近、私が学びをつくる会に参加する意味よりも、こういった人たちに囲まれていることに意味を感じるようになってきている。
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岩辺さんが、
「君もうちにアニマシオンの学習会で来るかい?」
と誘ってくれた。
私は、これ以上、学習会の機会を増やすことは無理だとかぶりを振った。
岩辺さんは、そうだな、と笑っていた。
物理的な限界は越えられない。今年も戻るところそこに行き着く感じがあるけれども、かなり整理されてきているとは思う。
年末は、そこを言語化して終わりたい。
そうそう。
最後の最後の帰り際、ようやく千葉さんと話を交わすことができた。
T「『わたしはおねえさん』やった?」
私「うん。もちろん。あれよかったよ。」
T「私もよかった。」
私「僕は年末年始にまとめるつもり。一読総合法でやったのだけれども、あれ、意外に子どもが入りやすい。力のある教材だと思う。」
T「私も一読でやった。意見がよく出た。今度交流しよう。」
私「オッケー。」
もう改札口。
でも、短いけれど重要な、「実践の言葉」が交わされた瞬間だった。
ーーーーーーーーー
2年生を担任するとわかった時から、なんとなくサンニさんを意識していた気がする。
(それからもちろん、以前うけもっていた2年生とのことも…。)
私にとっての三二さんは2年生の担任のイメージが強い。
三二さんの教室へ行った時が2年生だったからかもしれない。
今、8年ぶりの2年生担任なのだけれども、そういえば8年前当時は、三二さんとの交流が深まり始めた頃だった。
その時は、自分のやりたい実践スタイルというものにこだわっていたこともあって、授業づくりに関しては、何事もがむしゃらに「自分らしいものをやりこむ」という面が、私には強かったと思う。
ただ、いろいろな意味で通信を用いるという意味や、実践を綴るというスタイルに関しては、三二さんにインスパイアされたものがとても大きい。
(当時の記録である学級通信は、ファイルしてある。)
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今回は、いろいろ苦しさがあって、思いっきり三二実践を追試している。
ところがやってみると、これがすごい。
やっぱり記録「らぶれたあ」をなんとなく読んでいるよりも、自分でやってみた方が、自分の教室で展開されるリアルと重なって、目がさめるような気がする。
一応、真似をしようとしているのだけれども、そうそう同じになどできるわけがない。
そう思っていた部分は逆で、これがぴったりくる。
以前、「ごんぎつね」をやった時に、「教材の持つ力」にグイグイ引っ張られたことがあったけれども、今回のは三二さんの実践に引っ張られていく感じが強い。
正直、自分の授業づくりではない借り物なのだけれども、授業を終わって、子どもが、
「楽しかった。」
と、つくづくつぶやく姿に、ホント驚かされている。
このまま借り物の実践に飲み込まれてしまうのじゃないかと、自分を失いそうな不安さえ覚える。
でも、乗りかかった船だから、行けるところまで行ってしまおうとも思っている。
それに、自分なりの三二実践への解釈を活かそうとしている部分もあるし、ところどころの手法は全く違っているだろうから、疑心暗鬼にならずに、子どもとのやりとりは楽しもうと思っている。
(そのうち、気が向いたら、実践報告もここで出来たらと考えている。)
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これに合わせたわけではないけれど、この実践より前に、これまた久しぶりに学級通信を発行し始めている。
杉並の学校では、なぜか叶わなかったのだけれども、恐る恐る始めた今回は、毎日続いている。
まだ10号程度だけれども、それほど無理していないし、こちらもスイミーの部分に関しては、けっこう「らぶれたあ」を拝借している。
それでも、日野市の時にやっていた通信づくりの感触が戻ってきている。
しばらくこのままいけそうだ。
