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くまさん

ある日、ネットの森の中、くまさんに出会ったら・・・。


『学級崩壊の危機』『子ども達の荒れ』『指導力不足教員』

使うのも忌み嫌いたい言葉だ。
でも今、どこの学校でも抱えている問題だと思う。
(ここでは『いじめ』などの子ども達の関係性ではなく、教師と子ども集団の関係性の問題に限定する。)

これをダウンスパイラルさせる『要因』もおおよそわかってる。

『仕事量の多さ』、『管理職のパワハラ(ないしはそれまがい)な指導』、『一部の保護者の恣意的批判」。
そしてそれを増幅させる『同僚性のなさ』、『無策』。

次第に『その教師』を精神的に追い込んでいく。

『病休』『退職』というだけでもひどいことなのに、最悪の事態さえも…。

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どう対抗していけばいいのか。
『その教師』と『そこにある子ども』を救いたい。

まずは、ダウンさせていく『要因』を排除するべきだろう。

同僚がサポートするべきに絞ってみたい。

(1)仕事を軽減する。
・分掌を外す。調整に時間がかかる個別の会議には出席させない。
 その分、楽にさせ、余裕を持たせる。できれば、同じ時間にクラスの様子などの話を聞いたり、授業ネタを練ってくれたりする人をつける。
 これは周囲に倍の苦労をかけるかに見えるけれども、必然的に周囲に仕事の軽減を強いることにもなると思われるので、実はいいことなのかもしれない。
 できるだけ分掌は改善などの面倒臭いことはせず、昨年度同様の動きか、それ以下にする。
 (無駄の多い教委へ報告書などは、虚実報告にでしておけば良い。どちらの緊急性が高いかを考えれば当然のことだと思う。必要悪を黙認するべきだ。)
・初任研などの研修レポート類は削る。神経質になってしまう週案も削る。
 逆に言えば、これがネックで教師が首が回らない場合が多い。
・宿題や丸つけなどを極端に減じる。
 評価作業が大変になると思う人がいるけれども、実は荒れているクラスは「指導と評価の一体化」という目線で考えれば、「負担となる評価を下げると指導が焦点化されて」、その後にうまくいく素地が生まれる。
 『荒れている学級』→『指導強化』→『失敗や反発』→『評価の困難』→繰り返し
 この流れを変えるには、まず、『評価しない(少なくする)』が効果的だ。子どもと向き合って硬直することも減る。

 私の場合、以上のように、仕事に神経質に当たらなければならない機会を減らすことこそが、次の展開への下準備となると考えている。

(2)教育計画をいったん計画的に無視する。
・よほどのことがない限り、学校に登校してくる子どもは『学校に学びに来ている』前提は崩れない。
 子どものイメージする『学び』は、『教科書」『となりのクラスと同じ』に加えて『わかる・できる』が呼び覚ます『高まった実感』だと思う。これに『生活』の中の『関係性』と『安全性』が確保されていればジャストではないだろうか。
 だから、教科書を用いていながら、その内容をステップにしつつ、多様な『わかる・できる』楽しさを確保できる『活動(学習とは限らない)』をコーディネートできると、子ども達自身も規律を生み出しやすくなるだろう。
・その『活動』は、簡単なPA(プロジェクトアドベンチャー)を取り入れてもいいだろう。大縄でやるという『力わざ』の人がいてもいいだろう。
 でも、できれば、子ども達に『活動』を任せつつ、クラスの学びを呼び覚ますものにつながっていくといいと思う。だから、そう言った流れを理解するメンターに出会えるというのは、『その教師』にとって、とても安心になるだろう。(残念ながら、そう言ったことを知っている同僚がいないというのも現実問題だとは思う。)

・教育計画を無視して、そのようなことをして子どもが育つのか?次の学年で困らないのか?親が文句を言わないのか?といった言説がよくある。
 これについては、逆に、そう言ったことに不安になってしまったり、きちんと説明できなかったりする側の問題が大きいと思う。
 教師は教育のプロである所以は、『カリキュラムのプロ』と言うことだから、一見周りに道に見える状況だけれども、長い目で見たときに、ここで無駄になってしまう既存の計画を遂行するために無駄な労力を割いて失敗するよりも、新しいカリキュラムで当たることの方がよほど効率的であることを知った方がいい。

(3)校内体制をチェンジする。
・今やトップダウンの教育施策(暴策)に蝕まれた学校の体制では、現実的には立ちいかない。弱いところに歪みがいく。そこを叩いたり切り捨てたりしても改善なんて無理だ。
・逆に、そこを救い上げていく中で、こういった馬鹿馬鹿しい状況を打破していくべきだろう。教育現場の自主性(『自由=多様性』と『平和=安心』)を確保すべきだろう。

・『その教師』を支えるのは学校全体で行うべきであるし、そこに見通しのある計画性を持ち込むためには、ローカライズを厭わないことが大事だ。そこにいる人の個性を生かすべく体制は組まれるべきだ。そしてその物理的な余裕を確保するために、全員が協力すべきだろう。
 その学年に任せっぱなし、管理職に任せっぱなしにしない。
 特に後者は、『その教師』のやっていることに介入し、『その教師』の教師としての価値を下げてしまうか、もっと上位の教委に投げてしまい、更に解決を遠のかせることになる。教育センターから指導教師などを呼んできても、改善なんてしないことの方が多いし、毎回それでは非効率だ。

・教育のスタンダードにも大反対だ。UDも同様だ。
 『その教師』が必要なのはそんなものじゃない。どんな立ち位置でも、子どもを見ることを忘れないことだろう。今の多忙な現状は、その大切なことから剥ぎ取られているからなんじゃないだろうか。
 そこを完全に確保できる状況でこそ、UDなどは効果やその発展が見込めるだろう。
 『形から入ればうまくいく』のであれば、教師が人間である必要はないだろう。
(ちょっと一足飛びな話にしてしまったが…)

・『その教師』と共に学校が改善されるならば、当事者は『その教師』だけではなくなる。
 そういう同僚性を築くことを今の学校の困難を見つめて考えている。

土曜日、学びのWAでゴトーさんの話を聞いた。

ゴトーさんは面白い人だ。
どこに本気モードがあるのか、ちょっとわからないところがある。

でも、きっと自分に合う場所として、選択的に「学びをつくる会」へ来ている人であるから、学びのWAの話し手としては期待して、お願いしたものだった。
快諾してくれたこともあって、この日が来ることは結構楽しみにしていた。

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それとは別に、異動ということが、実は結構堪えるものだと最近感じていたところだった。

個人的には、これで5校目なので、初めての配属もカウントしてしまえば、新しい職員室というのは5回目になる。
(それ以前の講師先なども入れたらもっとだけれども…。)

正直言って、「今までの異動と、どこがどう違うのか?」を考えてばかりの2ヶ月弱ということになってしまった。

異動すると大変なのは、いつものペースで授業の準備ができないことは確かにある。
物の位置がわからないだけでなく、誰に聞けば最短なのかも探さなければならない。
同じ仕事をしているはずの現場なのに、自分で笑ってしまいそうになるくらい仕事の話が噛み合わない。

校風じゃないけれども、子どもの育ちの様子が違う。
時間の流れ方も違うので、様々なものに余裕がないと、滞ることが度々になる。

ただ、そういったことは、異動したての人間には、それなりに余裕が与えられていたし、わざわざ声をかけてくれる同僚もいたと思う。
(近年は、そういった余裕が現場になくなっているのではないか?と、学びのWAの後の交流会で相談に乗ってくれた岩辺さんが言っていた。そうかもしれない。かなり当たっている気がする。)

文科省や市区町村の教育委員会の施策などに翻弄されてきたかどうかも大きいのかもしれない。
以前は3年で異動というハイペースの中にいたので、それほど全体の変化を意識することがなかったのかもしれない。
今回は6年間終えての異動だからかもしれないが、教育活動上の感触が気持ちが悪いほど異なる。

現場は見えない諦観にやられ、アイヒマンのような雰囲気が漂っている気がする。

正直言って、大して話ができる人がいないのだけれども、以前なら、それなりに問題意識がある人がいて、噛み合わないまでも受容的な交流ができたような気がする。

何にしても、かなり精神的にはまいっているのか、ちょっと愚痴っぽくなりそうな自分をどう押さえたらいいのかと思っていた。
勢い、子どもとの関係についても、霧がかかったような感じで、うまくいかないことが増えている。

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実は、そんな内面を抱えていて、疲れた感じがしていたので、学びのWAに行くのも、ちょっとネガティブになっていた。

そこでゴトーさんの話だ。
やわらかな個性を発揮した子どもとの関係を聞くことができて、本当によかった。

話を聞きながら、やっぱり自分の中の筋を正さなければダメだということ、子どもとの関係と同じで、同僚性についても、自分の経験を振り返って、きちんと見通しを立てなければダメだということを思い出していた。

その後のグループ交流でも、元気な学生さんたちの話を受けたり返したりしていて、教師を目指す(していた)人ならば、こういう状況になってこそ、本当に拓かれようとする場面につながっていくのだと思った。
もうちょっと人を諦めないようにしないとね。

久々に隣同士になった I さんが、丁寧に自分の学年の話にてらし合わせての説明をしていた。
彼の話は少し戦略的な点が上手で、分かりやすくて構造的にまとまっていて、聞き手を意識できているので、そんな話し方のできない私にはとてもうらやましい。

彼は会のまとめの話も担っていたけれども、ゴトーさんの話を、
・「引き上げる」のではなく、「背中を見て、後から手を差し伸べつつ上げていく」というイメージと、
・「待つこと」の大切さという意味を
大きくクローズアップして終わっていた。
いいまとめだった。

私は下手な釣り人のように待つしかできないかもしれないけれども、明日からはもうちょっとやわらかい目線で教室に立ちたいと思った。
とても元気になる学びの会だった。

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夕方から、いつもの交流会になったのだけれども、今回のこっちはナカナカ落ち着かなかった。

ただ、帰りの最後の最後に、同じ町に住んでいる、もう一人のゴトーさんと長い立ち話をした。
彼の専門の話と、故鈴木和夫さんの話だった。

大抵、深酒をした時のことはうろ覚えなのだけれども、この時間のことは結構覚えている。
お互い熱くなってしまって長くなってしまった。
こういう話をたくさんしたかったということでもあったのかもしれない。

さらにまた、明日から頑張れそうだ。

いや、頑張っちゃいけない。勢い込むとろくなことがない。
いつもニュートラルモードでいたい。
「みどりを大切にする日なんだよ。」
という某校長の言葉に、なんとなく「?」を飛ばしながら聞いた。

なんでも疑問符をつければいいってもんじゃないけれど、そういうのが気になるっていうのは生きづらいことなのかもしれない。
でも、そういう性分は変えられないし、だからって楽しくないわけじゃない。
むしろ逆なことの方が多いと思っている。

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28日は現任校の歓送迎会、連休の中日の2日は出勤からの前任校の離任式、PTAの離任式、歓送迎会・・・。
飲み会になるわけで、その後の消耗状況は半端なくて、寝込みたいのだけれども、それでも家族サービスもあって、人ごみに向かう連休。

そういえば、その前の土日は「学びをつくる会」と「バンド練習」
平日は家庭訪問や通級の先生との折衝などなど、「人当たり」と言っていい消耗になってしまっても仕方がなかったのかもしれない。

ようやく今日になって家に引きこもれた気がする。

でも、ここまで「人当たり負け」する人だったっけ?オレ?

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この間、いくつかの演説会やデモ、学習会などがあったけれど、とても行く気になれず、リフレッシュの機会を伺っては下を向く毎日だった。

自転車通勤で読書時間を奪われているのもジワジワ効いてきた。
「ああ、本が読みたい。(読む気力体力余裕が欲しい)」

でも、その前に、この状況を愚痴って捨てたい。

ついでに言い捨ててしまおう。

バンド練習が終わって、弦交換したばかりで、切り残っていた弦の端の部分を、スタジオの修理スペースに置いてあったニッパーを失敬して切っていた。
ところが、薄暗いのと目の疲れで、うっかり2弦を切ってしまった。
最近、安物弦の質が気になるくらいには腕前が上がってきたので、高い弦だったからショックだった。
こういうちょっとしたダメージが溜まると今みたいな精神状況になるのだと、つくづく思っている。

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さあ、書き捨ての文だったから、これでおしまいにしよう。
今日の残り時間と明日をのんびり過ごそう。
明後日は出勤。(しかも明後日の土曜日も学校公開という無駄が待っている。)
切り替えて頑張ろう。

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「じゃあ、学習したり、いろいろな活動をしたりする、そんなあなたのように思考し、活動しないとダメなの?」
「私のような程度ではダメなの?そこまでやったところで、それが解答というわけではないでしょう?」
そういう言葉によく出会う。

私の批判の言葉を詫びたくなる瞬間だけれども、それでも、そうせざるを得ない状況や人を理解することぐらいはして欲しいものだと思う。
できれば励まして欲しいものだとも。
もっといえば、一緒に悩み、学習し、活動して欲しいものだと思う。

さらには、その言葉の矛先を自分に向けて欲しいものだ。
疑問符をつけるのであれば、その疑問を考えて揺れてきた人に対して、攻撃的な投げかけで迫るのは、無駄だからやめて欲しい。
問題は、その問題意識を自分のものにすることから始まるということだから。

何もなくて「みどりの日」ではないけれど、「みどりを大切にしましょう」ということが表の意味でもいいけれど、何が関与し、どのような経緯であるのかという裏の意味を横目で見ることは大事だよと。
「表だけじゃダメなの?」っていう人はいてもいいけれど、人に教えるのであれば、裏も知っていないと「ダメ」と言われるのは仕方がないんじゃないだろうか?ということ。
そして、そのことについて「指摘した側」に疑問符を投げるのではなく、事実を自らが問いかける主体性を失わないようにしたいと願う人で共にありたいということ。

面倒くさい人間だけどね。
それが楽しいとも思うんだよね。

歓送迎会で言ったことを以下に・・・

酒席のことだから
いつも酔いに任せて話すから
昨日のことでもちょっと覚えに自信がないけれど・・・

昨年度、一緒だったスタッフにありがとう
そして、特に、若い二人のこれからをよろしくたのみます

ふりかえれば困難な現場だったこと
でも、よくなるための少し変化のために、お手伝いができたという実感があること
その渦中を共にした仲間に、いろいろ違いはあったけれど、今は共感と感謝を述べたいこと

教育現場が難しくなる中、6年間満期で居ることができたことは、同僚や子どもに感謝していること
ただ、やり残したこともたくさんあったとも感じていること
けれど、それは、そのこと自体が問題であることはなかなか伝わらない・・・いや、これはあえて省いたかも

そういうことを述べたつもりだ

ただ、伝わったかどうかは自信がない

今は、新しいメンツで頑張ってほしい

以上
思えば今週、ずっとどっか調子が悪かった気がする。
帰り道、ずっと寒かった。

昨日の学年練習(6年生を送る会)がとどめだった。
ずっと寒気が抜けず、鼻水が止まらなくなっていた。

インフルエンザか?
とも思ったけれど、じわじわくるこの感じ、普通に「鼻にくる風邪」のようだ。
どーりで熱もたいして上がらないみたいだ。
(怖くて計れないだけだけれども…)

素人推量もいいところだ。

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今日は月一回になってしまった土曜公開授業日。
こういうタイミングは非常にキビシイ。

今朝はベットから体を引き剥がして出勤。
案の定、昼にはダウン。
若い人たちに情けない姿を疎ましがられつつ、帰って来た。

そりゃそうだろう。
こんなデカイ奴が倒れたら変だし、面倒だ。

今週は何もできずに寝込むことになりそうだ・・・。
忙しいというときに、これだ!
インフルエンザじゃないだろうから、その点は不幸中の幸いか?!
(まだいうか、この素人…)

来週は保護者会。
再来週はまた土曜公開。
(これをやらせる教育行政側って馬鹿なんじゃないの?)

はあぁ…。
今年の活動方針

(1)教育研究・学習活動
 昨年よりも活動を減らし、支出を減らす予定。
 読書量を増やし、実践記録を大切にする。比較的ドメスティックな活動を重視する。
 研究団体との関わり合いも、運営側で自分をすり減らすことについて、慎重に検討して活動する。
(少なくとも、体育同志会の方は、活動を休む。)
 教科研や民研に関わるかどうかは、しばらく様子を見ながら検討する。

(2)バンド活動
 昨年並みの活動をする。
 昨年できなかったので、個人の練習量を増やす。

(3)仕事
 異動する予定なので、心機一転する部分を活かすのと、今までやりやすかった活動がしにくくなる部分への調整をしっかりしたい。
 授業記録については、もっとITメディアの利用を考えたい。
1月
第2回公開支部大会「じゃまサッカー」を開けて意気揚々。
その後の、学びをつくる会の大集会は村越さんが来てくれたにもかかわらず、叔父の見舞いで行けず。
月末は、勝田研で、私が誘って「石井レポート」をやってもらった。

とにかく研究・学習、そして拡大の1年にという想いを強くいだいて始まった1年だった。

2月
夏の東京支部大会のために、4人で準備委員会を開く。
立川のルノワールは、思い出深い場所になった。

校内研のESDの発表は、永田先生の講演が良かった。
身のある研修が、最後だけだったけれども、逆に、ESDの困難さが実感できた。

体育同志会東京支部内で、荒木豊さんの話を聞く。
平田さんの司会ぶりも効果的で、伊藤さんの発言でとても深い示唆を得ることができた。
再々度「学習集団、生活集団、民主的な集団」を考えさせられた。

学びをつくる会/学びのWAでは、新採さん、若手さんのための企画「はじめのいっぽ」が大盛況のうち終わった。
渡辺克哉さんの話がまとまって聞けて、個人的にも大満足だった。
やっぱり「子ども理解」ありきだよ、教育はと。

3月
三二さんが学生さんなどを連れて教室訪問。
これからも継続していきたい。

塩崎さんの集団づくり研「春を呼ぶ学習会」へ参加。
全生研への興味再び。

大好きなアコギプレイヤー「ジョン・レンボーン氏」が亡くなった。
思わず手習いの曲を何日か繰り返し弾いていた。

4月
準備期間3日間の事故が起こりそうな新学期開始。

夏の支部大会実行員会が立ち上がる。
ここいら辺からとても疲れてくる。
特に、支部例会の「マット」は気疲れして、次の日は身動きできなくなるほどだった。
バンド活動も活発になってくる。
夏のピカロックの実行委員会へ参加。
国分寺市議選で、応援している政党が躍進。

気持ちと体が乖離していくような感じが抜けなくなってきていた。

5月
校内事情がよくない。
シメる指導に戻ってはならない。
ただ、制度的に苦しいのだけれども、そこを苦しいからと手を携える協同関係ではなく、毅然と乗り越えることに目的化する雰囲気に当たり、やるせない気持ちが膨らむ。

毎日が忙しい、土日がもっと忙しい、休んでいないし、自分へのインプットよりも、気遣いやアウトプットが多い。
タフさが失われつつある中、口癖は、「大丈夫、俺って天才だから。」だった。
壊れる寸前を感じていた。

6月
複数の学習会、バンドライブ、移動教室、叔父の見舞い、その他の付き合いがルーティン化できないくらい混み合ってきて、バッティングしないようにすることだけに集中していた。
一緒に飲んでくれるという誘いさえ、実は厳しいと感じているほど疲弊仕切っていた。
そういうことを表に出せないということも大きなストレスだった。

7月
最後っ屁の状況。
東京支部大会直前のバタバタ。

8月
これが夏休みかというほどのスケジュール。
それでもなんとかいろいろを終える。

でも、仲間との関係がギクシャク。

9月
もっとも重かった体育同志会の活動を封印することにした。

年末までの天王山を「近江八幡の全国交流研」にしぼり、ルーティンは「学びをつくる会」のみと考えた。

雑誌「教育」の12月号の原稿執筆と12月の「みちのえき」、それから「都留文科大学で学生に語ること」というエキセントリックな体験は、無理してでもやろうと思った。
でも、それ以外は、できるだけ避けようと決めていた。

9月~10月にかけての執筆活動では、原稿担当の山本さんとのやりとりがとても有意義だった。

10月
校内事情で大ショックが起こる。
その対応に追われて11月までいろいろなものを引きずる結果になった。

11月
なんといっても「交流研」!
この素晴らしい体験。
今年の1番になってしまうインパクト。
もちろん、いろいろ収拾がついていないのだけれども、それら全てが「継続」という深みへ向かうという期待が残った。

体調不良が続く。
咳が止まらない。
だるさが止まらない。
無理し続けるしかない事情。

12月
都留行きの直前に倒れる。
肺炎になりかけていた。
高熱とだるさと咳・・・。

学生と教育を読む会に勇気と希望をもらう。

桃二会場でやれるのは最後になる「学びをつくる会」では、西田くんの話。
(学びをつくる会はまだまだ続きます。お間違えのないように。)
前回の山口さんの話とともに、近年で一番印象に残るものとなった。

なんとか期末処理が締め切り後に終わり、冬休み。
「みちのえき」という、スポンテニアスな学習会に参加。
どこかでテキスト化しようと、少しずつ書いているが、とにかくこの学習会の意味づけに関しては、おそらく民間研的な動きでは、この10年の大成果だと信じている。
今後も、自分の内外で発展、協力していきたい。

身体が治りきらない。
体力がガタ落ちで、起きているのがきつい。
教室でも座ってしまうことが増えた。

来年は異動の年だ。
いろいろ手を抜かせてもらって、体力増強に努めたい。
そうでないと早死にしてしまいそうだ。
身体があってこその研究であるし、健康な研究あっての教育実践だと思う。
いい意味で休みの多い1年にしたい。

以下、うだうだ書きます。

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とあるトラブルでヒラから学年主任になり、その他のこともあってたいへん忙しくなり、ブログもFB記事もろくに書けない日が続いていました。

でも、今日は学びをつくる会の日。
午前中は少しゆっくりして、体力を温存して臨みます。

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学年会で隣の先生方に、今、自分がやっている授業について、ビデオやワークシートなどを用いて説明しました。

ふと、熱が入って、
「・・・実は、こういう実践をやっても、次の学年でガクッとレベルを下げてくれたりすると、残念って思うのです。せめて、普通にやってほしいっていう願いはあるのですが・・・。まあ、仕方のないことだとも思っています。」
と、ぼやき混じりの言葉を吐いてしまいました。

でも、それを、
「私も努力しますから、元気出していきましょう。」
なんて、前向きに受け止めてくれることは、あまりないですね。

確かに、私の実践はマニアックなレベルからのものです。
でも、せめて教育観くらいは擦り合わせていきたいもの。
子どもを見守り、育む存在として、「貶めるような実践でいいよ」ということに対しては敏感であってほしいものだと思っています。

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私が民間教育研究団体に所属して頑張っているのは、結局はそういったことへの対向として、自分を保持したいからなのかもしれません。

自分の中にある諦観を前向きに捉え、せめて自分のやっている活動の意味づけは自分に返していきたいです。
「そこにある望み」として。

そうであれば欲張る必要もないし、他者のありようも気にする必要もないと思います。
(もちろん、自分の問題意識や必要な怒りは失わないことが前提なのですが・・・)

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こういう風に考えるところが「実存主義的」っていわれる部分なのかな?

でも、少し異なる問題意識をもつ人や、多様な世代の人に出会っていくこと、深い研究に触れていくことは、やっぱり自分にとって必要なことでなければならないとは思う。
そういう私事が、実は先につながっていると信じているから、まずは小さいことからやってみようという意欲がわくのだと思っている。
6年目になる現場だが、特段の理由もなければそこまででオシマイ。
来年度は異動先になる。

まだ年度途中なのだが、ふと秋風が吹いて、そういえばこの間の運動会は、ここでの最後の機会だったんだと思い出した。

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一昨年度に特にお願いして、昨年度よりウチの現場で開いてもらえるようにした「自然科学教育研究所」(内実は科教協)の例会が、昨日(24日)で終わった。
もう、ここでのプログラムはない。

2年間という短い期間だったけれども、その前から例会に参加していたし、これからもそうなるだろう。
そういった意味では何も変わらない。
でも、この場所で開き続けた自分の中の意味は一区切りする。

今、そこにとても個人的な意味を見て、少し感傷的になっている。

こうやって会場として下支えしてきて、別な角度から科教協やそこに所属する人との関係が深まったし、それはとても心地よいものだった。
学びの内容も、慌ただしく動いていて、ちょっともったいない瞬間もあったけれども、逆にそこが印象に残る特別なものにも感じている。

ひとりの参加者だけれども、他の参加者との関わりも、ちょっと違った風だった。
昨日は、門の前で参加者を迎えていて、参加者からお辞儀と挨拶をたくさんもらっていたのも、変わってきた関係だと思う。

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これ以外にも、この現場に呼び込んだ研究会は多くある。

まずは私自身が体育同志会の人間であり、会議や学習会ももったことがある。

呼び込んだものではないけれど、校内研では「一読総合法」を幾度か取り上げた。
これは文教連の人から学んだことだ。

同僚を「仮説社」へ誘い、「小さな学びの場」の会場にも使ってもらったこともある。
本質研からも会場の要請を受けた(が、2度とも断った。)こともある。

私が行ったものではないけれど、ファシリテーションの講師が来たり、人間の歴史の授業を創る会の人が出前授業を見ることもできた。

何より大きいのは、「学びをつくる会/学びのWA」だ。
もう、3年くらい、ここでの例会が続いている。
出会いと関係の深まりがあって、今やここでの私の一番の会だ。
例会の中身以上に自分の中では「学び」になっている。

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これらは「ひとり民教連」と揶揄されても、やり遂げたかった。
(いや、そう言われて、逆に「自分らしい」と思えて嬉しかったコトバだった。)
自分の道を歩みたいから。

今、現場には残せなかったけれど、自然科学教育研究所の例会会場をやれて良かったと実感している。
学びをつくる会/学びのWAの例会も、年内にあと残すところ3回となった。

10月31日(土)学びのWA
 山田将司さんの「つながりを大切にして大きく成長できる!」
11月28日(土)学びをつくる会学習会 
  山口貴子さんの「小さな感動を力に~私の教室実践」
12月19日(土)学びをつくる会学習会 
 西田佳さんの「学びは旅、子どもと生きる」

全て桃井第二小学校会場。
会場担当は私。
学びをつくる会はなくならないけれど、この会場はなくなるから、せめてその最後までがんばりたい。
そんな気持ちでいっぱいだ。

ちなみにようやく現場内で継続的に参加してくれる人が現れてくれて、少しだけ会場の手伝いをしてくれそう。
(ホント大感謝だ。)

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ちなみに1月は、30日(土)に、年に1度の池袋の豊島産業ブラザで大集会。
2月20日(土):次年度新規採用者、1~2年目中心の学びのWA「はじめの一歩」。
こちらは会場が桃井第二小学校です。
「ダンボール走」という実践がある。
早い話が、ミニハードルを用いたリズム走だ。

ちなみにミニハードルの写真は下。
ミニハードル

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ちなみに、「ダンボール走」の「ダンボール」の所以は、そのミニハードルの代わりに手製のハードルを用いていたからだ。

以前は、学校ならどこにでもあるB4やA4のコピー用紙が入っているダンボール箱を、だいたい斜め切りににしたものを用いていた。

でも、風に弱く、動いてしまいやすいので、園芸ポッドを入れるカゴにしてみたところ、そういった問題が解消した。
これは体育同志会の多摩サークルで教わったことだ。

都下とはいえ、区部と市部では使える予算に大きな格差がある。

学校に出入りしている園芸屋さんなどから、タダでもらって貯めておいて、よく使ったものだ。
ポット入れカゴ

これは本当によい教具になった。
風で飛ばないし、子どもが踏んでも相当壊れにくかった。
(日向で数年使うと、紫外線の影響なのか、経年劣化なのか、割れることもあった。)

リズム走に必要なのは、ハードル的な高さではなく、少しの高さと歩幅(ストライド)が出る形状のものだと思う。

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今は、予算が比較的潤沢な杉並区にいるので、ミニハードルは揃っていた。
(ただ、20台しかないので、現時点では少し足りない感じだ。)

3年生なので、ハードル走の技術を教えるよりは、走りのリズム感を掴む体験的な学習が向いている。
「走る」運動だけでないけれど、3年生くらいまでの子どもは、自分の運動の再現性に乏しい発達段階にあるからだ。

だから、子どもたちには、
「走るのが早くなるのを感じるように運動してみよう。」
という投げかけでスタートする。

ただ、フォーム矯正的なことをするのではなく、リズムをとり、四肢の動かし方の体感を得て、さらには走る体験を増やす中で、体力を向上させたいので、そういった運動についての学びをつくっていく。

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第1時:
・直線コースの取り方を知り、準備に関わって、コースの様子を知る。
・今回、20個のミニハードルだったので、4チームにした。ちょうど運動会の赤白と男女で4チームできた。1チーム6~8人。よって、コースも4つ。
・1回程度、全速力で直線コースを走ってみる。
・次に、ミニハードルを任意でおいたときの、自分の中の走りやすさの変化(足の動かしやすさの変化、スピードの変化、歩幅の変化などをキーワードにする)を実感する。
・ミニハードルの置き方は、チーム内で、持ち回りでアイデアを出し、だれだれのアイデアのコースと銘打って走る。私は、どんなコース?どんな走りになりそう?などと訊いて回って意識付けをした。
・事前に各チームのスタート感覚や、倒れたハードルの調整など、細かい安全面の指示を出しておいた。

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子どもを集めて感想を交流した。
子どもの歩幅で4~5歩程度の等間隔で置かれているのがよいようだと気づく発言が複数出ることになった。
また、スタート直前に置かれていると、出だしでダッシュが効かないのでよくないという声もあがった。

それらを元に、理想的なコースと銘打って、スタート位置から10~15mほど離れた位置から、等間隔で5つ置いたコースを作って見せた。
最後に子どもらに走らせ、「確かにいい感じ」と納得してもらった。

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課題:
共通理解できたものの、既成のハードル走を見た経験のある子どもたちなので、本当に等間隔でいいのか実感できたかは不確かなところがある。刷り込まれた運動文化は、後々の学習において、足かせになることもあるので、注意が必要だと感じた。