最近なんだかすごく楽しい妄想をしてしまうので、そのうち頭がおかしくなって、妄想と現実の区別がつかなくなったらどうしよう、と不安になったりしている。

親友が15年くらい前にそういう状態になったのを間近で見ていたがゆえに、こんな心配をしてしまうのかも。

楽しいことを想像するのは悪くないけど、そんなことばかり考えてしまうのは、自分で思っているよりも現実に疲れてしまっているのかな。

自分をもっとヨシヨシしとこう。

時々マンガをまとめていろいろレンタルしてきて読むんだけど、雨の日の夕方に子どもたちを連れて久しぶりに借りに行ってきた。

 

そういうときは読んだことなくても面白そうなのは借りてくる。で、今回もてきとうに借りてきた。その中の1冊を読んでいたら、たかがマンガのセリフなのに気持ちをゆさぶられすぎてびっくりした。

 

びっくりして、最初見たときはつい目をそらした。そのあと少ししてちゃんと読んだら涙が出た。泣いてから、そういえば最近バタバタして泣いてなかったなと思った。翌日の朝にもまたそこを読んで、読んだらやっぱり涙が出た。

 

でも、自分がどうしてそれを読んで涙が出たのかがよくわからなくて、今じっくり考えているところ。

 

私は今の状態を自分で選択したけど、まだ不安がいっぱいあるんだろう。そして、まだ少しだけ、自分の選択に自信が持てないのかもしれない。果たしてこれでよかったのか…。この選択が本当に正しかった、ああしてよかったと思えるような人生にしたい。

 

マンガのセリフもメモっておこ。

 

 



私のすべては私が決めたこと。
後悔も反省も私のもの。

だれのせいでもない決めたのは私。

私は私が選びとった私だけのもの。

今朝も、3年生が学校に行きたくないと。
どうしたものかと考えながら出社の用意をしていて、よし!少し遅刻しても学校に送っていくから行こう!と声をかけたら、夫から、「俺が会社に連れていくからいい。休ませる」とと言われた。

ひとりで決めずに俺にも相談しろと、泣いて謝ってもまだ文句言い続ける勢いで私を責めたひとが、それ勝手に決めて、私に学校への電話はしておけ、と。

本人なりに子どもを心配してのことなのは承知してるので、わかった、とだけ言ったけど、イヤな気持ちになってる自分がいる。怒ってる気はしなかったんだけど、自分の気持ちを掘り下げていくと、どうやら私は怒っている。

あ!すごく怒ってるんだ!自分!

子どものことは相談していこうと言った本人がひとりで勝手に決めてることがイヤ。子どものために私がしてあげられないことを夫がしてるのがイヤ。夫と子どものつながりが強くなるのがイヤ。もしかしたら今更離婚したくないとか言い出すんじゃないかと考えると、その利己的な考え方がイヤ。夫の無意識は結婚を継続したくなっていて、子どもの気持ちをそれに利用してるんじゃないかと思ったり。自分のさみしさを埋めるのに子どもを利用してるような気がしてイヤ。

ただの想像。どれが本当かわからないし、全部私の思い違いかも。でもそういう想像が浮かんで嫌悪感を感じるのは、私自身が無意識に、自分のさみしさを埋めるために子どもに依存しているところがあるんだろう。鏡だと思えばつまりそういうこと。

子どもは、最終的に、自分で生きていく力をつけてもらえればそれで良いのだから、今回の出来事も良い経験だろう。学校に行きたくない自分のために、お父さんが会社に一緒に連れてってくれたというのは、悪い記憶ではないはず。

良い面を見よう。怒ってもいいけど、時間は別のことに使いたい。
今は日々仕事のことを考えている。
まず収入を安定させないといけないけど、短期的に見るのではなく、長期的に考えていかないといけない。

今ならこれだけど、でも…など、迷うことがたくさんある。そんな中で私が、何かを決めるときの基準にしているのはなんだろうと改めて考えてみた。

それは一言で言うと、「今現在よりも良くなるかどうか」。今年決めてきたことのすべてに当てはまるのはこれだな。たまには少しくらい悪くなっても…とは、今は思わない。欲張りで行こう。すべて、今よりも良くなる選択をする。

少しくらい悪くなってもいいか、と思うタイミングも来るかもしれないけど、とりあえず今は、良くなる選択しかしない。

そう考えたら仕事も、今よりも良くなる選択をする。良くしていこう。少しずつでも。

自分の人生に集中しなくちゃ!と思っていたのだけど、そう思いつつも、夫に言われることとか夫の行動が気になってしまったりして、自分の感情に振り回されることが多かった。今でもフとした無意識にひっぱられて、どうでも良いことを思ってしまったりすることはたくさんあるのだけど、だんだんと何か違ってきたなぁと思う。

時々自分の感情を確かめてきた。離婚することを決めた後でも、もしも夫が離婚前にまた女性と親密になることがあったらどうだろうと考えると、イヤな気持ちになっていた。倫理的にイヤなんだろうけど、嫉妬もあるんだろうなと思っていた。

でも昨日、例えば夫が帰ってこない今夜、女性といたらどうだろうと考えてみたら、うんまぁそういうこともあるよねー、と思った。笑
女性と仲良くなっちゃうのは彼の人生にそういうことが必要だったんだろう。そしてそれは、私にとっても、「自分の伴侶が自分以外の女性と仲良くなる」という状態がなんらかのかたちで必要だったんだと思う。それはすごくイヤな気持ちがして本当につらいことだったけど、起きたことにはすべて意味があって、未来につながるんだろう。

バイトの片方をやめることになったこと、ちょうど良いタイミングだったんだなと思う。何にちょうど良いのか具体的にはよくわからないんだけど。笑 これもまた、必要なことだったんだなと思う。

続けているほうのバイト先のひとに、世間話の延長で、もう片方のバイトをやめる話をしてしまった。これを機に週5の仕事をさがしているのが事実なので、できれば誠実に、早めに伝えておきたいというのはあったんだけど、でも今続けているバイトはできれば今後も続けたいという思いもあって、どうも自分が煮え切らなくて伝えられなかった。今後のことを迷っていることを伝えたことで、もしも続ける予定だったほうのバイトもやめることになるのなら、それはそれで新しいほうにどんどん進むべきなんだろうけど、その判断をゆだねるのは違うかな。まぁ流れというのも大事だから、いっか。

本当に今年はめまぐるしいな。本来なら何年もかけてやってくるような出来事がみんないっぺんに起きている。私が自分というものに鈍感でいたから、流れをせき止めていたような気がする。今すごい勢いで流れ始めていることを止めてはいけない気がする。例えまだまだ変化が続くとしても、今はこの流れにのってどんどん進むことにする。