子どもの問題も自分の問題。
自分の子どもなんだから、なんていう話ではなくて、親子というのはこころとか魂とか精神みたいなものがつながってるところがあるのだと思うのだけど、そういう意味で、子どもに起きている問題が子ども自身の問題というよりも親の問題というときがあると思う。もちろんすべてではなくて、本人が乗り越えるべき問題もたくさんあるけど。

3年生の我が子は、春からあんまり学校に行きたがらない。朝は気が重そうにしていて、学校いやだなーという言葉も出ていた。夏休み前にはカウンセリングの先生とお話したりも。夏休みに私と夫から離婚の話をしたときも反応は薄く、上の子は泣いてしまったりしたのに対して、3年生は平気そうにしていた。

そして2学期が始まり、1学期よりも強い登校拒否が始まった。毎日朝学校まで夫か私がつきそうかたちで、昨日今日は学校の中まで連れていき、今日は30分くらい先生ともお話してきた。本人からはっきりとした気持ちの表現は出てこない。でも怒りとか悲しみとか嫌悪とかは出てくる。

心配には思っている。でも、これは子どもの問題というよりも私の人生に付随することだなという気がしている。だから私がなんとかしないと…という思いもあるけど、逆に考えると、私の人生と関わって出てきた出来事であるならば、私の対応や在り方次第で方向を変えることができるのだという気がする。子どもをなんとかするのではなく、子どもに何かをさせるのでもなく、ただ、私が自分の人生と向き合って、自分というものをきちんととらえてひずみができている部分を正すと、子どもの気持ちをらくにすることができる気がする。

その解決は、他の子と同じようになるのとは違うかたちになるかもしれないけど、今問題なのは、子どもが苦しんでいるということ。苦しむことをただなくすことに意味はない。どういうかたちかはわからないけど、ここを乗り越える力をつけてもらうというのが理想の結果なのだと思う。

9月いっぱいでバイトの片方をやめることになっていて、求職活動はしてるけど、もしかしたら10月から少しの間、子どものために時間を使って子どものことを考えるという流れになっているのかもなぁという気もする。とは言っても仕事さがしの手をゆるめる気はまったくないのだけど。

私に浮気の話を告白したときにはもう清算することを決めていたらしい。

でもそれは別に私のためではなく、いろいろあって清算しないわけにはいかなかったから。だから、その後の夫の気持ちについては私にはわからない。

今どうなっているのかもわからない。おそらくもう終わっているのだろうと思うけど、終わっていたとしても終わっていないとしても、今はもう私が口をだすことではないと思っている。

それでも時々、思い出してイヤな気持ちになることがある。ああイヤだな、と思う。結婚を解消する前にそういうことをするひとだとは思っていなかったから、ああ、イヤだな。

でも当時のような苦しさはもうない。

これは自分の中の、自分を励ましたい自分が、夫のイヤなところを思い出させて、離婚を後悔せずに済むようにしてくれてるような気がして、ありがとうと思う。

ありがとう。

でももういいよ。
憎みたくなることもあるけど、憎んでも何も良くはならないから、もういいよ。自分。

自分の中にもいろんな自分がいて、いろんな気持ちがあるけど、どれも本当の気持ち。混乱するときもあるけど、自分と仲良く生きていきたい。
時々、ふいに素晴らしいアイデアが浮かんだみたいになって、ああこれを夫に話せば私の気持ちをわかってもらえるかもしれない!と思うことがあった。

どうして今まで思い浮かばなかったんだろう。この気持ちを伝えたらきっとわかってもらえる。少なくとも今までよりは少しマシになるに違いない。少しだけでも優しくしてもらえるに違いない。

そんなふうに思って、夫にその時浮かんだことを伝える。

でも状況は少しも変わらず、何も良くはならなくてガッカリする。

その度に私は悲しんでいたけど、今は、その思考回路自体がおかしかったのかなと思う。

何かを伝えようとも、何をしようとも、他人は私のために変わらない。そんなことは知っていたはずなのに、無意識に私は期待していたんだと思う。

他人は変わらないのが当たり前。
変えられるとしたら自分自身だけ。
そして、他人が変わることがあるとしたら、それはその本人が変わりたくて変わっただけ。他人がかわることと、私の気持ちは関係ない。

そういうことを、以前よりも理解できてきた気がする。
離婚するし働かないと、という気持ちはもちろんあるけど、仕事を楽しみたいと思っている。楽しい仕事がしたいし、今までやらなかったことをしたいし、新しいことを学びたい。

つまり仕事に対してかなり前向きに楽しんでいる状態。

でも、結婚している間に何度も夫から「お金稼いでほしい、働いてほしい」と言われても、何もできなかった。子どもたちが小さかったというのもあるけど、私はたぶん、無意識に夫の望みを叶えるのが嫌で嫌で仕方なかったんだなと、最近になってわかってきた。

何かの仕返しなのかな。
言葉と態度でたくさん傷つけられた仕返しに、おまえの言うことなんて絶対にきかないぞ!っていう気持ちがあったのかな。

今、仕事が楽しい。働いて、自分にできることをひとに示して、お役に立てることがあるとうれしい。この楽しさを私は知っていたはずなのに、それでもやらなかったのは、いったいどれだけの仕返しだろう。

仕返しのために自分を不幸にしていたのかもと思うと、無意識ってホントにこわい。

先日のアイアイで、自分のほとんどが無意識、とかそんな話が出たんだけど、まさにそれだなと思う。
前にも同じことを書いたけど、離婚するというのに、夫がまだ、「おれの話をちゃんと聞いてない」とか言っている。

いやいやいや〜、離婚後に向けて仕事のスキルアップを考え、今夜も今まで勉強してたんで、明日もあるんでもう寝たいから寝るんだよ、と心で思いつつ、「……」となる。

最近になってふわっとわかってきた。
わたしは夫に腹を立てているところもあるし、嫌いなところもある。

でも、過去に、働いてほしいとぐちぐち言われてもがんばれなかったり、望まれるように話を聞けなかったりするのは、私の意思なんだと思う。結局のところ、「ムカつくから言うこときかない」っていうのがこころの中にあるんだろう。

「普段から私にばかり八つ当たりして、ムカつくから望まれたことなどやるもんか」という気持ちがあるんだろう。

そして、それと同じ気持ちが夫の中にもあって、だから私たちは寄り添えないんだろう。この寄り添えない状態を打開するのが、良妻賢母的な考え方なのかもしれないけど、結局私は、良妻賢母としてがんばるよりは、自分で生きることを選択した。

選択したからこそ、今はやっと、少し外側から見えてきたものがあると思う。