夫を排除したい気持ちは、仕返しなんだな。
自分がたくさん傷つけられたから、相手を傷つけてやりたい気持ちだな。

まだ離婚を決める前に、どうにかして夫婦関係を修復しようとしてた時、相談してた友達から「だんなさんに対して全面的に負けをみとめることはできる?」って聞かれて、できるよ言えるよ、って答えたけど、確かに言葉で負けをみとめることはできるけど、たぶん私はずっとこころの中では、夫が悪い夫が負けるべきだと思ってきたんだろう。

私を傷つけた夫が悪い。
罰を受けないなんておかしい。

今、自分の人生を生きて、これから子どもたちと自分を幸せにするために時間を使いたいのに、それでも尚、仕返しや恨みや憎しみのために気持ちの一部が使われているというムダ。

所有するものを手放すということは、そこに新たなスペースができるということ。仕返しや恨みや憎しみのスペースをあけて、楽しいことや面白いことを受け入れるスペースをつくりたい。

自分で決めたら手放せるのかな。まだやり方がよくわからないけど、仕返しも恨みも憎しみも、手放したい。
予定では来月のはじめに届けを出す。
そしたら婚姻関係は解消。
その後は必要な手続きをする。

が、子どもが登校拒否してることもあり、子どもたちの負担を減らすため、別居のほうはあまり進んでいない。それが私はすごくイヤみたい。

怒りはあまり感じていないけど、夫のために何かをするのがイヤなんだな、たぶん。
当たり前のように私に何かをさせる夫がイヤ。

ここで少しだけ客観視。
当たり前のように家事などをやらせてる。というのは私の解釈なんだよな。本人は当たり前とは思っていないのかも。それなのに私がムカついているだけかも。このムカムカを手放そう。

生活のうえで、何かを良くしようとしたり、やろうとすることをことごとく否定されてきた感じがする。それがひっかかっているのかな。

不満はなんだろう。
イヤだったことは。

生活にお金がかかりすぎると怒られたことが何度かあるけど、思い返してもムダなものは買ってないし、外食や出前も少ない。私から見れば、むしろ、ゲーム機など新しいものが出たらすぐ買うのは夫だし、子どもの自転車など同じサイズのものを買ったりしてムダが出るようにしてるのは夫。車は維持費がかかると何度も言ったけど、どうしてもマイカーがないとと言って購入したのも夫。反対すればずっと文句を言われて、ことあるごとにぶつぶつ言われるのがつらく、結局車買っても、習い事の送り迎えと帰省と、たまーにお出かけするだけ。ここ半年くらいはお出かけもしていない。それなのに月あたり何万円も車のために払っている計算になる。

本人はお金が出ていくことにイライラして、私が協力しないと怒っていたけど、私の意見を聞いてはくれなかった。意見を言うなら、仕事みたいにデータをまとめて提示しなくてはいけなかったのかな。

意見を聞いてもらえないのがつらかった。
勝手に決められるのがいやだった。
同意しないと怒るのが意味不明だった。
とにかく大きな声でキレられるのがいやだった。

私がこれだけイヤだと思うことは、相手に対して自分がしていたことかも。私は大声でキレたりはしないけど。


私は夫を排除したい。
この気持ちはなんだろう。その後ろにどういう思いがあるのかが自分で見えてこなくてもやもやする。

離婚話でも夫婦問題でもないところで聞いた「現状維持バイアス」という言葉が、離婚を決めるまでの自分の状態を表すのにちょうど良い気がしたのでメモしておく。

人間は本来変化を嫌うものなので、状況が大きく変わることを恐れる。そして無意識に、変わらないための理由を探す。

私の場合なら、結婚の状態を維持するために、自分の本音を見ないようにして、本当は幸せでありたいだけなのに、夫が好きだとか子どものためだとか(あ、夫のこと嫌いって話じゃなくてね。10年以上一緒にいたし、それなりに仲間意識あります。笑)離婚に至らないことが正しく、またそれが自分の本意だと思い込んだんだろう。

生きていくうえで、ムダを少なく、効率よく学んでスキルを上げて、自分を大事にする時間や子どもたちとイチャイチャする時間も確保していくためには、時にやり方を大きく変えないといけない。

そのときに、現状維持バイアスがかかって思考がジャマされちゃうのはもったいない。とりあえずはそういうバイアスが存在していて、しかもそいつは結構強いということを知っておくことが、生きていくことを少しスムーズにしてくれると思う。
先日、機嫌が悪い夫と戦わないように静かにしていたら、壁とか洗濯機が八つ当たりされてる音が聞こえた。笑
子どもたち急いで寝かせて良かった。

本人なりにがんばって、矛先がこちらに向かないようにしたのかもしれない。離婚を決めてからはそういう部分もがんばってくれていることが多いように思う。もっと早く離婚を決めておけば良かったのかな。

お互いに優しくなれないし、相手の要望は満たしたくないなんて、まるで憎みあってるみたいな結婚生活だったな。

それでも、私の人生には必要な結婚生活だった。

夫は、結婚前にあれをしていたら、とか、あのときにああしていたら、とか言って、その自分の意見に同意しない私にイライラしてたけど、私にとっては私たちが違う意見を持っていたり望むことが違ったりすることまで含めて学びだったと思っているので、違うふうにしたら良かったとは思わない。

だいたいの場合、私は、今が一番良いと思って生きているので。
夫の機嫌が悪いのを見て、そう言う日は八つ当たりされるので、夫がお風呂に入ったすきに急いで子どもたちを寝かせた。

ああ、でも、本人もイライラしてしまう自分がイヤなんだろう。イヤなのにどうにもできずにつらいんだろう。と今までは思っていた。
それでも私も八つ当たりされるのはイヤだし、とも思っていた。

だけど今日は、『私は今までこういう恐怖とずっと一緒にいたんだな』と思った。私は夫が怖かったんだ。怖いだけで終わらないようにいろんな考えで周りを固めていったんだ。

今は、正直、出ていってほしいと思う。
ちょいちょい子どもたちに会いに来るのは構わないけど、一緒に暮らすのはもういいやと思う。彼もつらいのかもしれないけど、もう私はその影響を受けるのはイヤなんだな。

怖いから好きになろうとしていたのかも。とさえ思う。