私はひとの気持ちを考えるのがヘタなんだなと思う。

離婚することが決まっていてもなお、夫は、自分の話を聞く際の私の対応にイライラするようで、昨日もキレていた。

バカなのかよ!頭悪いんじゃねえの?
と言われても、申し訳ないんだけどホントにわからなかった。うん、バカなんだよ。うん、頭悪いんだと思うよ。

不機嫌にさせたいわけではないのにうまくいかない。こういう行き違いは他のひとと話していてもあるんだろう。後から考えると、自分はどうしてポジティブな対応ができないんだろうと落ち込むことがよくある。それはだいたい自分の自信のなさから来ている。

そして、夫との話で問題なのは、例えば夫が「子どもたちのために〜〜をしたいから」と話すとき、私は、「夫と一緒に子どもたちのことを考えよう」と一生懸命考える。でも夫がしてほしいのはそこではなく、「子どもたちのことを考える俺の気持ちを考えろ」なのかな。たぶん。だから怒ってるんだろうと思うのだけど、違うかなあ。

夫を優先できたら楽にしてあげられるのかもだけど、どうやら私はそれが苦手なようだということはこの13年でわかってる。そして今そこを優先してる余裕が、正直に言ってあまりない。

なので自分に許可を出したい。

夫は優先しなくてヨシ!
自分と子どもたちの未来に集中してヨシ!

ただし、彼なりに私たちのことを思って口出ししてるのだから、その点については感謝の気持ちを持とう。
今後お金のことを勉強していかないといけない。
興味はあるけどわからないことばっかりなんだよなあ。

株は前に少し売買してみたけど、わからない人間がやるとどうしてもギャンブル性が高くなってしまっていかんと思った。それ以降は株主優待目的でいくつか保有してるだけ。

なのでNISAも開設してなかったんだけど、今後はあったほうがいいだろうと思って、先日開設手続きをした。単独の銘柄ではなく、投資信託かな。

ホントは商品の内容を理解して、証券会社から選んだほうがいいんだろうけど、わからなすぎる…。少しは勉強しないと。

とはいっても、今はWeb制作の勉強をし直してるので、まずはそこに集中しないと。分散させると全体的に何も身につかなくなりそうだし。そのスキルを高めつつ収入を上げて、投資関連は離婚成立後かな。

自分でやっていかないといけないことが増えるのは大変だけど、夫任せにしていたのは私だから、取り戻していく作業。
一晩たって落ち着いた。
昨夜は悲しいなあさみしいなあばかりだったけど、すこし冷静に。

ひとに対して怒りを感じることが多いひとなんだよな、夫は。怒りを感じることが多いということは、自分の中での決まりごとが多いということなんだろう。自分をしばる価値観がたくさんあって、他人をそれで評価する。そして評価できる自分であるためには、自分に課していることも多いんだろう。

その価値基準に満たないことが、私にたくさんあるから、一緒にはいられないということかな。
たまたま帰りのバスで、夫と一緒になった。
家の最寄りで降りて、近所のカフェに寄らない?って言ったら付き合ってくれた。

こんな機会はなかなかない。
はじめ楽しく話していた、私たちは、やっぱりいつものように、私はまた、ダメなところを指摘され、言われてる意味が理解できず、落ち着いて確認してもわからず、イライラさせてつらかった。

ケンカしたくない。怒らせたくない。
悲しくて涙が出ると、余計に怒られる。

ダメなサイクルになっちゃうんだよなあ、と。
一般的には私のものの考え方は論理的らしいんだけど、でも、夫の道理はなんでか理解できないことが多い。理解したいのだけど、理解できないのは、無意識に彼を否定してるからなのか。

わかってあげたかった。でも私にはできなかった。がんばったけど、わからない、責められるばかりで、らくにしてはあげられなかった。

私がつらそうなのが、彼の望んでいることなのかもと思った。私が心の奥で浮気を許せないのと同じような感じで、彼は私に対して許せないことがあるんだろう。

つらいけど、離婚したら終わるなら、私たちにとってはそれで良いのかもしれない。

もう何年も前、10年くらい前かもしれない。
テレビに、漫画家の西原理恵子さんが出ていて、若い女子アナが話を聞くというシーンがあった。
その時に西原さんが言った言葉がずっと心に残ってる。

「人生を人任せにしたらダメよ。」

「あなた自分がやりたくてこの仕事に就いたんでしょ。何があってもやめちゃダメよ。自分の人生を人任せにしたらダメ。」

そういう話だった。

この話を聞いたとき、私は子育てに追われていて、自分の人生が夫任せになっていることを常々感じていたんだと思う。なんだかすごく染み込んで、それからも、フとしたときにこの「人生を人任せにしたらダメ」という言葉が頭に浮かび、人生を人任せにしながらも、自分の中の座右の銘になっていた。

離婚を決めたときに、たくさんの不安で泣きながらも、「ああそれでも、人任せの人生が終わり、ここからが自分の人生」と思った。

心の奥ではいつも、人生を人任せにしたらダメと思っていたんだろう。でもそこから抜け出すことができなかった。神様のようなものが、強制的に人任せの人生をやめさせたのかなと思ったりする。