さらさらと風に流れる淡い花びらを、手を伸ばし
数枚を掌に収めた

空を見上げれば、抜けるような明るい青空

「こんな日は、一緒に居て欲しかったなぁ」


<<親愛なる貴女へ>>


想いを馳せるオレを、現実に引き戻す音が鳴る

「はい、服部」

了解、と伝えて、今来た道を引き戻す

桜舞う道を駆け抜けながら、ふと思う
アイツも今頃、同じように走っているやろか、と

そんな事を考えるのも、現場到着までの僅かな時

すぐにオレは一刑事へとスイッチを切り替えた

昔も現在も、事件は変わらず日々起きて
オレは探偵から刑事へと立場は変えても変わらず
事件を追いかけている

昔と現在で変わった事と言えば、

学生から社会人になった事
家を出て、ひとり暮らしを続けている事

そして
オレの日常から、和葉が消えた事


「私も、たとえ微力やとしても、お父ちゃんや
平次の手助けが出来る人になりたいんや」

大学進学を真剣に視野に入れる頃に始まったあの
事件の時、オレは工藤のサポートとして和葉の傍
に居らんかった

せやから、和葉のその決意も
直前で文系から理系へ進路変更した事も

オレは何も知らんかったんや

事件が終わって、学校に戻った時

特進クラスにオレの席はもちろん無くて
和葉はバリバリの首席争いをしとった

オマケに、国内の大学に進学するけれど、いずれ
は国外に出ると宣言されて

離れていた僅か数ヶ月の間に、変わらないと思う
てた幼なじみが、激変しとる事に焦った

サナギから蝶へ
まさしく変化を始めたのを目の当たりにしたんや

同じ大学に行って、出来たら同棲もして
大学からは恋人同士として、変わらない日常を過
ごして行くつもりやったオレは

置き去りにされる危機感でいっぱいになり
めちゃくちゃ混乱したし、情けないくらい動揺し

どうしてええか、迷うばかりのオレに、和葉がそ
っと言うたんや

「私は、きっとずっとアンタが好きや」

アンタにとっては、ただの妹分で
ただの幼なじみやろうけど

私にとっての平次は、大事な人やねん

そう言い切った和葉は
めちゃくちゃキレイやった

凛とした、ひとりの人としての魅力を
もうしっかりと身につけとった

「オレの方が、オマエん事好きやで」

そう言葉に出来へんかった事を
オレはこの後、死ぬ程後悔する事になった

和葉は、無謀な挑戦と言われた難関大学の医学部
にあっさり合格し

オレは難関国立の法学部へ進学する事になった

進む大学は違うけど、オレと和葉はオカンの勧め
で同じマンションの一室をルームシェアした

4年間の期限付きやけどな

オレは4年
和葉は6年

車を乗り回すようになり、飛躍的に行動範囲が広がったオレと

医師を目指して邁進し始めた和葉

互いに思うてた以上に一緒には過ごせず

おまけに、行動制限をかけられていた工藤の分も
飛び回るオレには、圧倒的に時間が無かった

和葉も、両親に学費負担で迷惑をかけないよう、
奨学金と単発バイトに忙しく

そこへ来て、大学3年の1年間、和葉は交換留学に
渡米、更にもう1年は渡英してしまい

オレが和葉と同居出来たのは、僅か2年足らず

告白どころか、幼なじみ以上の関係に進む暇すら
無かったんや

それでも、和葉とは例え僅かでも連絡は絶やさな
いように、オレなりに頑張った

オレが探偵になる、と言う夢を実現させてもろう
たように、

今度はオレが、難しい医師と言う職を目指す和葉
を支えてやりたかったんや

少しでも、その背中を押してやれるように

オレには、和葉しか居らん
せやから、焦らず時を待つ事にしたんや

結局、オレは大学卒業後、ICPOに入り
今度は世界を飛び回った

入れ違うようにして帰国した和葉は、国家試験を
パスして、医師になった

それだけやない

和葉は、救命の道を選び、更にフライトドクター
を目指し、奮闘し始めたんや

28歳の和葉は、論文の方でもいくつも受賞し、
その将来を嘱望されるようになり

表舞台から下り、公民になったオレと
入れ違うようにして、表舞台に出た

刑事として奔走するオレと
ドクターになった和葉

逢える時間は激減したし、連絡も中々出来ひん

もう、耐えられへんような気がして、和葉の職場
を一度だけ、訪ねたんや

アナウンスに、真っ先に飛び出してヘリに乗るの
を、少し離れたところから見守った

懸命に、誰かを救いに向かうその背は
相変わらず凛としていて
迷う事なくまっすぐに走って行く様子に

安堵と
淋しさを覚えていた

「あの」

声をかけられて振り返ると、背が高い医師がオレ
を見ていた

「もしかして、へ、いや、服部さん、ですか?」

はい、と言うて頭を下げたオレに、少しだけ時間
よろしいですか?と言う

「医局長の、進藤一生と言います」

和葉の上司やとわかった

はじめまして、と言うオレに、進藤先生は苦笑して言うた

この職場に居る面々は、誰も「はじめまして」だ
なんて思いませんよ、と

和葉には内緒で、と、進藤先生が教えてくれた

事あるごとに、和葉が言うらしい

「平次やったら、絶対、逃げへん」って

「遠山先生の、支えは
ずっとブレずに、逃げずに、真実を追う貴方の姿
みたいです」

どんなに厳しい現場でも、彼女はいつも前を見て
最善策をいつも探してます

どんなに辛い決断をしなければならない現場でも
彼女は逃げません

誰よりも経験を積むんだって行って、ヘリに向かうんです

「誰よりも早く」

それは、みんなが出来るようで出来ない事でね、
と言うと、だってオレ達も人だからね、恐怖心だ
って全く無いワケじゃないから、と笑った

「遠山先生がずっと口癖にしていた貴方に逢える
とは思っていませんでした」

光栄です、と笑う先生

「ちなみに、先月、ロンドンで香坂と言う医師と
遭遇しませんでした?」

先月、ロンドン市内である騒動があり、負傷者の
応急処置をしてくれた女医さんやった

あぁ、あん時の、と思い出す

進藤先生は、和葉が渡米しとった時の指導役やっ
たらしく、香坂先生は、渡英しとった時に繋がり
があると言う

「香坂とは、昔、一緒に仕事してまして」

まさか遠山先生の縁で再会するとは思ってません
でした、と笑う先生の表情に、あれ、と思った

和葉が渡英先で知り合った香坂先生と、進藤先生
を再会させるきっかけになったと言うてた

あれ、でも、と思うて気がついた
シンプルやけど、特徴ある指輪

香坂先生の指にも同じものがあった

もしかして、と言うと、苦笑した先生

オレの呼び出しと、館内にコールが鳴るのは同時
やった

「後日、改めてお伺いしますよって、オレが今日
来た事は内緒に」

はい、と言う先生と慌しく別れた

その1週間後

オレは和葉を訪ねる約束をして、和葉の元へ向かうた

久しぶりに会う和葉は、青白い顏をして、少しだ
け疲れているようやった

それがわかってたから、和葉が休んでもええよう
病院近くのホテルで待ち合わせたんや

一緒に食事して、最近の話をして
その後、和葉を連れて部屋に行った

和葉が、少し緊張した様子を見せたのは分かった
けど、敢えて気がつかへんフリをした

ソファに座らせて、その前に正座した

和葉を逃がさないため
オレ自身を、逃がさないために

「平次?」

「オレ、出せへんかった手紙があんねん」

「手紙?」

あぁ、と言うて、スーツのポケットから一通の封書を取り出して、和葉に手渡した

和葉の、20歳の誕生日に、投函出来ひんかった
手紙やねん

留学先に送るつもりで、宛先は当時の和葉の下宿
先になっとるエアメールやった

to be continued