※新シリーズになります!

恋歌事件後回顧録-1

秋のあの事件後、姉ちゃんらを見送った
オレと和葉は、バイクが無いので一緒に
電車に乗り、徒歩で帰宅した

行きは元気に喋り倒していたのに、少し
ずつ口数が減ったのは、気になっていた
けれど、オレは他事が気になってしもうて
必死で

和葉のSOSサイン、見逃してしもうたんや

とにかく、和葉に「言おうとした事は何か」
と問いただされるのが嫌で、何とか話題を
別の方向へ、と振るのに必死で

「何や、今日はノリ悪いなぁ」

「姉ちゃんらが帰った途端、愛想無いんと
ちゃうかー」

とか、アホなコト言うてしもうたオレ

「そんなことあらへんよ?」

「そら、平次だけしか居らんから、愛想
振りまく必要あらへんもん」

とか、返した和葉に安堵してしもうたオレ

服部邸に程近いマンションに和葉を送り、
ついでに久しぶりに遠山家に立ち寄ろうと
したオレの判断は、違った意味で正しかっ
たのだ

「平次がうちに来るの、久しぶりやね」

「せやな、オマエ呼んだ方が早いんやも
ん、しゃーないやん
オカンも、オレがひとりで帰るよりオマエ
付きの方が喜ぶしな」

玄関はオレが合鍵で開けて、部屋に入ろ
うと、靴を脱ぎかけた時、かがんだ背に、
突然和葉が降って来たんや

おわっ、おま、オマエ、何すんねん!
危ないやろ!と言いかけたけど、ギリギリ
身体を反転させて、抱きとめた和葉は、も
う意識があらへんかった

慌てて靴を脱いで、抱えた和葉の靴も脱
がせて、オレはとりあえずリビングに和葉
を運びこんだ

呼びかけにも応じず、昏々と眠っている
ようにも見えた
触れた頬も、手も、冷たかったし、顔もめ
っちゃ青ざめてた

遠山家にあるオレの部屋に行き、布団を
引きずり出すと、コートを脱がせた和葉を
寝かせ、オレは家に電話を入れた

飛んで来たオカンが、和葉を着替えさせ
たりしとる間、いつもの先生に往診を頼
んだりと、バタバタしながら、オレは自分
のしくじりに気が付いた

ノリが悪いんじゃなくて、具合が悪かった
愛想が悪いんじゃなくて、体調がキツか
ったんやって

普段やったら、絶対に気付けたはずや

でも、オレは、くだらん意地に夢中になっ
て、和葉の顔色にも気が付かんと、アホ
みたいにからかってしもうた

自宅に着いて、多分、ほっとして、緊張し
とったんが解けてしもうたんやろな

もし、自分が立ち寄ろうなんて思いつきも
せえへんかったら、と思うと、ぞっとしてし
もうた

和葉はきっと、玄関先で倒れたまんま、
いつ帰って来るかもわからんおっちゃん
が帰るまで、倒れたまんまやったって思
うたら、震えが来た

「静さん、そら当たり前や
いっくら和葉ちゃんが丈夫言うても、女の
子やで?平ちゃんとは体力の差がある」

診察を終えた先生にお茶を出したオカン
がそう言われてた

和葉、大会前は徹夜やったり殆ど寝てへ
ん状態やったらしいんや

そんな中、一瞬の油断も許されへん試合
に出て、予選から勝ち抜いて、最終戦を
運命戦にまでもつれ込んだと言うだけで
も、本来やったら相当体力も気力も消耗
しとったはずや、と

その上、生命の危機に晒された上に、救
助が来るまで水の中に居ったって?
それも、裸足で

「今日倒れるまで持った事の方が奇跡や」

先生は呆れてそう言うと、貧血も酷いし、
これから多分高熱も出るやろ、と言い、と
にかく体力の消耗が限界を越えてるから
しばらくは、絶対安静、と言って、点滴が
終わると帰って行った

「平次、アンタ、和葉ちゃん背負って来な
さい」

家で面倒見ます、と言うオカン

和葉に声をかけたけど、ぐったりしてて、
もう返事も出来んどころか、目も開けられ
ん状態で、オカンに手を借りて和葉を背
負い、オレは服部邸へと帰った

和葉の体力を考えて、水周りの近い客間
に和葉を寝かせた

「ホンマに、よう、頑張りました」

でも、頑張り過ぎやで、和葉ちゃん

寝かせた和葉の髪を撫でると、オカンはそ
う呟いた

「お母ちゃん、ちょっと必要なモノ買いに行
ってくるから、和葉ちゃん、みといてや」

ひとりにして、家飛び出したらわかってん
のやろな、とひと睨みするのも忘れずに
家を出て行ったオカン

オレは部屋からタブレットや本を持ち込ん
で、自分用の掛け布団も持ち込んで、和
葉の傍で、布団に包まり、本を読みふけ
る事にする

そうでもせんと、和葉に触れたいと言う気
持ちに勝てへんかったんや

途中、目を覚ました和葉は、先生が言うて
た通り、熱を出し始めて、オレは額にタオ
ルをやったり、スポーツドリンク飲ませたり
と忙しくなった

熱を出すと、泣くんや、和葉
手もめっちゃ冷たくなるし

泣き出した和葉に、泣くなと言い、その目
尻に滲む涙を拭うてやる

冷たくして絞ったタオルで、顔を拭うてや
ると、気持ちええ、と言う和葉

平次の手も、冷たいなぁ、と言うて、熱い
手で掴む

ちょっとの間でええから、こうしとってと
言うと、そのまま寝てしまう

掴まれた手から力が抜けて行くのに怖く
なって、慌てて握ったその手は、傷だら
けやった

部屋から自分用の救急箱を持ち出して
和葉の手を治してやった

指先を痛めてたんは、かるたの練習のし
過ぎやろうし、脱出の際のケガも含まれ
とるやろうと思う

縦割れしてしもうてる爪は、いつもオレが
和葉にしてもろうてるみたいに補強して
やって、磨いてやった

消毒して、保護用のクリーム塗って何本
かの指にはガーゼとテープを巻いて、手
当てしとると、オカンが帰って来た

「あぁ、やってくれたんや」

「和葉、熱出し始めたで」

「ほな、氷枕、用意してくれる?」

ん、と言うてオレは立ち上がった

和葉をこの隙に着替えさせると言うので、
少し時間を調整して氷枕を用意してから
部屋へと戻った

「今回はちょっと長引くかも知れんねぇ」

「そんな感じか」

「いつもより、眠りが深い気がする」

いつもだったら、高熱でも、着替えの時
は殆ど力が入らんでも、自分でと動くら
しいんやけど、今日は全く目を覚まさん
ままやったらしい

「アンタも、いっくらアホやから言うても
疲れはある、和葉ちゃんの番しながら、
アンタも少し寝なさい」

心配せんでも、アンタが要らん事せんよ
うに、私が見張りや、と笑う夜叉

今回ばかりはその言葉に甘えて、オレも
並べて敷かれた布団に転がった

確かに、和葉は眠ると言うより昏睡状態
に近いかも知れん

あのギリギリで助けた時の事を思い出し
少し眩暈がしそうやった

オレも、案外参ってんのかも知れへん
と密かにそう思って目を伏せた

to be continued