人の欲は、際限が無い

身近にある幸せには、気が付き難いのに
他人の幸せは、一際煌めいて見えて

自分には、何も無いと
自分は、もしかしたら、誰にも必要とされて
へんと勘違いをする

生きとし生けるものとして、生を受け
限りある生命を持っていると言うのに

その生命の使い方を、間違うてしまう


「平次」

あぁ、スマん、ぼーっとしてしもうたわ

映画はとっくに終わり、館内は明るくなって
隣に居た和葉に促されて外に出た

「帰ろうや」

「え?」

今日は、山の様に放した約束を果たすべく
1日和葉の行きたい場所に連れて行くと約束
した日やった

朝早うに家を出て、2人で街に出た

映画を観て、ごはん食べて、買い物付き合う
て、お茶して帰ろうと言うはずで、まだ一つ
しか叶えてへん

「気が変わった、予定変更や」

買い物だけはして行くと、ちゃっちゃと済ま
せると、何故か商店街に向かい、何で?
と言うものを買うて、オレの家に帰る

「あれ、和葉ちゃん、どないしたん?」

「おばちゃんも、汚れてもええ格好してや」

オレにも、汚れてええ格好しろ、と言うて、
風呂場と中庭をパタパタと往復する和葉

「ほな、始めるで」

オカンまで巻き込んで和葉が始めたんは、
スイカ割りやねん

目隠しされて、ぶんぶん回されてから挑戦
するんやけど

結局、仕留めたんはオレ

割れたスイカの端っこをみんなで食べて、
残りは和葉が使うと言うて、台所へ

オカンを縁側に避難させて始まったんは、
水鉄砲にホース

中庭はびしゃびしゃやけど、虹が出て、
オカンも和葉もけらけら笑うて楽しそうに
しとった

風呂場に行くと水風呂があって、海の様な
深い青で

「久しぶりに、スッキリしたわ」

オカンはご機嫌で昼の支度に消えた

風呂上がりの和葉と、タオルを被って涼ん
でいると、アイスを嚙りながら和葉が笑う

「少しは元気でた?名探偵」

すっかりお見通しって訳か

「ん~」

「何や、まだ足らんの?
せやったら、可愛ええ和葉ちゃんに任せ
とき?元気にしたるで~」

ひまわりのような笑顔を見せると、元気よう
立ち上がり、オレの手を引いていく

台所に行った和葉が、割れたスイカの残り
に包丁を入れたり色々と作業に夢中になる

オレとオカンは、言われるがままに手伝い
をして行く

きれいに中身をくりぬかれ、飾り切りを施さ
れたスイカの皮に、絞り出したスイカの汁と
サイダーを注ぎ、オカンとオレが連携して
ゆでた白玉が浮かぶ

白い白玉は普通の、ピンクの白玉はスイカ
が練りこまれてん

「夜の宴会の目玉やな」

ドヤ顔の和葉は楽しそうやけど、何やら肌が
赤い

「何やオマエ、日焼けしてしもうたんちゃう」

オカンが大変や、と言い、アイスノンやら
化粧水やらコットン持ち出して騒ぎ出す

風通しのええ部屋に行って、みんなで昼飯
食べながら、和葉の首やら肩にぺちぺちと
コットンを叩いた

「和葉ちゃんはなぁ、火傷になってまうんよ
気をつけなアカンよ」

うん、でも、楽しかったからええよ、と笑う

「平次も、ようわからんけど今日は冷やして
置いたほうがええよ」

脱皮でもされたら掃除が大変や、とオカン
オレにはアイスノンが飛んで来た

「ようわからんけど、頭冷やすと涼しいな」

「せやね」

食べ終えて、みんなで部屋でごろごろする

オカンは何やら雑誌に夢中で、団扇で煽ぎ
ながら静かやし、和葉はオレとウォークマン
肩耳ずつ聴きながらうとうと始めた

「夏やなぁ」

ぽつり、と言う和葉は、そのまま寝息を立てて
眠り始めてしもうた

オレは、耳から流れ聞こえて来た特徴のある
歌声に、なんとなく耳を傾ける

せやな、確かに

オレ達に誰にも盗られることは無い、価値ある
ものがある

中庭の木々が四季折々見せてくれる風景
夏の日差しの下、和葉が創る影
吹き抜ける風と

全て、その一瞬に在る価値あるモノ

のんきに眠っている和葉を見て
確かに、と思うた

スマンかったな

和葉が今日、あちこち行くの、楽しみにしとっ
てくれたんは判ってたんやけど
家に帰ろう、家で遊ぼうや、と言われて、ほっ
としたんも事実やった

殺伐とした事件やった

恵まれた家庭にあって、どうしてそんな惨劇
が繰り広げられたんか、オレには理解出来ん
事件やった

愛情が憎しみに変わり、憎しみが憎悪を生ん
で、人が、鬼になった

人として、してはならん領域に足を踏み入れ
てしまったその人らは、事件が起こる前まで
は、ごくごく普通の家庭やってん

どこでその歯車が狂うてしまったんか
どうして、オレらは、最後の事件を防げん
かったんか

やりきれない気持ちでいっぱいで
中々気持ちを切り替えられんかったんや

普段は色々聞きたがるくせに
オレがやりきれん、抱えきれん時は、何も
言わずに一緒に居るんが和葉や

オレが、ただのオレに戻るためのアイテム
のようなもの
スイッチ、なのかも知れん

昔、オレにこの褐色の肌を遺したじいさんが
言うてたんや

「あの子は、オマエの半分や」

オマエは、あの子とセットで1人前や、と
喜怒哀楽、全てをキレイに表現出来る人間
はそうは居らん、自分の半身やと思うて、
生涯大切にしたらええ

そう言うてた意味が、今になってよう判んねん

オレが間違った時、間違えてるで、と指摘し
てくれるんは、晃たちと和葉だけや

オレが隠し事をしても、それを見破るんは
和葉ひとり

親でさえ気づけんものを、察するんが和葉
やってん

「ようわからんけど、わかってしまうんよ」

困ったように笑った和葉を
オレはまだまだ大事にはしてへんと思う

じいちゃんに怒られんように、ちゃんとせな
アカンな、と思う今日この頃
ちりん、と鳴り続ける風鈴に、ゆっくりと眠り
についたオレ

価値は生命に紐づいてて、
君には富が溢れていると歌う声に、

オレは、庭ではしゃぐ和葉を思い浮かべて
人知れず頬が緩むのを感じていた

Fin