★2015年 遠山の日に寄せて

蘭ちゃんからの突然の電話

何があったんや、と一瞬、平次と騒然
としたんやけど、

「仕事でね、上司と日本に来たの」

仕事が終わり、一緒に米国へ帰ろうと
した蘭ちゃんは、せっかくだから有り
余っている休暇を消化して来なさい、
と言って、上司に置き去りにされたら
しいねん

「急な仕事だったし、誰にも、連絡し
てなくて」

毛利探偵と妃弁護士は、同じ事件の
事で現在地方遠征中

園子ちゃんは、京極さんの海外遠征の
応援に出て居る

東京に戻っても誰も居ないだろうから
と、大阪まで移動中やと言う

平次はこれからまた仕事に出てまうし
いつ帰れるか判らんと言う

「姉ちゃんと2人なん、久しぶりやな
いんか?ええやん、家に呼べや
ここでも実家でも、どっちでもええで」

平次にとっては、学生時代、何度も
東京の蘭ちゃん家に泊めてもらってた
から、むしろ、こういう時こそちゃん
としといてやれや、と言う

私は明日から数日お休み

勤務時間が凄い事になってしまい、
所長から、強制的にお休み指令が飛ん
だのだ

特に予定も無かったし、蘭ちゃんに
ホテルはキャンセルさせて、服部邸で
おばちゃんと合流して、と伝えた

「お母ちゃん?和葉や」

おばちゃんに、予定を聞いて、特に無
いで、言うから、おばちゃんも家に
泊まりに来て、と誘った

蘭ちゃんと、ゆっくりすればええんに
と言いながら、へいたも連れて来ると
約束してくれた

我が家は動物OKのマンションやし、
へいたも何度か預かった
だから、小屋も遊び道具も餌も全部
揃ってんねん

へいたは、我が家にくると、ベランダ
で元気よう1人遊びに興じる

リビングに入れると、サークルの中の
おふとんにころころするだけで、家の
中は歩かんの

やっぱり、よその家やって思うてんの
やろうか

でも、ベランダは大好きみたいで、
来ると、いつも飛んで行き、窓の前
で、開けてもらうのをちょこん、と
待つんや

へいたのお世話グッズを用意して、
ベランダで好きに遊べるように用意
してあげる

客間にお布団用意して、掃除してから
買い出しに出かけた

もしかしたら、少しは顔出せるかもと
平次が言うてたから、量は少し多目に
しておいた

蘭ちゃんからのリクエストは、普通の
和食

笑ってしまったけど、そうやと思う

工藤くんも仕事が忙しいから、中々
一緒にご飯食べられん言うてたし、
ひとりやと、どうしても、簡単に済ま
せてしまう、言うてたからな

ごはんも炊けて、ええ具合に料理も
仕上がった頃、エントランスから来客
を告げる合図があった

「蘭ちゃん久しぶり!」

スーツ姿の蘭ちゃんとは初対面や

濃紺のスーツに、ピンクのシャツ襟に
は弁護士バッチ

長い髪をバレッタでひとつに留めて
キリッとした印象は、妃弁護士にそっ
くりや

おばちゃんにゲージに入れて連れて
来られたへいたは、ベランダめがけて
飛んで行った

「英国の和葉ちゃん達の部屋、私、
大好きだったんだ
ここも、同じ感じに作ったんだね
いいなぁ、やっぱり素敵!」

私服に着替えた蘭ちゃん
細身のジーンズにカットソーとラフな
格好も、様になってる

「まずは、腹ごしらえや」

みんなで食事の支度をする

「そうそう、この香り!やっぱり落ち
着くな~お出汁とお醤油の香り、最高
だよね!」

蘭ちゃんの、のびやかな笑顔
おばちゃんも私も笑った

筑前煮に、出汁巻き、煮浸しに浅漬け
風のサラダ、煮豆やら焼き魚、のりや
ちりめん、梅も添えて、具だくさんの
お味噌汁にごはんと並べると、子供
みたいにはしゃいで、食べ出した

「新一がね、すっごく時々、一緒に居
られる時に、服部くんに教えてもらっ
たって、親子丼、今も作ってくれるの」

それだけが楽しみで、と笑う
工藤くんの忙しさは、平次達と同じ
ようだ

お話しながらも、箸が止まらない
おばちゃんも、腕上げた、と褒めてく
れた

後片付けは蘭ちゃん達がするからと
言うので、私は食後のお茶の支度を

リビングのテーブルに、蘭ちゃんが
手土産に持って来てくれたロール
ケーキに合わせて、私は豆を挽いて
カフェオレを作った

お砂糖無しでミルクたっぷりがおば
ちゃんと蘭ちゃんと私の好みやねん

3人で、ベランダではしゃぎまわる
へいたを見たり、テレビを見たりし
ながら、おしゃべりした

「なぁ、おばちゃん、明日も泊まって
ってな」

「え?」

明日、蘭ちゃんとおばちゃんを連れ
て行きたいとこあんねん
へいたも預かってもらえるとこもある
し、連れて行こうや」

2人に、私の職場と、この間平次と行
ったお店を教えてあげようと思う

それに、今、色々セールも始まった
から、買い物もしようかな、と

「神戸は久々やな~
今、工藤家は花音くんやわんこの
はなちゃんを連れて旅行中やし」

「私も!楽しみ」

夜もみんなでわいわいしながら作って
食べ終えた

交代でお風呂も入って、のんびりしと
ると、突然、平次が戻って来た

「おぉ、姉ちゃん、久しぶりやな」

「お久しぶり、あぁ、やっぱりもう
すっかり刑事さんだね」

「そうか?
なぁ、和葉、悪いけど何か無い?」

ドタバタしとって、晃くんもまだ府警
で帰れそうにないらしい

平次もすぐに戻ると言うので、とりあ
えずシャワーを浴びさせた

その間に私は、おばちゃんらの手も借
りて、お重に煮物の残りや常備菜を
詰めてもらい、出汁巻き作ったりお
結びを作る

持ち帰って来たポットに、新しく挽い
た珈琲を淹れて、ミキサーをかけた
野菜ジュースもグラスに注いだ

ジュースを煽り、着替えのセットと
お重やらを袋に入れたのを持って、
平次は慌ただしく帰って行った

当然のように普段通りキスをして

おばちゃんが居るっていうんに
蘭ちゃんが居るっていうんに
あほやなぁ、平次

「うちのぼんは未だに嫁にメロメロ
で安心しました」

「な、仲良しでいいね」

この空間に私を置いて行くなん
ひどいやんか

「明日、お茶代は私のおごりや
後で平次に請求するし」

おばちゃんと蘭ちゃんがにっこり笑
ったのは言うまでもない

翌朝、おばちゃんらを連れて、神戸へ

研究所を案内して、帰りには
あのイタリアンのお店にも立ち寄り
おばちゃんらにも大好評

ショッピングモールで、へいたの
トリミングをお願いして、預かって
もらった

最初に、メンズのお店に立ち寄り、
それぞれの相方の備品買ったり注文
して、それから自分らの服やら備品
を捜して歩く

キッチングッズを扱うお店では、3人
で大いに盛り上がり、おばちゃんは、
美人なお嬢さん2人も居ってええです
ね、と言う店員さんの言葉に大喜び

「まだあと3人ほど居るんです」

と言い切って、店員さんに驚かれた

「翠ちゃんと青子ちゃん、哀ちゃん
辺りの事だね、きっと」

「せや、まだ結季や愛季あたりを
子供や言い張らんだけましや」

蘭ちゃんと思わず笑ってしまう

おばちゃんは、着物の備品を何点か
新調して、蘭ちゃんは、やっぱり日本
よ、と言って、下着やら部屋着を買っ
ていた

私は、今のところ不足しとるものは
無いし、どうしようかなぁ、とふら
ふらしていた

「あ、あれええかも」

ジーンズ地のジャケットのセット
アップやった

「こちら、ワンピースかスカート、
パンツもフルと7分丈と選べるんですよ?」

色あいも、藍色のキレイなもの、
ブラックデニムタイプのものに白い
デニムのものとある

ショート丈のジャケットは爽やかで、
家にあるアイテムにもあいそうやった

ふと、昔、平次が買ってくれた紺の
チェックのワンピースを思い出した

学生の時、よう夏に着ていて、職場に
着て行くには可愛い過ぎかな、と思う
て、今年はまだ着て無かったんよ

「こんな感じであわせても、素敵です
よ?」

白いデニムジャケットに、7分丈の白
のパンツにあわせて見せてくれた
ブラウス

鮮やかな紺色の柔らかなドレープが
効いたノースリーブのブラウス

タートルの首元にドレープが寄せられ
ていて、クリスタルの飾りがきらっと
して素敵だった

ふんわり広がる裾もええ感じ

「いや、ええやん!よう似合う」

おばちゃんに、あのチェックのワンピ
をこのジャケットとあわせたらええ
かな、と言うと、せやね。似合うと
思うわ、と言うてくれた

蘭ちゃんは、同じセットアップで、
藍色のジャケットと、ワンピースに
しようか、パンツにしようか悩み、
試着してワンピースのセットで購入
を決めた

あぁ、仕事やなくて、デートで着たい
なぁ、と思った

家に帰って、大事に保管しとるあの
チェックのワンピースを着た

白いジャケットを羽織ると、職場にも
充分。着て行けそうやった

「懐かしいなぁ、そのワンピース
まだ全然。キレイやないの」

誕生日でも記念日でも何でもない日に
平次が衝動買いしたワンピース

そんな事、初めてやったし、嬉しくて
大事に、大事に着てきた服

さすがにもう少ししたら、似合わん
ようになってしまいそうやから、思い
切って、もっと着ようと思うた

「服部くんってさ、昔から和葉ちゃん
のこと、よく見てるよね」

「え?」

「似合う服とか、色あいとか、直感で
選ぶって言ってたけど、それ、今でも
和葉ちゃん、似合うもの」

7年くらい前の品物だけど、今着ても
全然古く感じさせないええ服

「平次はなぁ、昔から和葉ちゃんの物
選ぶの、上手やったで?よう和美にも
言うてたんや」

おばちゃん、和葉なら、ピンクより
オレンジの方が似合うでー、とか

そう言っておばちゃんは笑った

「ねえ、今度さ、服部くんがお休み
の時、着てあげなよ!
きっと、めちゃくちゃ喜ぶと思うよ」

「せやね、夏が終わる前に一度、着て
見せてみる」

蘭ちゃんは、よう食べ、よう笑い、
すっかりリフレッシュして米国に帰る

数日後、私はあのワンピースに白い
ジャケットをあわせて出勤した私

珍しく、平次が夕飯外で待ち合わせ
して食べよう、と誘ってくれたから

平次は車を晃くんに貸して、帰りは
私の車で帰る、と言うので、待ち合わ
せの場所へと急いだ

「平次!」

ごめん、待たせて、と言うと、とても
驚いた顔をした

「オマエ、まだ、それ着とんのか」

「うん、着とるよ…似合わん?」

「いや、そんな事無いけど」

恥ずかしそうに頬をかく平次と一緒に
腕を組んで歩く

「なぁ、どこ連れてってくれるん」

「ん、あぁ、ええとこや」

連れて来られたお店は、入り組んだ
路地裏にある小さなお店

カウンターだけの狭いお店やけど、
めちゃめちゃ焼き鳥が美味しい

「オレが帰り運転するし、オマエ
たまには飲んだら?」

「ん?ええの?」

「ええよ」

じゃぁ1杯だけね、とビールを飲んだ

お店の人も、お客さんも明るくて、
楽しい人ばっかりで、平次が晃くんと
よう出入りしとったでーと話して
くれる

「こんな別嬪さんの彼女が出来たら
そら足も遠のくわなぁ」

お店の人がそう言うと、平次は
きょとん、とした顔で言うた

「これ、彼女やなくてオクサンやけ
ど?しかも、オレら、新婚やないで」

「「ええ~!!」」

と何故かみんな仰天している

学生結婚やったこと、つい最近まで
国を越えての別居やった事を話すと
そら新婚みたいなもんやでー、と
笑われた

「可愛ええからオマケしたる」

そう言うて、平次と2人、たくさん
美味しいごはんを食べさせてもらう

「また来てや、和葉ちゃん」

お客さんにまでそう言われて、平次と
2人で店を出た

「めっちゃ美味しかったー」

「そうか?なら良かったわ」

「でも、どうしたん?急に」

「いや、晃と話してて、そう言えば
オマエ帰国してから、外食なん1回
しかしてへんかったなーって」

言われてみればそうやね

「もっと気張ったとこにでもせな
アカンかな、とも思うたんやけど」

「なんで?ええやん、美味しいし、
何か問題でもあるん?」

私が居らん間、平次がよう通った
お店に、連れて行ってくれた事がとて
も嬉しかったよ、とちゃんと伝えた

「プロポーズの時も、言うたやろ?
場所やないでって」

気持ちが嬉しいんよって

ほっと息を吐いた平次が笑う

せやった、と

後はどんなお店行ってたんー?とか
おばちゃんらとあの店行ったんよ?
とか、他愛も無い話をしながら、
駐車場まで腕を組んで歩く

こうしてのんびり外を歩けるのも、私
にとってはスペシャルな時間

それくらい、平次は多忙やから

珍しく、街中を車で流してくれた

車の中で、たくさん、くだらない話
をして、2人で笑い転げて、時々
こっそりキスをした

嬉しくて、楽しくて、キラキラした
平次を独り占めして楽しんだ時間は
あっと言う間

家に辿りつくと、酔っぱらった私が
危ないからとか何とか言うて、一緒に
お風呂に入れられた

風呂上がり、しっかり抱き締められて
キスをされている間に、私は酔いが
回ってしまったらしく、ぐっすり朝
まで眠ってしまった様子

平次も相当疲れとるみたいで、私を
抱えたまんま、熟睡中

ぴったりくっついとる私達

私の身体にはちゃんとシーツが包んで
あるけど、触れる素肌の熱が心地良く
て、また眠くなる

もう少し眠れる時間やったから、平次
にもタオルケットを引きあげ、しっか
りくるんであげた

ずっとこうして寝られたら、幸せや
なぁ、と思いつつ、私は再び眠りに
着いた