■old days 1

大阪から、いつもの探偵坊主が現れた
オレの家で、当然のように寛いで本など
読み耽っている

ん、今日はひとりか?

いつも見せびらかすように連れ歩く
お姫様の姿が隣にない

「おい、坊主」

「何やおっさん」

不機嫌そうな顔を向けた男に訊いた
遠山さんのお嬢さんは一緒じゃ無い
のか、と

「和葉か、和葉は今、英国やねん
短期留学中」

「は!?」

遠山さん、よく許したな、と言うと
非常に、不機嫌そうに言った

「和葉の、粘り勝ちや」

どうやら、お姫様は、王子を置いて
ひとり英国の空の下へ旅立ってしま
ったようだ

相方が不在で淋しいのか、珍しいくらい
ひどく元気が無い男

ソファに座って、何やら洋書を読み耽っ
ていた

遠山さんが、秘かに自分の愛娘の相手
に、と小さい頃から目をかけて育てて
来た男だ

まだ無鉄砲なところや、荒っぽいところ
はあるが、剣道の腕前は確かだ

勝負師のいい目をしている辺り、うちの
愛娘の坊主よりは筋がいい

今は探偵なんぞ気取って遊んでいるが
おそらくコイツは父親達の後を担うだろう

良い刑事になるタイプだと思う

気骨もあるし、真っ直ぐなところがあって
鍛えがいがありそうだ

良い逸材が傍に居たもんだな、と思う
まだまだ、頭の中身はお子ちゃまだけど

でも、前回見た時よりも少しだけ背も伸び
て、風格も変わった気もするな、と思った
落ち着きが出た、と言うか

雰囲気が変わった理由は、すぐに判った

「服部くん、和葉ちゃんと正式にお付き合い
するんだって」

男が帰った後、愛娘が突然オレに言った
オレは、思わず口にしていたビールを盛大
に吹きだしてしまったじゃないか…

どうやら、あの坊主、お姫様を賭けて、自分
の親父と、彼女の父親相手に勝負に出たと
言うのだ

昨年逢った時は、まだ、2人できゃぁきゃぁ
喧嘩してたはず

と言う事は、あの後、年末までの間に、
勝負に出ないと行けない事情が発生した
と言う事か

あの剣豪2人を相手に勝利を納めたと
言う訳か

なるほどね、子供だと思っていたら、全く
侮れねーな

「なぁ、蘭」

「なぁに?お父さん」

「今度、あの坊主に、柔道でもやってみる
気はねーかって言え」

まだまだそう勝手にはさせねえぜ?
西の名探偵さんよ

遠山さんが刑事やりながら必死に育て
てきた、大事なお穣さんだ

散々連れ回して勝手して、泣かせた事
オレが知らねーとは言わせねーぜ?

そう簡単に事が運ぶとは思うなよ
世の中、そんなに甘くねーんだ

それはさておき、新一のバカは一体
どうしてくれよう

蘭をこれだけの間放置したんだ

理由はどうであれ、出て来た時は、
当然、ただでは置かないつもりだ

まずは、西の名探偵さんを鍛えてから
新一の奴をどう仕込むか考えよう、と思う

「お父さん、和葉ちゃんが泣くから、服部
くんに意地悪しちゃだめだからねー」

オレの心の声を正確に読み取った娘が
皿洗いをしながら叫んでくる

…やれやれ、危ない危ない

誤魔化すためにテレビをつけて、
ごろ寝をしたオレだった

数日後、オレは偶然、別の事件で遠山
さんと鉢合わせした

「和葉ちゃん、坊主に取られたそうで」

「ははは、そうなんや、あっさり平蔵の
ガキに持ってかれてしもうたわ」

思いのほか、さっぱりとしていた

「色々と裏事情もあって」

苦笑していた遠山さんと、酒を飲んだ
席で聞かされた

大阪府警のトップを張る服部さんと、
現場のトップを張る遠山さん

いくつもの洒落にもなんない修羅場を
潜り抜けている事は、オレでも知っている

本当は、どちらかを警視庁に引っ張れ
無いか、と言う話もずっとあったのだ

当然、この2人と懇意になりたい面々は
たくさん居て、男の子の方は良しとしても、
女の子には色々と事情がある

案の定、今までは、静華さんが上手い事
捌いて、面倒な事になる事は無かった
らしいけど、とうとう恐れていた事態が
持ち上がったそうだ

昨年の話だと言っていた

警察上層部のアホが、警視総監の
関係者と、和葉ちゃんを取り持って
美味しい思いをしようと圧力をかけて
来たらしい

まだ、高校生だから、と言うのを
相手も同い年だから、と強引に話を
持ち込んで、本人に話をさせろ、と
迫ったと言うのだ

吐き気がした

誰が自分の愛娘、出世の道具に
されるの黙って差し出すと言うのだ

静華さんは本当に奔走したらしい
当然、服部さんも動いた

それでも、止められない程のスピード
で話は進んでしまったと言う

「え?じゃぁ」

「いや、それがなぁ、突然消えたんだ」

そんなはずはないだろう
遠山さんも苦笑してそう言った

最初は、服部さん夫婦と呆然としたと
でも、すぐにそれが事実と判ったそうだ

「その話止めたの、平ちゃんやねん」

「は?あの探偵坊主が?」

オレは唖然としたけれど、遠山さんは
穏やかな笑顔で言った

「オレ、刑事辞めてもええって思って
和葉の話、断るつもりやったん」

調べるまでもなく、縁談の相手が
現れたそうだ

服部平次に直接逢って、確認したと
和葉ちゃんの気持ちが、彼に在る事
は事前の調べで判っていた

だから、その相手はどうなのか、直接
確認したと言ったそうだ

「平ちゃん、その頃まだ和葉に告白
もしてへん時やで?
でも、突然現れて話を聞かされて
迷う事なく言ったそうや
オレの婚約者やから手を出すな、って
出すなら、オレにまずは筋通せやって」

その縁談の相手は、あの坊主の様子
を見て、この縁談は上手い事消そうと
決めて、裏で暗躍したらしい

話を強引に進めていた幹部連中は
今までの不正が暴かれて失脚したと
言うから驚きだ

事実、次期総監の椅子を狙って色々
やらかしていた奴ららしいけどな

「おまけにな、平ちゃん、その事、
オレにも、平蔵達にも言うて無い
誰にも言うてへんのや」

会った事も、言った事も、何も話して
いないと言う
そのおかげで、和葉ちゃんは、この件
を何も知らないままらしい

「平ちゃんにな、刑事生命繋いでもら
ったん、これで2度目、なんや」

遠山さんは、懐かしそうな遠い目を
して教えてくれた

1度目は、奥さんが急死して、結婚
を猛反対していた親族から、和葉
ちゃんを渡せ、と迫られた時だと

「刑事で若いアンタに、幼女をひとり
で育てるなんて絶対、無理や」

そう言われて、親族間で誰が和葉
ちゃんを引き取るかで大モメにモメ
たらしい

「刑事辞めて、仕事変えるって平蔵
にも言うたんや
そらもう平蔵にも静華さんにも止め
られたけど」

その時、僅か5歳の坊主が言った

「オレも和葉も、刑事のおっちゃんが
自慢や、勝手に辞めたら和葉、きっと
泣くで、おっちゃん」

…生意気だな、まったく

「オレもそう思ったわ」

でも、静華さんに似たあの鋭い瞳を
見て、思いとどまったらしい

「静華さんの協力が無かったら
平ちゃんが傍に居ってくれんかったら
和葉、育てるの無理やった」

はっきり言い切った遠山さんは、肩の
荷がおりた、と笑った

「ちゃんと昔の約束、覚えとって
剣道で勝負挑んで来たあたり、さすが
静華さんの息子やなって思ったわ」

文武両道を成立させている事は蘭から
聞いて知っていた
剣道の腕前も知っている

…そうか、あの坊主、何でもない顔し
ながら、必死で「資格」を得るために
努力してたって事か

勉強も武道も探偵も、必死で頑張った
原動力は、あの向日葵娘って事か

やるじゃないか、あいつ

これから、府警を少し離れて別の事件
を追う事になったと言う

「和葉の心配はしとらん
オレはもう、平ちゃんに託したから」

そう言って笑った遠山さんは、近い内
捜査協力のお願いに来るかも、と言う

「ええ、いいですよ、いつでも」

「では、そのうちに、また」

散々飲んでも、颯爽と街中を歩く姿は
さすがだった
千鳥足のオレとは、出来が違うな

数ヶ月後、オレはまず英理から呼び出し
を受ける事になった

2015/08/13    初稿
2015/10/28  追記&改訂&改題