かれこれお付き合いは9年目。
日本各地に行きたいという私に
1万キロ以上も徹底的にお付き合いいただきました
あるときは転んだときにボディを凹ませ
あるときは足を折り
そんな無茶な私に一度もスネずについてきてくれたのに
妊娠をきっかけに疎遠になり
今や福岡に2年ほど置き去りのこの娘。
1年以上ぶりに一緒に走ってみました。
いつも乗っている90ccの原付の感覚があるため
こんなに大きくて重かったのかとちょっとびっくり。
エンジンの掛け方からクラッチの戻し加減
ギアの入れ方までうろ覚え。
一発目はエンストこきましたが
走り始めれば、体が勝手に操作をし始めます。
甦ってくる感覚がうれしくて
ついニヤニヤしながら走ってしまい怪しいライダーと化。
でも、やっぱりバイクはいいなぁ。
風とにおいと温度を感じながら走れるのはバイクならでは。
ふと止まった先にある景色も特別にみえるもんです。
バイクに慣れてきたところで、あちこちぶらぶら。
天神についたら、警固神社へお参り
もう閉めようとしている神主さん。
あーあ。!というした顔を察知してくれたのか
すっと姿の見えないところに隠れてくれ、
私もゆっくり祈ることができました。
お参りしてる姿をじーっとみられるのってイヤだもんね
素敵な心づかいです。
ちなみに神社やお寺さんでお参りをするとき何を祈りますか?
私は子どものときから母に念仏のように仕込まれた文があり
それを毎回となえます。
内容は恥ずかしいので書けませんが、
感謝の言葉です。
そして
たかのてるこさんが書いた「ダライラマに恋して」という本を読んでから
ある一文を加えることにしています。
チベット人は五体投地しながらこう祈っているそうです。
「世界中の人々が幸せでありますように。」
ありがちな言葉だけど奥がある。
世界中の人が幸せということは
日本のみんなも幸せ
私の友達も幸せ
家族も幸せ
私も幸せ
自分のお願いを1つ2つするよりも
みんなが幸せになれって祈れば
自分の幸せも同時に祈っていることになる
小さなお願いをするよりも、
すべてひっくるめての幸せがやってくるようになるのです。
「私の」
よりも
「みんなの」
のほうが
神サマも動いてくれそうだしね。

