須磨寺副住職 陽人のひとり言 -14ページ目

須磨寺副住職 陽人のひとり言

生きるための仏教を求めて

こんばんわー


今日は休みを頂いてたので、

昨日の夜はスカイプで、大学時代の友達と夜中までしゃべっていた。

僕は、休みだからいいけど、友達たちは起きれたのかな・・・?w

一人は北海道、もう一人は東京

スカイプって本当にすごいなぁ、タダだし。


案の定、朝は寝坊して、洗濯と掃除をして

買い物にいって


読みたい本がたまってしまっているので、本をよんでいた

山篭りの修行中は仏教の本しかよめなかったので、

今は普通の小説などを読んでいる。


今は、聖天さんにつかえてることもあるので

「夢をかなえるゾウ」

をよんでいる!おもしろいですよよ!



明日一日も縁日で、3時起きです


台風心配だ!!

近畿直撃??


気をつけます!!!


では、おやすみなさい~

今日はお釈迦さんの最後の説法の話をしたいと思う。


釈尊は、旅の途中に食中毒にかかって亡くなった。


亡くなる前に、弟子たちを前に、最後の説法をしたという。



きっと自分がもうすぐ死ぬことをわかって、釈尊の中で一番大切なことを伝えたのだとおもう。



釈尊はこうおっしゃった



「この世の中は、うつろいやすいものだ。

おまえたちは、怠ることなく精進努力しなければならない」


これが、釈尊の遺言だった。


世の中はうつろいやすいもの、つまり諸行無常だということを言っている。

過ぎ行くものには、二度と繰り返しがない。

今日という一日は、過去にもなかったし、未来にも二度と訪れることはない。

人生も同じ、繰り返しはありません。


だからこそ、一回きりのこの日を、この人生をできるだけ一生懸命に、

精いっぱい真剣に生きなさい


といいたかったのだと思う。



それが、釈尊の諸行無常の教えの結論だった



諸行無常とは、平家物語に代表されるように


儚く切ないイメージがあるけど、


仏教が、釈尊が伝えたかったのは、こういう積極的な人生観だったのだ。



そして、弟子たちは釈尊に尋ねる。



「もし釈尊が亡くなられたら、わたしたちは、これから先何を頼りに生きてゆけばよいのでしょう」



釈尊は答える



「お前たちは、私を頼りにしてはいけない。

私が死んだ後、お前たちは、お前たち自身を頼りにしなければいけない。

そして、それと同時に私の今まで説いてきた教えを頼りにしなさい。」


これが有名な「自灯明、法灯明」の教えだ。



闇夜における灯明のごとく頼りにするのは、自分自身と釈尊の教え(法)、この二つだ


とおっしゃった。



だから、仏教は誰かに頼るのではなく、自分で修行する宗教になった。


よりどころが一つではなく二つであったところが大事なところだ。


もし「私の教えが唯一の拠りどころだ」と言っていれば


釈尊の教えや言葉だけが重要視されて、


それさえ守っておけばいい、


そうなっては自分自身で修行をみいだしていくことはできない。





すぐれた教えを知るだけでは意味がない。



自分で実践することではじめて価値がでる




それがお釈迦さんの最後のメッセージだったのです



「行動力」


これ、ずーっと僕の課題です



よし、がんばるぞい

どうもどうも


今日は和上さんに今まで使ってきた念珠をみせていただいた。


使いこまれた念珠は少しずつ削れ、珠は四角くなっていた。



丸かった珠が、四角くなるまでにはどんだけ拝めばいいのだろう。


なんでもそうだけど、使いこまれた道具やものは、なんとも言えない味がでている。



あの有名な宮大工、西岡常一さんのつかっていた道具をテレビでみたことがある。


画面ごしでも、その道具のただならぬ雰囲気を感じた。


宮大工は、とにかく道具の手入れ、刃物をとぐことが大切だという。


これでいい!という答えのない世界で、


ひたすら、「いいもの」をおいつづける


そうやって、毎日毎日、刃物を研ぐことで、研ぎ澄まされた精神を培っていくのだろう。


西岡さんの弟子の小川さんは


「宮大工は、なんでもできる器用な人ではなく、

自分にはこれしかできない、というような直向な人がむいている」

というようなことをおっしゃっていた



その道を行くというのは、そういうことなのだろう



念珠をみて、お坊さんとなるためのヒントをもらえた気がした。




陽人